第七話   転生パラレル


 一行が帰るというので、幸村は足を捻挫した政宗を部屋に残し、三人を見送るため駐車場へ降りた。三人が滞在したのは、1時間ほどのことだ。
 幸村と兼続との口論は結局のところ平行線を辿り、決着がつかなかった。幸村は、そのことが些か不満ではあった。三成はそんな不満を隠しきれておらぬ幸村の様子に苦笑をこぼすと、車窓から手を出して、政宗から奪い取り今の今まで持っていたらしい携帯を幸村へ返した。訊けば、政宗は自らの素性や現状について何を言われても何も答えようとせず、挙句、身元がばれるくらいなら、と携帯を粉砕しようとしたとのことである。幸村は、それほど、前世の知り合いとの交流を避けてきた政宗を、意図せずとはいえ、現段階で、三成や特に兼続に再会させてしまったことを悔やんだ。幸村の予定では、三人に再会を果たさせるのは、まだ随分先のことだったのだ。そう思えば、政宗が2階から飛び降りた事故さえも、自らのせいに思えて、幸村は内心意気消沈した。
 三成はそんな幸村の様子を、口角を僅かに上げて笑うと、一つ苦言を呈した。
 「そういえば、…幸村、携帯には出ろ。政宗専用を所持するのを止めろとは言わんが、連絡がつかんのは不便この上ない。」
 そうこぼすと、三成は左近に命じて車を前進させた。後部座席で、相も変わらず兼続が喚いている。その声もやがて遠ざかり、幸村は嘆息した。
 この先、部屋に帰った後に待ち受けているのは、政宗の詮索だろう。幸村はそれが些か憂鬱だった。


 幸村の想像したとおり、玄関を開けると片足立ちの政宗が出迎えてくれた。訊きたいことが多すぎてうずうずしているらしい。僅かに引き攣る頬は、女と生れ落ちて平凡な人生を送っていた自分と異なり、戦国時代気質そのままに生き抜いている幸村への恐怖だろうか。呆れかもしれない。幸村は再度、内心溜め息をこぼすと、愛する政宗を抱えてリビングへと向かった。お姫様抱っこをされた政宗が、悪戯心を覗かせて、幸村の顎の先端へキスをしてくる。昨日の朝以来あたっておらぬために伸びた髭がざらつく感触が不快なのか、いぶかしむように指先で撫でられて、幸村は絶対この後髭をあたろうと決意した。政宗には、何があろうと不愉快な思いをさせたくなかった。
 「幸村、」
 ソファに抱き下ろした政宗が、そのまま、幸村の首に絡めた手を放さず引き寄せる。幸村は身を離すこと叶わず、政宗に引き寄せられるままソファの背もたれに片腕をついた。そうでもしなければ、政宗に圧し掛かってしまいそうだった。いっそ、そうしてしまって、有耶無耶にしてしまうのも良いかもしれないと邪念が浮かんだが、それでは、根本的な解決にはならない。幸村はそのことを重々承知していた。ぎゅうと力いっぱい背に腕を回した政宗が、幸村の耳元で囁く。
 「当然、話してくれるのであろう?」
 にっこりと政宗が笑んでいる。平時であれば、この笑顔を見るためならばどんな労も惜しまないと幸村が思うような笑みだった。だが、これは、政宗が前世において、自らの望むとおりに事態を動かそうと望むときに魅せる笑みでもあった。幸村はとうとう嘆息した。
 「聞いたところで、面白い話ではありませんよ。」
 実際、話して聞かせて面白いような話でもない。
 「…覚えておるか?」
 政宗は正面から幸村の顔を覗き込み、ちゅ、と音を立てて唇を食んだ。一瞬、今までの苦労は何だったのだろうと幸村が不可解に思うような積極性だった。恐らく、今までの体たらくは女として受身ゆえ生じたものであって、これこそが本来の「伊達政宗」なのだろう。軽薄なまでに果敢で、強欲なまでに魅惑的だ。
 「今生で何をしてきたと問うたわしに、わしを探しておうたとはぐらかしたのはお主じゃ。幸村、お主は何をして生きてきた。わしはその答えを知りたい。今すぐに、じゃ。」
 幸村が再会時に政宗に与えた回答は、まるきりの嘘ではない。しかし、それをこのような状況で告げたところで徒労に終わるであろうと諦めて、幸村は政宗にキスをし返した。
 「…詰まらない話です。」
 未だ気乗りしない様子の幸村に、政宗が頬を摺り寄せて笑う。髭をお気に召したようだ。
 「寝物語には丁度良いわ。」
 一つ、二つと外されていくシャツの釦に、幸村は苦笑して自らの過去を語りだした。


 幼少期上杉で質草として過ごしていたため、幸村も兼続の互いの幼少期の容姿を知っていた。そのため、同じ地区に住んでいた兼続とは、割合早期に再会することとなった。小学校時代のことだ。三成と再会したのは、兼続が中学3年のことだ。幸村が小学5年のときの話である。兼続は、どういう因果か、修学旅行先の京都で三成と再会を果たしてきた。当時、親の事情で京都に住んでいた三成は、兼続とまた知り合ったことについて面歯がゆいようでもあり、面倒臭がっているようでもあり、また、嬉しいようでもあった。
 幸村に反抗期が訪れたのは、中学に入った頃だったろうか。今生に生れ落ちてからというもの、ずっと、政宗を探していた幸村は、探してもいっこう政宗が見つからないので苛立っていた。生家のコネを利用して探偵すら持ち出したが、いっかな政宗は見つからない。それもそのはずで、今にしてみれば、幸村は政宗も男に生まれ変わったものだと思いこんでいたので、そのように情報を伝えていたのだ。氏名も年齢もあてにならず、ただ、外見の特徴のみ、そしてその外見すらも隻眼であるのか否かあやふやなものだというのだから、探偵もたいそう苦労したものだろう。その件に関して、幸村も探偵を非難する気にはならない。しかし、探偵に対する理解はあっても、幸村の心はささくれ立った。何故、政宗は見つからないのか。
 幸村は生来体格が良く、加えて、前世の記憶も手伝って鍛錬に勤しんでいたので、鍛え抜かれた身体は獣のごとくしなやかだった。それはあたかも若竹のように真っ直ぐで穢れがなかったため、賛美のみならず、多くの嫉妬を買った。政宗の縁を思い返すべく、時折吸っていた煙草も悪かったのだろう。
 幸村は、政宗が見つからない件で内心苛立ち、焦りを募らせていたために、そうして売られた喧嘩を片端から買っていた。初めは、同じ中学に通う先輩だったろうか。初めのころこそ、幸村も、相手に怪我をさせては不味いという懸念と、戦乱の世を生きた己が平和惚けした若造ごときに本気になっては恥ずかしいという自尊心から、それなりの対応をしていたのだが、数が増え敵が増すにつれて、そのような余裕もなくなった。残されたのは、政宗殿探索の邪魔をする煩わしい輩め、という純粋な怒りだった。一度腹をくくれば、情け容赦のない幸村のことである。兵どもが夢の跡。その日を境に、その地区からは幸村の敵が消えることとなった。
 後に残ったのは、幸村に心酔した部下たちだ。当初こそ、幸村は彼らを追い払おうとしたが、その努力も長くは続かなかった。元々、幸村も無二と慕われて悪い気がしない。その上、幸村は彼らの有効活用方を見つけてしまったのだ。一人では困難なことも、二人、三人と数を増やせば達成出来るかもしれない。
 幸村は、あちこちに点在する彼らを政宗探索に利用することを決意した。
 以来、幸村の学生生活は変わった。最低限の出席日数を稼ぐためだけに授業へ顔を出し、その裏で、陣頭指揮して政宗を捜索させた。当然、捜索地区は広い方が有利であるから、幸村は売られた喧嘩を端から買って、勢力を広めた。最初は中学の敷地のみしかなかった縄張りも、四方に広がり、関東一帯、前世で政宗が治めていた東北まで勢力を伸ばした。本名の真田信繁に因んだものか、そう呼ぶ兼続のせいか。幸村がリーダーを務めるグループには「炎槍素戔鳴」なる名称がつき、幸村は「幸村」、あるいは「ツワモノ」と呼ばれるようになった。各地区のリーダーが募り、三傑や四天王ならぬ「真田十勇士」が結成されたのは、幸村が高校に入学したときの話だ。
 その頃になると、幸村も、自らが作戦を誤ったことを認めずにいられなかった。肝要の政宗は見つからない。組織の規模ばかり大きくなり、西軍との争いに担ぎ出されることにも、幸村はほとほと疲れていた。元々補佐する気質であって、自ら頭となるような性質でもない。
 だから、幸村は受験シーズンに入るや否や、全部なかったことにして組織を抜けてしまった。時折、当時の十勇士にして現リーダーから近況報告が入り、幸村は組織が瓦解したことを知った。それでも、歴史に名を刻むに相応しい戦勝の数々を挙げた炎槍の名は、伝説と化して残されることとなった。そうして、幸村も、伝説のツワモノとして噂に聞くだけの存在になろうと努めたのだった。
 「普通」を求めて登録した家庭教師サークルの派遣先で、政宗に再会したがゆえに。










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初掲載 2009年9月13日