8月が終わりました。遠呂智がイギリスに帰ってしまい、慶次もそちらに同行してしまいました。政宗も二学期が始まり、夏休みと勝手が違い、また星彩に振り回される時間が増えました。
星彩は夏の騒動のことを誰かからか聞いたらしく、政宗も男と付き合えば女の子らしくなるのかしら、なんて策を練り始めてしまいました。遠呂智に美味しく頂かれてしまおう作戦☆を失敗した上、墓穴を掘るとは、なかなかに政宗も迂闊です。
その星彩による政宗の彼氏候補の矛先に挙がったのが、何を隠そう幸村でした。幸村・兼続・三成の三人はそれぞれ品行方正で見目も良く表面上は文句なしですが、兼続は頭が可哀想な出来で、三成は性格が文句なしに悪かったので、星彩のお眼鏡にかなったのは結局幸村だったのです。
以降、星彩によって、政宗を幸村とくっつけて女の子らしくしちゃおう作戦☆が展開されることとなりました。
政宗は夏の騒動で正体がばれていることは重々承知ですが、だからといって、男が女の姿をしている変態臭い状況で度々顔を合わせるなんていう屈辱的な行為はしたくありません。決して趣味で女装しているわけではなく、女の子なのですが、そこら辺の自覚はまだ足りないようです。
ところで、幸村は自覚こそありませんが、政宗のことを男だった頃から好きだったので、星彩から茶やら何やらに誘われるたびににこにこしていました。そして、気むずかしい伊達母や伊達家に仕える守り役小十郎も幸村のことをお気に召したらしく、家に招かれるようになりました。
政宗はマザコンなので、お母さんの望み通り可愛らしい服を着させられるがままです。そんな格好を幸村に見られるのは男として(?)若干屈辱でしたが、幸村がにこにこしているので何も言えませんでした。元より、大好きな母の前で暴力沙汰を起こすだけの勇気は、政宗にはありませんでした。
政宗のそんな味方は、可愛い娘(姉)を嫁に出したくない伊達父と弟でした。が、政宗はそもそも嫁に行くつもりはないので、余計なお世話というか心配でした。
ところで、幸村が「政」のことを調べた手先くのいちは、元々政宗と知り合いでもあったので、政宗の事情にも精通していました。
そうです。元はと言えば、こいつが情報を流したのが元凶なのです。このやろう。
流石に政宗も幸村も馬鹿ではないので、どうやら幸村が政宗に惚れているらしいことは両者気づいていました。幸村は政宗が女の子になったことで男同士という状況では自覚できそうにもなかった長年の片思いをようやく自覚した形ですが、政宗は何だか女になったことで幸村の態度が変わったようで面白くありません。元々幸村は政宗に対しては一等優しかったのですが、それも、「自分が女だから。」という色眼鏡で通してみると、政宗は何だかいらいらするのでした。
ある日のことです。
「まーくんは、どうしてそんなに幸村様に対してつんけんしてるのさ〜。」
くのいちはぶつくさ文句を言いました。くのいちは以前からの知り合いなので、政宗のことを政ではなく、「まーくん」と呼びました。
「そうよ。くのいちの言うとおりだわ。あんなに良い人、滅多にいないじゃない。ねえ、稲?」
「そうです!」
そりゃあ、意見を求められれば、義理の弟になるゆきむらのことをいなが悪く言うわけもありません。
多勢に無勢、政宗は己の劣勢を敏感に感じ取りました。周囲を見渡しますが、他にいるのはガラシャにァ千代。ガラシャはそもそも幸村のことを知りませんが、親交のあるァ千代は幸村のことを高く評価しています。これは、明らかな劣勢です。
「わしは、女相手だからと態度の変わるような軟派な男は嫌じゃ!」
あの硬派で純情な幸村のことを軟派と言うならば、孫市や凌統はどうなるのでしょう。無論、星彩は政宗の反論を鼻先で笑い退けました。
「何馬鹿なこと言ってるのよ。それじゃあ、政の親友の孫市なんて、過大評価も良いところじゃない。軟派っていうのは、ああいうのを指すのよ。」
「そうじゃ!それなら、妾も話がわかるぞ!」
今まで爪弾きにされていたガラシャが、ここぞとばかりに話に入ります。トリックスターなガラシャは何をしでかすかわかったものではないので、星彩はあまり乱入を歓迎できませんでした。話を無為な方向に転がされても困りものです。
くのいちが稲からノートを借りて宿題を書き写しながら、ぶつくさ言いました。
「ジイシキカジョーっていうんだよ〜、それ。幸村様がまーくんを別格扱いしてたのは昔からじゃん。女に変わったから、とかじゃなくてさ〜。あたしなんて「くのいち」呼ばわりなのに、まーくん相手には様までつけちゃって!良いように使われるあたしの身にもなれっての!」
どうやら、くのいちもくのいちなりに、幸村に対して若干の不満を抱いているようです。幸村、というよりは、痴話喧嘩のようなものに巻き込む幸村と政宗に対してでしょうか。
「どうしたの、あれ?」
「何でも、半蔵様がつれないらしくて。」
「…ああ。」
稲情報によれば、くのいちの片思いは今まで同様、まるで見込みがないようです。見込みがないだけならば、頑張ろう、と生来のポジティブで思う気にもなれますが、そこに余所の下らない痴話喧嘩が持ち込まれると、頑張る気も失せるというものです。
これ以上藪を突かないうちに、恋話は終わりになりましたが、政宗は自分の意識が変わっただけで幸村は何ら変わっていないと指摘されたことが強く心に残りました。
その週の金曜の放課後、いつもの面子で集まっていました。どうも、幸村と政宗の周囲には、二人の恋愛が面白くて興味深くて気になる人たちが多数集まってしまうようだわ、と星彩は思いました。星彩は伊達一家から頼まれたデートの監視役なので、自分のことは棚に上げていました。
一行はミスドに入っていきました。
甘甘なドーナツを頼んだくのいちは、幸村が頼んだ総菜ドーナツも気になるらしく、頂戴とねだりました。幸村は幼なじみの気安さで、何かぶつくさ文句を言いつつも、くのいちに半分あげました。
「ありがと〜。じゃあ、幸村様にもコレ半分あげるね。」
二人の仲の良さというものは兄妹の類のもので、長い付き合いの政宗もそれは重々承知しているのですが、何か見ているといらいらしました。
わしのことが好きとか言うておるくせにくのいちにも優しくして、何なんじゃ!
俗に言う焼き餅です。嫉妬です。政宗はドーナツを千々に引き裂き、星彩に行儀が悪いと窘められました。しかしそれでも胸糞悪い政宗は、苛々するまま、ただしそれを顔には出さないで、幸村とくのいちの方を見ていました。
あんなにいちゃいちゃべたべたして、触るならわしにしろ!
そこで、政宗は幸村に触られたい自分を自覚しました。おかしい。遠呂智には抱かれたいとか抱きつきたいとか思いましたが、こんな風に胸が苦しくなったり嫉妬したり触られたいと思ったりしたことはありませんでした。
ん?嫉妬?誰が?…わしが?
ガタン、と急に立ち上がった政宗に店内の視線は釘付けでしたが、政宗は何も言わず、トイレに駆け込みました。
鍵をかけると、政宗は両手で顔を覆って、ずるずる地べたに座り込みました。鏡を見ずとも、自分の顔が赤いであろうことくらい見当がつきます。羞恥やら何やらで、居たたまれません。穴があったら入りたい、と言いますが、これでは、穴に埋まるくらいでは治まりません。もう死にたい、と政宗は小さく呟きました。
しばらくして、星彩が政宗を心配して様子を見に行きました。政宗は前髪が濡れていたので、どうやら、顔を洗っていたようでした。星彩は、まさか政宗が真っ赤な顔が嫌でたまらず水で洗いまくって冷やしていたなどとは知らないので、びっくりしました。
集団デート(?)の後は、いつもどおり、星彩が政宗と幸村を焚きつけて、二人だけで帰宅させました。とはいえ、伊達家まで幸村が送っていくだけのことですが。
幸村は、ミスドで政宗が突然奇行に走ったのが気になっていましたが、それ以降は普段通り、下手したらそれ以上につんとすました顔の政宗だったので、何があったのか聞くに聞けませんでした。女の子の事情だったら、それこそ聞けません。
一方、遅まきながら、幸村への恋を自覚した政宗は、つんとすました顔でいながら、内心はどっきどきでした。心臓が口から飛び出そうです。この高鳴りが幸村に聞こえていたらどうしよう!なんてしょうもないことを考えては、本気で不安になったりしていました。たいがい、馬鹿です。恋をすると、男は馬鹿になり女は綺麗になると言いますが、どうやらそういう意味では、政宗はまだまだ男の子なようです。
幸村は、政宗がしゃべらないので声をかけるにかけられず、何か気分でも害するようなことをしてしまっただろうか、詰まらないのだろうか、悩み事でもあるのだろうか、やはりミスドで何か…、などと色々考えていました。
あの曲がり角を曲がれば、もうすぐそこは伊達家です。
気の詰まる現状から解放されるのかと思うとほっとするやら、想い人と離ればなれになるのだと思うと悲しいやら切ないやらで、幸村の心境も複雑です。それ以上に複雑で、一方、阿呆らしいくらい単純なのは政宗の方でした。政宗は能面のような顔の下で、ずーーーっと、幸村に触られたい触られたい触られたいということを思っていたのです。
ちら、と政宗が幸村を見上げました。その目は羞恥で潤んでいました。
「幸村、 」
「…はい?」
何を言われたのかわからずきょとんとして問い返すと、政宗が焦れったそうに、地団駄でも踏みそうな勢いで幸村に言いました。
「触れて欲しいのじゃ!」
触れて欲しい、と言われても、どうすれば良いのか勝手がわかりません。呆気にとられて立ち尽くす幸村にとうとう焦れたのか、政宗がその手を引ったくり、自分の頬に当てました。幸村は驚いてびくんと肩を震わせた後、何か悪いことをしでかしてしまったような心境で慌てて周囲を見回しました。
「幸村!」
幸村の対応に、政宗はお冠です。事情が把握できないながらも、流石にこれ以上想い人のへそを曲げるのは良くないと察した幸村は、乞われるまま頬をそっと撫ぜました。まるで猫のように、政宗がうっとりと目を細めます。幸村の心臓はばくばくです。
しばらくすると満足したのか、政宗が離れていきました。ほっとするような残念なような、幸村は政宗に翻弄されっぱなしです。政宗は幸村のそんな心情に気づいたのか、大きな目をおかしそうに瞬かせると、つま先立ちで幸村の肩に手を置きました。
ふわりと何かが幸村の唇に触れました。
「わしも、フランクパイが食べたかった。」
遠ざかりざま、つま先立ちのままでそんなことを言われましたが、幸村にはさっぱり意味がわかりませんでした。とりあえず、自分が今日ミスドで食べていた総菜パイのことのようですが、何故それが今ここで話題に。というか、それでずっと機嫌を損ねていたのでしょうか。それより何より、先ほど唇に触れたものは一体。
呆気にとられている幸村の様子に優越感を得て満足したのか、政宗が楽しそうに笑いました。
「では、またな!」
「は、はい。ではまた次回…。」
政宗がくすくす笑いながら自宅に駆け寄り、門の中へ入っていってしまいました。突然の出来事で頭が真っ白な幸村は、そのまましばらく、そこに立ち尽くしていました。
翌日土曜日。くのいちがガラシャや稲と揃って、伊達家に遊びにやってきました。
「幸村殿はどうしたの?幸村殿が来るはずだけど。」
「何か熱出しちゃって寝てる〜。あ、これ。お土産!」
ミスドのドーナツです。
「何かね〜、幸村様がフランクフルトパイは絶対に持ってけって。おごりだよん☆」
どうやら知恵熱のようです。幸村の話を聞いて、政宗はお土産のドーナツの箱を開けながらおかしくてたまらず笑いました。別に本当にフランクフルトパイが食べたかったわけではなくて、それを幸村からくのいちがもらっていたことに嫉妬しただけだったのですが、昨日の出来事は全てが突然すぎて幸村には理解不能だったようです。
「む?政は何か知っておるのか?」
一人で笑っている政宗に珍しくもガラシャが目ざとく気づき、首を傾げましたが、ドーナツを口に押し込まれて黙りました。ガラシャは体こそ小さいですが、どこにそれほどの食べ物を抱え込めるのかというほどの大食漢の食いしん坊なのです。
その日、政宗は終始ご満悦でご機嫌でした。
そして翌日、日曜日。
幸村は健康優良児で熱など出したことはなかったので、家族が大騒ぎして、布団に押し込まれたままです。正直知恵熱で体調を崩したわけではないので、幸村は手持ちぶさたなまま横になっていました。暇なので読書などもしてみたりしたのですが、どうも、政宗のことを考えてしまって集中できません。
昨日はくのいちに、まさむねにフランクフルトパイを土産で持っていってもらいましたが、それで本当に良かったのでしょうか。ぐるぐる考えるとまた知恵熱を出しそうです。熱を出せばまた家族は大騒ぎするでしょうし、また考えたところで自分では答えを導くことができなさそうなので、ゆきむらは極力考えないようにするのですが、どうしても頭がそちらに向かってしまいます。
そこに、母の「あらあらまあまあ!」と嬉しそうな声が聞こえてきました。二階の幸村の部屋まで届くくらい、大きな声です。誰か訪問客でもあったのだろうか。そんなことを思いながらごろごろしていると、母はその誰かを幸村の部屋に案内してくるようです。む?と、流石の幸村もいぶかって上半身を起こしました。
ノックの後、扉が開けられました。
「ま、政宗様!」
「幸村、来てしまったのじゃ。」
にっこり政宗がはにかみました。愛らしいワンピースに、手にはミスドです。
息子は恥ずかしがって話してくれないものの、くのいちや稲から散々話は聞いていたお嬢さんがお目見えしたことに、母は心底嬉しそうです。
茶を持ってくるということで部屋を出る前、母は幸村に「変なことしちゃ駄目よ。お母さん、世間様に顔向けできないわ。」なんて余計な忠告をして、去っていきました。幸村は母の言葉が恥ずかしくてたまらず、政宗の顔をまともに見ることができませんでした。が、もちろん、それは、母の言葉だけが原因というわけではありませんでした。
政宗がお土産に持ってきてくれたミスドのフランクフルトパイなどと、母の淹れてくれた紅茶で、オヤツです。
ストロベリーホイップフレンチなるいかにも甘そうなドーナツを食べている政宗は、ちらちらっと幸村のフランクフルトパイに目を向けます。幸村は食べたいのだろうか、と思いました。しかしだったら、政宗は初めからフランクフルトパイを選択するはずです。
また知恵熱を出しそうな勢いでグルグル考える幸村に、そのときです、政宗が自分の食べているドーナツを半分ぐいっと突きつけました。幸村は意味がわかりません。きょとん、としていると、政宗が言いました。
「半分やるから、幸村のもくれ。」
「は、はい。」
把握できないながらも、幸村が半分差し出すと、政宗は嬉しそうにそれを受け取りました。それがあまりに嬉しそうな顔だったので、意味がわからないながら、幸村もつられて嬉しくなってにこにこしました。
「この前な。」
この前、とはミスドのことだろうか。幸村は政宗がおかしかったことを思い出して、そう思いました。
「幸村がくのいちに、こうやって半分やっておったであろう。あれが…その、羨ましうて。」
ぽつりぽつりと語るうちに恥ずかしくなってきたのか、政宗の頬は赤く染まり始めました。しかし、朴念仁の幸村は何故政宗の頬が赤いのか考えないで、横顔を見つめながら「政宗様は本当可愛らしいなあ。」なんて思っていました。幸村は政宗相手では、昔からこういうやつでした。
「欲しかったのでしたら、差し上げましたのに。」
自分の分がそれで無くなっても、政宗のためならば幸村は本望です。大体そんなことを言い出さずとも、男だった頃から、政宗が欲しがれば幸村は何でも喜んで差し出してきたのです。
ちょっとずれたことを言う幸村を、政宗は不満そうに睨みつけました。自分だけが「恋愛」を意識しているようで、矜持の高い政宗にはそれが大変腹立たしかったのです。が、長い付き合いゆえ、幸村の発言には他意がないことは重々承知しているので、政宗はすぐさま怒りを収めました。
それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいのです。顔から火が出るような思いでしたが、政宗は今言わねばまた自分が嫉妬して嫌な思いをする、とわかっていたので、羞恥や悔しさから泣きたかったり逃げたかったりする自分を叱咤して言いました。
「わしは幸村に、自分以外にああいうことをして欲しうないのじゃ。…その、見てて悔しいから。」
それから政宗は、幸村はわしのものなのにその自覚が足りない!だの、わしに惚れてるのに目の前で他の女と、などともごもご勝手なことを口内で呟きました。
正直言ってしまえば、幸村は周囲から政宗とくっつけようと画策されているものの、そして幸村は政宗に恋しているものの、付き合っているわけでも何でもありません。そのような前提を踏まえれば、それがお門違いな発言であることは政宗としても重々承知らしく、居たたまれなさからか、後半は消えてしまい聞こえませんでした。しかし、幸村はきゅーーんと胸が詰まって、政宗を抱きしめたくてたまりませんでした。それを控えたのは、どこかで耳をそばだててこちらの様子を伺っているであろう家族、それにもしかしたらくのいちと稲の存在を考慮してのことでした。
「はい!政宗様がそれを望むのでしたら。」
幸村は嬉しさからにこにこ笑って返事をしました。政宗はうつむいてもなお髪の間から覗く耳が赤いので赤面していることはばればれでしたが、「そ、それで良いのじゃ!」といつも通り威張りました。
本当の恋を自覚してから、政宗様、乙女すぎです。
初掲載 2008年2月