「シャルウィダンス?」 第三話


 それから数日後。一年半ぶりに訪れたタイクーン城の様子に、バッツは思わず言葉を失った。
 貧富の差の激しいウォルスや、軍事的な面が前面に押し出されている石造りのカルナック、30年前の対戦の影響で防備に長けたバルやサーゲイトと異なり、タイクーンは、落ち着いた雰囲気を持つ国である。その気質は、先王の行った安定した治世の賜物、とも言えるだろう。しかし、それがどうしたことか。現在、タイクーンは、レナが表したとおり、様々なもので溢れかえっていた。あちこちに立てられたカラフルな幟やバルーン、食べ物や花々の香り、吟遊詩人の歌声。五感全てを刺激する町並みを、バッツは恐れをなすように足早に通り過ぎた。名残惜しそうに、ボコが屋台で売られている野菜を仰ぎ見る。しかし、今のバッツには、ここ数日間強行軍を強いらせたボコの労をねぎらう余裕はなかった。


 「あら、バッツ。ようやく来たのね。」
 レナは、裏口からやって来たバッツをいぶかしむでもなく、満面の笑みで迎え入れた。執務の途中だったのだろう。レナの指先は、インクで少し汚れていた。だが、それよりも、バッツは気になるものがあった。レナの腰に下げられた杖の存在である。
 バッツの視線に気づいたのか、レナが小さく笑った。
 「ああ、これが気になるかしら?そうよね。でも、いつ必要になるかわからないから。」
 レナはそう言って「癒しの杖」の柄を軽く叩くと、ボコの引き綱を従者に渡し、「来て。」とバッツを手招いて歩き出した。
 城内は、城下町に負けず劣らず騒然としていた。甲冑姿の貴族も多数見える。そのいつになく浮き足立った様子に、バッツはますます不安を刺激される。とうとう耐え切れず、バッツが一体何事が進行中なのかレナに尋ねようとしたとき、一歩半前を歩くレナが話し出した。
 「手紙は読んでくれた?」
 「ああ、読んだよ。それで、すっ飛んできた。」
 「それが正解ね。これ以上待たせても、姉さんの機嫌が更に悪くなるだけだもの。」
 そう言って笑うレナも、いつになく、機嫌が良さそうに見える。いぶかしむバッツに、レナはこの二ヶ月タイクーンで繰り広げられている馬鹿騒ぎの次第――ファリスとクルルの企み――を語った。
 「姉さんが本当に欲しいものに関しては、手に入れるためなら、手段を選ばないことは知っているわよね?」
 勿論、知っている。バッツはレナの問いかけに頷いた。エクスデスを倒す旅の間、ファリスは多少強引とも言える手法で、気になった武具やアイテムを取り揃えていった。その過程で、被害にあうのは大抵、ファリスにけしかけられたバッツだった。
 「今回もね、どうしても、欲しいものが出来たみたいなの。」
 レナが困ったように苦笑を浮かべる。その答えに、バッツの中で疑問が生じた。
 「…それで、何で、決闘になるんだ?」
 レナが笑う。
 「そう。バッツは、この決闘のルールを知らないの。…本当に慌ててやって来たのね。」
 そこへ、前方から何かが駆け寄ってきた。見覚えのある金髪と、その後ろを付いてくるもこもこのぬいぐるみ。見間違えようがない。クルルとモーグリだ。
 「おっそーーーーい!もう、バッツったら、どこで油売ってたのーーー?!」
 どんっと腹にタックルを受け、バッツはぐえと小さく悲鳴を上げた。熱烈な、手荒い歓迎だ。クルルは何が不満なのか、口をへの字に曲げて、恨めしそうにバッツを見上げた。
 「折角、お膳立てしてあげたのに、もう!バッツが全然来ないから、ファリスお姉ちゃん、本当に楽しんじゃってるよ?!」
 いまいち状況が飲み込めず、バッツがレナを見やると、レナは小さく溜め息をこぼした。
 「そういうことなの。」










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初掲載 2009年4月5日