第十話   転生パラレル


 年末年始、特に後者といえば、家族や親族の終結するイベントごと目白押しの時期だ。毎年、伊達家にも遠い親戚や従兄弟が挨拶にやって来るし、また、政宗も祖父母宅や叔父宅へ挨拶に向かう。それは、受験期でも変わりはない。受験期など名ばかりなのだから、尚更である。
 車窓の外に広がる景色を眺める政宗の胸に、前世の思い出が浮かんでは消えた。年末年始の行事、それに続く酒宴。豪奢で絢爛。あまりに眩しくそれゆえ落とされる闇も濃い、権力欲に取り憑かれたものたちの世界。政宗は常に人々の脚光を浴びて踊る存在だった。反感や嫉みを買うことなど日常茶飯事で、気に留めようともしなかった。躍らせたことは数知れず、しかし、踊らされたことなど数えるほどしかない。
 政宗は瞼を瞑り、湧き出た溜め息を噛み殺した。そして、幸村が今何をしているのか考えた。
 ふつふつと怒りが込み上げてくる。
 「まーちゃん、そんな顔しないで。」
 無意識のうちに、感情が発露していたらしい。ぎゅっと両側から頬を引っ張られ、目を開いた政宗の視界に、小首を傾げた母の笑顔が映った。
 「眉間にしわなんて寄せてると、癖になっちゃうわよ。」
 「そうだぞ。折角、今からあちらさまにご挨拶に伺うのに、そんな顔をしていてはいかん。なあ、ママ。」
 「ねえ、パパ。」
 手と手を取り合い、うっとりと二人で見詰め合っている父母に呆れてものも言えず、政宗は鼻を鳴らすと再び外へ目を向けた。幸村の一計が元で頻繁に旅に出るようになった両親は、前にもましていちゃいちゃするようになった。両親の仲が良いことは喜ばしいが、こうもあからさまにいちゃつかれると、子供としては居たたまれないものがある。
 愛娘が彼氏を放置し必死に編み棒と戦いを繰り広げていたクリスマスイブにも、父母はクリスマス旅行を楽しんでいたようだ。26日の朝、父からの写メを受け取ったらしい幸村が、布団の中でまどろんでいる政宗へ報告してきた。了承を得て見た携帯の画面では、鼻眼鏡と真っ白いひげとサンタクロースの帽子を装着した浴衣姿の父親が、こちら側に向かってピースサインをしていた。片手には卓球のラケットを握り締めている。今回は、温泉地に出かけたらしい。ちぐはぐな父の様子に呆れを禁じえない政宗を抱き締めて、幸村は「素敵なご両親ですね。」と笑った。
 政宗は、幸村の現世における家族の話を聞いたことがなかった。濃姫が伯母に当たるらしいことは知っていたものの、それ以外は全て煙に撒かれていた。否、家族のみならず、政宗は幸村の素性に関して、知っていると明言できることなどなかった。気になった政宗が探りを入れると、幸村は少し困ったような顔で、まだ時期ではないからとお茶を濁した。
 「…あんの、馬鹿めっ。」
 政宗は唇を噛み、きっと前を見据えた。あちこちに配置された黒服の男たちが、物々しい雰囲気を醸しだしている。だが、慣れたもので、記者たちは意に介さずその先へ立ち入ろうとしていた。それを制する黒服たちが、ある人物の到来に気付き、そちらへ目を向ける。すかさず、焚かれるフラッシュの眩しさに目を細める政宗の脇で、車のドアが黒服によって開かれた。
 今なら、明言できる。歩み寄ってくる男の前へ立たされた政宗は、怒りに震える手を両脇で握り締めた。幸村の素性、それは。
 「総理、その娘さんはどなたですか?!」
 「総理、答えてください!」
 微かに震える政宗の手を取って、総理が安堵させるように笑った。怒りを緊張あるいは恐れと勘違いしたらしい。年齢によるものか笑むと目じりに笑い皺の浮かぶ、どこか人好きのする男だ。もっとも、こんな人目につくような、政宗に言わせればわざとらしいイベントを仕組む男だ。人好きも何もあったものではない。だが、政宗の内心とは裏腹に、前世に培った習性は、報道陣に愛らしい笑顔を撮らせていた。
 「息子がお付き合いさせていただいているお嬢さんが、こんな可愛らしい方だったとは。」
 はははと笑い声を立てる総理に、はち切れんばかりのフラッシュが焚かれる。
 政宗の眼前にいる男は、政宗の父同様戦国マニアだった父を持ち、己のみならず子まで武将の名を付けられた、日本の誇る政治家である。多くの大臣を排出する家柄で、総理大臣は祖父に続き男で二人目だ。名を、真田昌幸という。
 そして何より政宗にとって重要なこと、それは、そんな食わせ物の政治家が幸村の父親だということだ。政宗は今にして初めて、初めてキスをしたあの夏祭りの晩に幸村がはぐらかした真相を知った。


 その日、幸村は嫌な予感がしていた。父が何事か企んでいる様子で、己を実家へ呼び寄せたためだ。幸村は暴走行為に耽った反抗期が原因で、父とは何かと折り合いがつかず、ここ数年は、実家に帰らない息子を兵糧攻めし始めた父のせいで、自活するよりなかったのが実情だ。もっとも、幸村は株のトレードというあぶく銭を稼ぐ術を習得してしまい、よりいっそう実家に寄り付かなくなったのだが。
 そんな息子を半ば脅迫まじりとはいえ、わざわざ、父が呼び寄せたのである。これは何かある、と至極もっともな懸念を募らせる幸村の耳に、慣れ親しんだ声が一度もそう呼んだことのない名で呼ぶのが届いた。幻聴だろうかと小さく被りを振る幸村の肩を、これまた久しぶりに真田家へ呼び出された孫市が突いて、後ろを見るよう促した。
 幸村はぎょっとした。
 「信繁さん。」
 そこには、にっこりと花のような笑みを浮かべた恋人が立っていた。毎年年始には母に着させられる、と政宗が嘆いていた振袖姿だ。抱き締められた瞬間、ふわりと焚き染められた白檀の香が鼻先をくすぐり、幸村は、前世に廊下で擦れ違った政宗からも同じ香りがしたことを思い出した。あの、どれだけ焦がれても手の届かなかった御仁が腕の中にいる。胸焦がす強烈な感情に、思わず、そこが実家であることすら忘れてしまいそうになる幸村の頭を引き寄せ、政宗が囁いた。
 「…後で面を貸せ。貴様らには聞きたいことが沢山ある。」
 先ほど見た笑みが愛らしいだけに、その後に続いた、地獄の蓋を開きそうな声は恐ろしかった。
 幸村が隣を見れば、僅かに青褪めた孫市と目が合った。幸村よりも付き合いの長い孫市のことだ。このように静かに怒る政宗と対峙したことも一度や二度ではないのだろう。孫市は諦めろと幸村を諭すかのように頭を振った。
 緩やかに背へ回されていた恋人の抱擁は、今では、ぎりぎりと背骨を軋ませそうなほど力強いものへと化していた。少し離れた先では、政宗の母と自分の父が「微笑ましいものですな。」などと談笑しているが、見て欲しい。幸村が政宗に足の甲を思い切り踏みつけられている現実を。これが、微笑ましいものだろうか。しかし、全て理解した上で可笑しいと昌幸が笑っている可能性は、否定できない。心中、幸村は顔をしかめた。
 「いや、何。実は伊達さんをお呼びしたのは、お願いがあってのことなのです。」
 そんな、内心とは裏腹に未だひしと抱き合っている若い恋人たちをどう解釈したものか、昌幸はにこやかに笑いながら言った。今をときめく総理を前にして、少しミーハーなところのある母は、少し浮かれた面持ちである。反対に、父はやけに渋い顔で総理を見ていた。
 「まあ、立ち話も難ですし。如何ですかな、軽く食事でも。」










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初掲載 2009年11月3日