『バッツ。お元気ですか?』
長老の木の根元で野営をすることにしたバッツは、いつもどおりの始まり方をした手紙に、小さな笑みを浮かべた。レナらしい、生真面目さが窺える定型だ。
世界に再びクリスタルが生じてから、バッツは、取り戻した世界を巡る旅に出た。あの戦いに巻き込まれる以前は何気なく通り過ぎていた国々や人々が、掛け替えのないものとして目新しく移った。しかし、「光の戦士」として歓待を受けるのが苦手で、バッツはいつからか人里を避けるようになった。そんな、クルルに言わせると、「行方知れず」のバッツに直接連絡を取るのは、同じ光の戦士たちにしても至難の業である。かつて一度、どうしてもバッツに連絡が取れないことがあったのだが、それからというもの、バッツ宛のものは古代図書館のシドとミド――今回のように、二人が研究に没頭している場合は、古代図書館の司書――を中継して、バッツに届くシステムが出来た。バッツに連絡を取る、というより、バッツの安否を確認するのが目的なのだろう。レナやクルルの気遣いがわかるので、バッツも二ヶ月に一度は、古代図書館に向かうように気をつけている。
そういえば、ファリスはどうしているのだろう。ふと、バッツは手紙から顔を上げ、頭を掻いた。バッツと共に前衛として戦っていたファリスは、バッツの実力を信じてくれているのか、あまりレナやクルルのような気遣いを見せない。二人の立場が逆ならば、バッツもファリス同様、ファリスの心配をしないだろう。ファリスを信じているからだ。しかし、光の戦士である以前に、バッツもただの男だ。恋する女にそんなつれない態度を取られるのは、正直な話、かなり寂しい。バッツは小さく溜め息をこぼした。
美しく気高く花開いた王女ファリスに、彼女に取り巻くに相応しい貴族の男たち。デスバレーで再会を果たしたときは、王女役を辞退したという報告が嬉しくて忘れていたあの不安がバッツの中で再びもたげたのは、あっという間だった。身分違い、分不相応。歴然たる格差を突きつけられたバッツに出来ることといえば、そんな現実を見ないよう、タイクーン城に行かないことだけだった。
そんなバッツの思いを知っているのだろう。毎回レナからの手紙には、ファリスの近況も記載されている。前回の手紙では、姉が何か企んでいるようで、クルルと頻繁にひそひ草で連絡を取っている、と記されていた。はたして、ファリスとクルルは何を企んでいたのか。愛すべき妹のようなクルルが厄介ごとに巻き込まれていなければ良いが、と思いつつ、ぱちぱちと音を立てて爆ぜる焚き火で焦がさないよう、バッツは気をつけて手紙を読み進めた。
『あの戦いから一年半が経ちました。やっと、と言うべきか、まだ、と言うべきなのか、私にはわかりません。私があの戦いを忘れることは決してありませんが、何だか夢を見ていたようで、ずいぶん昔のことに感じられます。あれから、一年半しか経っていないなんて嘘みたい。でも、現状を見ると、まだ、と言うべきなのでしょう。タイクーンは少しずつ、昔の平穏を取り戻しつつあります。他の国々は――世界はどうですか?この次にバッツに会うときの報告が楽しみです。
ところでバッツは、前回の手紙で私が、姉さんがクルルと何か企んでいるみたい、と、触れたことを覚えているでしょうか?クルルがバル城の女王に就任して、二ヶ月。バル城、執務、国。そこかしこにガラフとの思い出を見つけて、クルルが気落ちしていたことも、前回の手紙で伝えたと思います。そんなクルルを気遣っての姉さんの行動かと思って、私も大臣も微笑ましく思っていたのですが、これが大間違い!姉さんは、やってくれました。
確かに、世界を挙げてのお祭り騒ぎ――馬鹿騒ぎと表現した方が適切かもしれません――で人々も活気付き、城下町を中心にタイクーンでは物流が盛んになりました。決闘を一目見ようと押し寄せた人々や挑戦者で、宿屋は常に御礼満室。大通りには出店が沢山軒を並べていますが、姉さん関係のグッズを売っている店が多いのは、言うまでもありません。酒場では光の戦士の歌、これもやはり姉さんが主役のものがひっきりなしに歌われているそうです。確かに国の利益に繋がり、姉さんもストレスが発散できて楽しそうで、クルルも元気になったので、とっても良いことと言えば良いことなのですが、私も大臣もほとほと困っています。
もしもバッツが、この手紙を読む前にどこかの街に立ち寄っていたのなら、もうこのことは知っていると思います。これは忠告ですが、まだ知らないようなら、早くした方が良いと思うわ。姉さんにだって、体調や運の良し悪しはある。万に一つもないとは思うけれど、姉さんに勝つ人がいないとも限らないもの。』
バッツは首を傾げてから、もう一度文面を初めから読み返した。
「決闘を一目見ようと押し寄せた人々や……挑戦者?」
良く分からない。しかし、良く分からないなりにとても嫌な予感がして、バッツは隣で翼を畳み夢にまどろんでいるボコを見やった。本当はこの後、ムーアの村に向かう予定だったのだが…、バッツは頭を掻いた。これは早いところ、タイクーンへ向かった方が良さそうだ。そうと決まれば、思い煩っても仕方がない。明日の早さとこれから数日続くであろう強行軍を思い、バッツは毛布を引き上げ、無理矢理眠りに就いた。
初掲載 2009年4月5日