第二話   転生パラレル


 「ただいまー、今帰っ…、…。」
 政宗は居間で繰り広げられている光景に、肩にかけた鞄を床へ下ろしかけたまま固まった。何故だ。父親が幸村と楽しそうにビールを呑んでいる。肴は、母が趣味の家庭菜園で収穫したえんどう豆ととうもろこしのようだ。自家製野菜のサラダボウルもある。
 政宗はしばらく物言いたそうにそれを眺めてから、溜め息交じりに鞄を下ろした。何故、幸村がこれほどまでに己の家族と打ち解けているのか、解せない。解せないが、それでも、幸村が伊達家を攻略しようとしていることだけは理解出来る。
 最近、政宗は幸村の真田幸村たる所以を改めて思い知った。容赦がないのだ。政宗などは平和な現世に生まれ変わってすっかり毒気を抜かれてしまったが、それとは対照的に、戦国武将気質そのままで現世を生きている男、それが幸村だった。幸村はまず父母を攻略し、彼らを足がかりとして政宗を攻め落とすことにしたらしい。それがまた、言っては何だが、政宗には解せない。
 再会を果たしたあの日、幸村は政宗を探していたと言った。怪訝に思い政宗が理由を尋ねると、幸村ははにかんで、こう言ったのだ。
 「私は政宗殿を慕っておりますので。」
 そして、幸村は、母が半泣きでごねるので致し方なしに伸ばしている政宗の長い髪を一房掬い、安っぽい三流ドラマのワンシーンのごとくキスした。
 「ようやく見つけたのです。もう、逃がしません。」
 政宗はすっかり失念していたが、笑えないことを素でくそ真面目に告げる、それが幸村だった。
 だが、それでも分からない。幸村をそのように駆らせる理由は何であろう。政宗はかつて己の統治者としての魅力は十分理解していたつもりだった。しかし、幸村が言うような意味合いの好意の原因がまるきり見当もつかない。これは、少々座りが悪い。原因が不明なので、幸村にどれほど好意を示されようとも、政宗はいぶかしむだけだ。
 実際、現在、政宗は奇異なものを見るような目で、両親と談笑している幸村を見ている。一体、本人不在の間にどれほど話が進んでいたのか、下戸の父は真っ赤な顔で「君が婿入りしてくれればうちは安泰だな、いや、君ほどの男であればうちの一人娘を嫁に出したって構わないぞ!」などと拳を握り締めて熱弁している。しがない市役所職員である父は明日、今日明日と開催される夏祭りに強制参加予定のはずなのだが、最早ろれつが回っていない。大丈夫だろうか。
 駄目だったらしい。
 政宗が自室へ鞄を置き、着替えて居間に戻ると、青い顔をした父の背を母が摩っていた。下戸なのに、加減を弁えず呑むからこうなるのだ。内心呆れ返り半ば嘲る愛娘の心中を察したのか、脂汗を滲ませた父が呻く。
 「政宗…お前、小遣いをやるから今から信繁くんと祭りに行ってきなさい…不甲斐ないパパの分ももてなすように…。おえっぷ。」
 震える手で財布から抜かれ、差し出されたのは、野口英世だった。それも、一枚。
 「…は?意味がわからん。」
 政宗は率直に胸のうちを告げたが、誰も聞いてくれなかった。口元を押さえて俯く父に、母がすかさず卓上に用意しておいた水を差し出す。
 「あらあらパパ、大丈夫?」
 「だ…大丈夫だよ…、ママ。…まだ。うえっぷ。…では、信繁くん…、うちの政宗を頼んだぞ。」
 真田幸村という戦国武将は、用意された好餌をわざわざ見逃すような男ではない。父と固く握手を交わしたかと思うと、政宗の肩を抱きこんだ。
 「では、義父さまもそう仰ってくださっていますし、行きましょうか、政宗殿。」
 「ちょ、ちょ待て。わしは行くなぞ一言も…っ!それに貴様の父になったつもりはない!」
 すかさず、母親が冷静に突っ込む。
 「それはパパの台詞よ。まーちゃん。」
 「だが、私はそのように言うつもりは毛頭ない!むしろ父上と呼んでくれ信繁くんっ、ぐぼ。」
 「あらあらパパったら、もう無理しないで。ほら、水飲んで。」
 はたして、いつからこんな風になったのか。強引に抱き上げられた政宗は、当然のごとく暴れまくった。だが、幸村は意に介した風もなく、政宗の靴を手に持つと玄関扉を開けた。まだ住宅街で人目はないが、このままお姫様抱っこで強行軍を強いられると、恥ずかしいのは地元民の政宗だ。
 「くそ、馬鹿めっ!もう良い、自分で歩くわ!」
 「良かった。一緒に行ってくださるのですね。」
 そう呑気なことをほざきながら、幸村はにこにこ笑っている。政宗は唇を一文字に引き伸ばして、相手を睨みつけた。生まれ変わり再会を果たしてから、どういうわけか、幸村は少し強引になったように思う。


 「そういえば、お主、現世での名を信繁というのか…そのまんますぎて、どっかの有名人みたいじゃのう。」
 奢ってもらったマンゴー味のかき氷を突きながら、政宗はちらりと幸村を一瞥した。たかが300円とはいえ、一般家庭の出ゆえ毎月の小遣いが3000円の政宗にとって、この300円はかなり助かる。考えてもみて欲しい、毎月の小遣いの1割相当だ。かつて一国にも値する茶器を粉砕した者がこれしきの贈り物で媚びられるとは、あまりにも恥ずかしい話だが、政宗の中で幸村の好感度がかなり上がった。
 その好感が表情に出ていたのだろう。幸村が近くの露天を指差し、「チョコバナナも如何ですか?」と政宗に尋ねてくる。恥ずかしい話パート2だが、チョコレートは大好物だ。まさか、幸村が男として若干邪な想いを抱いているなど思わない、政宗は一も二もなく頷いた。チョコバナナを咥えたまま、次の標的となる出店を見定める。やはりここは銃マニアとして、射的もとことん楽しんでみたい。出来ることならば、自分の小遣い外からの支出で。
 政宗は幸村を見つめた。幸村は、にこりと笑った。
 幸村の現世での名前は信繁なのか、という質問をはぐらかされたことに政宗が気付いたのは、それから一時間ほどしてからのことだった。逆に言えば、一時間、幸村と一緒だったということでもある。
 土手で政宗は幸村と二人きり、空に打ちあがる花火を見ていた。食べ物で釣られすっかりほだされた政宗の肩を掴んで、幸村が引き寄せる。本当にあの優柔不断な幸村だろうかと思われる強引さで、唇を奪われた。だが、それも一時のことだった。不慣れなビールの味が口内に広がり、政宗は顔をしかめた。
 「…、苦いっ!馬鹿め、まだビールの味がしておるわ!」
 両手で突っぱねる政宗に、無念そうに幸村が言う。
 「そう仰る政宗殿は、甘いです。…チョコレートが凄まじく。」
 「う、うるさい!馬鹿めっ!」
 昔のように理不尽にぷりぷり怒る政宗に、幸村が僅かに口端を緩めた。その顔がお子様だと嗤っているようで、政宗は不満から唇を尖らせた。それを幸村は、キス待ち顔と好意的に受け止めたらしい。また、口付けられた。土手に押し倒される。政宗が息苦しさと若干の恐怖に手足をばたつかせると、幸村が唇を離してにっこり笑った。
 「安心してください。政宗殿の愛らしい姿を、このような衆目に晒すはずがありません。」
 違う、そうではない。
 しかし、妙な独占欲を示す幸村に絶句した政宗は、何も言えないまま、第三弾の襲撃に遭遇した。










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初掲載 2009年9月2日