第三話   革命の日パラレル


 それ以来、幸村は政宗以外に食べ物を分けることがなくなりました。代わりに、政宗と食べ物を半分こすることが多くなりました。元々男だった頃から、政宗は幸村に食べ物をもらうことが多かったのですが、どうも、政宗は幸村が食べているものが美味しそうに見えて仕方がないらしいのです。だから、わざわざ貰うのでした。
 幸村が美味しそうにものを食べる理由には、それが政宗の手作りであったり、そうでなくとも、政宗が一緒にいるので嬉しくてたまらずそれが食事にも現れたりするだけなのですが、当の政宗は気づいていませんでした。
 また、政宗が幸村に積極的に触るようになりました。
 普通に手を繋いでいるので周囲も思わずスルーしそうになりましたが、それが判明したときには騒然としました。どうも、素でやっているようです。幸村はくのいち相手に過剰なボディタッチに慣れており、また政宗もがらしゃなど女友達特有のスキンシップで慣れていたことが理由には挙げられますが、それにしたって普通は男女が外で手を繋ぐなんて、恋人以外の何者でもないように思えます。
 とはいえ、いちゃいちゃして、その上政宗は幸村相手に独占欲のようなものを示すくせして、付き合っているのかと尋ねるとどうもそういうわけでもなさそうなのでした。無自覚にいちゃいちゃしているだけで、まだ告白もないそうです。無論、無駄に矜持の高い政宗は自分から告白など考えられません。しかし一方、幸村は自分などが政宗相手にしても良いものか、と非常に謙遜しているようです。


 そんな曖昧な状況にぶち切れたのは、当然のように、星彩でした。
 政宗は恋する者特有の煌きは出てきたものの、女の子らしくなったわけでもありません。政宗も男の人とお付き合いしたら女の子っぽくなるんじゃないの?という当初の目論見が見事に外れています。
 そもそも今となっては、男時代からの知り合いである幸村を恋人のターゲットにしたのが間違いだった気がしないでもありません。元々政宗にでれでれだった幸村は、「政宗」自身を愛してしまっているので、男らしいとか女らしいとかそんなの意識外だったのです。
 ありのままの姿を愛してくれるような人を見つけられた、ということを素直に喜べば良いのでしょうが、丁度その頃、星彩は憧れの人趙雲が馬超の妹とお見合いをしたらしいという噂を聞いて気が立っていました。つまり、要は、八つ当たりしたのです。
 星彩は来たる学園祭のミスコンに政宗を出場させることにしました。なお、星彩は、自分に来ていたミスコン参加の誘いは断りました。
 「ミスコンに出ることにしたわ。」
 星彩の宣言に政宗は、珍しい、と思いました。確かに星彩はミスコンに出ても何の問題もないような美少女ですが、どちらかといえば、表に出るよりも影で支配するタイプの人間だったからです。実際、今、星彩は生徒会副会長という座について、学園を裏から支配しているといっても過言ではありません。
 「そうか。応援するから頑張れよ。」
 適当な返事をした政宗に、星彩は眉をひそめました。
 「何言ってるの。政宗が出るのよ。」
 「そうかわしが…、はあ?!」
 「衣装やメイクの心配はしないで良いわ。幸い、くのいちがメイクの練習しているから任せて大丈夫よ。衣装は政宗のお母様が沢山集めてらっしゃるし。」
 くのいちは、徳川グループのために陰で探偵のような仕事をしている半蔵の旦那、という人物に惚れているのです。そのため、変装術や尾行などに長けており、噂にも精通しているのでした。
 変装とメイクは違うんじゃないか、と政宗はぼんやり現実逃避をしました。星彩が一度こうと決めたら逃れられないことくらい、政宗はこの一年で悟っていました。


 一方、幸村たちの通う男子高です。こちらは、女子高が近所にあることもあり、文化祭とも鳴ればかなり熱が入ります。彼女を作る大チャンスです。
 食べ物系は利益があるので人気で、また劇やお化け屋敷の類も大人気です。それらは抽選が行われます。そういったものと関係のない、しかし人気の出そうなものとは何だ、と、幸村・三成のクラスは散々検討しました。
 隣の兼続と関平のクラスは、兼続の案「歌う喫茶店(詳細は、『六番目の小夜子 / 恩田陸』をご覧ください。)」が押し通ったそうで、関平はすでにぐったりしていました。関平は兼続が苦手なのです。
 幸村は悩んだ末、言いました。
 「秋祭りの時期ですし、縁日の再現などどうでしょうか。」


 ところで、今年は星彩が生徒会副会長をしていることもあり、星彩は己の欲からの行動でしたが、男子高・女子高間で合同とまでは言わないもののある程度一緒に文化祭を催すことに成功しました。星彩は本性こそ女王さまですが、表面上は美少女の優等生キャラです。男子高は常に女の子との触れ合いに飢えているような状況ですが、そこから県でも有名なお嬢様学校から美少女が文化祭合同企画の誘いに来たら断るはずがありません。
 星彩の目論み「政宗と幸村を、文化祭を機に正式にお付き合いさせる作戦」はこのようにして幕開けしたのでした。
 また、幸村の提案した「縁日」が主催者の目に止まり、文化祭のテーマが縁日に決まりました。なるべく、浴衣着用です。普段制服ばかりなので、中々に浴衣も新鮮で良いようで好評でした。後夜祭はキャンプファイアーにあわせて、盆踊りが催されます。空には花火です。
 女子高サイドは、文化祭のトリのようになっているミスコンを浴衣で催すことに決めました。


 そんなこんなで文化祭が開かれたわけですが、政宗はちょっと困っていました。お嬢様学校なので良家のお嬢様が多く、高そうな浴衣もちらほらありますが、政宗の浴衣は明らかに高級そうなものだったのです。母が父と初めてデートしたときのもの、だそうですが、そういうわけで汚さぬよう気をつけねばならぬし、大変です。着物自体には慣れていますが、男物と女物では勝手が違います。
 何より問題だったのが、母は綺麗系なので、童顔で可愛い系の政宗には浴衣が渋すぎたことです。着られないことはないのですが、普段の政宗を知っている周囲からすれば、少々涼やかで怜悧すぎる印象でしょうか。これではミスコンはちょっと狙えなさそうな感じです。
 星彩は、今日のところは伊達母に義理立てしておいて、明日のミスコン、政宗には別の浴衣を着させよう、と思いました。しかし、変えの浴衣はどうしたものか。普段は政宗にばっちりの衣装を見立てる母であるだけに、今回もそのセンスを信じたのですが、まさか両親の思い出話という変化球で来るとは…。
 内心どうでも良い、というか、去年まで通っていた男子高の知り合いも来るから目立つミスコンなど出たくない、と思っている政宗を前に、星彩は真剣に悩んでいました。
 なお、政宗がミスコンに出る際生じる「男時代の知り合いに会って、女装(ではありません)がばれる!」という心配は、星彩によって一笑に付されました。
 「政宗、そんなことを言っていて、これからもずっと昔の知り合いに会わないでいられると思っているの?確かに同窓会は政宗が欠席すれば済むかもしれないわ。うまく言いくるめれば、幸村殿たちも言わないでくれるでしょうよ。でも、あなた、幸村殿と結婚するときどうするの?幸村殿の側の友人を一人も呼ばせないなんて身勝手な真似をするつもり?」
 まさか、結婚まで話が飛躍するとは思いませんでしたが、最近幸村にきゅんきゅんしっぱなしの政宗はうっと言葉に詰まったのでした。そこを畳み掛けるのが、星彩の得意技というものです。
 そういうわけで、内心は反積極的でありながらだんまりを決め込むしかない政宗は、このまま参加が流れてくれないかなあ、なんて思っていました。
 しかし、現実はそれほど甘くはないのです。
 「その、…良ければ立花の浴衣を使うが良い。」
 まさかの伏兵です。ァ千代です。何でも、ァ千代が言うには、中学時代に父親が買ってくれた愛らしい浴衣があるというのです。あまりの愛らしさに着るのが恥ずかしく、また体育会系であるがゆえ着るような機会もなく、箪笥の肥やしになっているそうで、是非似合いそうな政宗に着てもらいたいとのことでした。
 そうです。そういえば、ァ千代は、さりげに可愛いものが大好きで少女趣味なのです。例え自らは着なくとも、愛らしい浴衣の一つや二つ持っていてもおかしくありません。浴衣に似合う小物もどうせ取り揃えてあるのでしょう。なんだったら、浴衣に似合うぬいぐるみまでつけてくれるかもしれません。
 政宗はげんなりしました。
 「ァ千代、グッジョブ。」
 対して、星彩は親指を立て、満足そうでした。
 用意周到、というよりは、着てもらいたいなあなんていう思惑があったのでしょう。その愛らしい浴衣をいつの間に持ってきていたのか、明日に備えて愛らしい浴衣を試着させられむすっとした政宗の隣では、ァ千代がほくほく顔です。ァ千代は可愛いもの大好きなので、政宗やガラシャが大好きです。そんなお気に入りの二人が更に可愛くなったら、大喜びするしかありません。ァ千代はその浴衣を着ないからと言って、政宗にあげてしまいました。


 試着を終えて、政宗たちは幸村のクラスを見に行くことにしました。星彩は生徒会副会長なので、女子高でお留守番です。
 幸村のクラスは縁日を企画した最初のクラスなので、色々やっていました。屋台のアクセサリー、それに射的をやっていました。女の子の気を引けそうでいて、かつ、それほど忙しくないものを選んだようです。
 射的は、担任の元親先生の独壇場のようです。景品は、クラスで集められたUFOキャッチャーなどの景品です。半分以上は、元親が集めたものでした。元親はビジュアル系な見た目に反し、案外、少女趣味なのです。それでいて、爺むさいのです。
 まさかの、ァ千代一目惚れです。景品のうさぎのぬいぐるみに。それは巨大で、とてもではありませんが射的ごときで倒せるような代物ではありません。貫禄ありすぎです。1メートルくらいはありました。
 しかし、ここで、政宗が任せろと腕まくりをしました。俄然やる気です。昔のクラスメイトに会いたくなかったことなどすっかり失念しているようです。何故なら、政宗は射的やガンゲーが大好きなのです。女の子になってからは、母や星彩の手前できなかったので、久しぶりの銃の感触にうっとりしてしまうくらいでした。傍から見たら完全危ない人です。
 が、ここぞというところで魅せるからこそ、カリスマなのです。まさか、という勢いで、うさぎはどうと地に倒れ伏しました。
 実はそのうさぎは元親が飾っていた自分のうさぎで、景品ではなかったのですが、元親は男なので、何も言わずそっとァ千代にそのうさぎを渡しました。その元親の哀愁漂う空気に、同じ可愛いもの好きとして、ァ千代は察するところがあったのでしょう。
 「良いのか?これは、大切なものなのでは。」
 「お前の元にいた方が、こいつも幸せだろう。」
 「…そうか。立花の名にかけて大切にしよう。…ありがとう。」
 元親の大人の魅力に、ァ千代は思わずくらりと来てしまいました。周囲からすれば、ぬいぐるみ如きで何を、という感じですが、そこは可愛いもの好きとして相通ずる愛らしいものを手放すときの悲哀が理解できたのです。たぶん。
 照れたようにはにかんだァ千代の方が、ぬいぐるみよりよほど可愛らしいのでした。どうやら、ァ千代はうさぎのぬいぐるみ以外のものにも一目惚れしてしまったようです。元親と親戚関係にあるガラシャは、敏感にそれを察して、元親のお嫁さんにァ千代がなってくれたら妾とも親戚なのじゃ!と内心喜ぶのでした。


 政宗はそれから、連れの数だけぬいぐるみをゲットしてプレゼントすると、元親に群がる女性陣を残して、こっそり一人だけ隣のブースに行ってしまいました。隣のアクセサリー売り場には、幸村がシフトで入っていました。
 周囲は政宗の男時代の知り合いだらけでしたが、盛況からくるあまりの忙しさに案外気がつかないのか、スルーでした。普段ならば眼帯をつけている人なんて滅多にいませんが、文化祭ということもあってバンドステージもあり、そちらの関係者だと思われたようでした。
 知り合いの業者がどうので入手したらしい指輪は、安い割には案外ちゃんとした作りです。その中でちょっと気にかかった赤いイミテーションジュエルのついた指輪をしげしげと見ながら、政宗は「ほー、可愛いのう。」などと言いました。安いのに、という言外の前置詞がつく感想でしたが、幸村は政宗がその指輪を気に入ったものと受け取ったようでした。
 「宜しければ、どうぞ。」
 「え、いや。」
 別に、と続けようとしましたが、幸村が政宗に贈りたさそうににこにこしているものですから、流石のまさむねも断れませんでした。
 それから、政宗は友人がこちらの様子に気付いてやって来る前に、そそくさと射的のところへ戻りました。
 その日、政宗が人目を忍んでこっそり見つめる視線の先には、幸村から贈られた指輪がありました。政宗は指輪を見るたびに、300円程度の贈物でこんなご機嫌とはわしは馬鹿か、と思いましたが、それでも心が弾むのは塞ぎようがなく、その日は終始ご機嫌でした。
 その後、屋台のヤキソバを食べたりたこ焼きを食べたりフランクフルトを食べたりと、主にガラシャが大奮闘でした。途中、乱入参加した男子校の大食い対決で優勝し脚光を浴びて大変でしたが、ガラシャは褒められたこと自体を素直に喜んでいたようでした。


 翌日、10月31日。
 何事もなく時は進み、ミスコンの時間です。幸村は政宗の晴れ姿を撮影するためカメラを持ってきたい勢いでしたが、政宗を怒らせるのも嫌でした。そこに、協力を申し出てくれたのが、稲やくのいち、それに政宗の晴れ姿を取らずにはおれない子煩悩の伊達父や小十郎でした。大概、伊達一家の人も馬鹿です。政宗は壇上でそれをすさまじく恥ずかしく思っていました。お父さん、そんな風に呼ばないで下さい。手を振らないで下さい。ていうか、ビデオ撮影かよ。
 はたして父たちの声援が良かったのか、政宗は優勝しました。星彩は、私が演出したんだから当たり前よ、なんて思ったりしていました。
 そして、前年度の優勝者からトロフィー授与です。去年のミスコンは飛び入り参加者があったりして、とても大変でした。その戦いを制した者の名は、お市様、学園のマドンナです。なお、蛇足ですが、飛び入り参加した人はお市の義理の姉で、随分前にこの女子高を卒業された方でした。
 お市はにっこり花のような笑みを浮かべながら、政宗にトロフィーを授与しました。実はこの二人、互いの昔の姿を知っているのですが、二人とも脛に傷を持つ身であるので、知らない振りをしました。まさか、ミスコンの前年度優勝者はかつてお転婆で暴れん坊、今年度優勝者は去年まで男として生きていました、など口が裂けても言えません。それを知っている濃姫は、去年ミスコンでお市に負けたことを根に持っているのか、ちゃんちゃらおかしそうに一人笑っていました。去年、やはりミスコンに巻き込まれた青年蘭丸は、そんな濃姫を恐ろしそうに眺めていました。


 ミスコンが終わってしまえば、残るはキャンプファイアーと盆踊り、そしてトリの花火です。
 ようやく自由になった政宗は、皆で見る約束をした花火まで、幸村と二人で学園祭を見て回ることにしました。もう祭りが終わってしまうので売れ残っては大変と、店は安売りのオンパレードです。幸村は二束三文で政宗の分と2つ、林檎飴を友人から義理で買いました。
 林檎飴を食べて、着色料の影響で赤く染まった政宗の舌が唇の合間から覗くたびに、それが妙に甘そうで色っぽくて、幸村はキスしたいなあと思いました。そしてそんな自分に気付くと、煩悩を討ち払うべくぶんぶん頭を振って、政宗に大丈夫かと不安がられました。


 そうこうするうちに花火です。
 「トリックオアトリーーートーーー!」
 掛け声を間違えている娘がいます。ガラシャです。しかし、確かに言われてみれば今日はハロウィンです。
 「こういうときは、玉屋、というのだ!そもそもは(略)」
 「何?そうなのか?知らぬかったのじゃ!」
 とぼけた漫才を繰り広げているのは、兼続とガラシャです。話が噛みあっているのかどうかは別として、案外、良い漫才をする二人でした。話が合うようです。そんな漫才を見ながら、周囲から一歩下がったところにいた政宗は、隣にいる幸村をちらりと見上げました。なにやら先ほどのガラシャの掛け声で、悪戯心が刺激されたようです。
 「幸村。」
 「はい、何ですか?」
 「トリックオアトリート。」
 政宗の突然の言葉に、幸村は困ってしまいました。菓子など、手持ちに何もありません。どうしたものかと困っていると、政宗が爪先立ちしました。どこかで見たようなデジャブです。それが何だったか答えにたどり着く前に、ちゅっと柔らかいものが幸村の唇に触れました。流石に2回目ともなれば、それが何だか容易に見当はつきます。前回のように茫然自失にいたることなく、しかし顔を真っ赤に染めた幸村に、政宗が砂糖のように甘い吐息を洩らしながら、おかしそうに言いました。
 「トリックオアトリート。ご馳走様。」
 やられるばかりでは男が廃ります。が、キスを仕返すなどとドラマのようなそんな甲斐性、幸村にはありません。いつも本気の幸村は、戯れでキスなどできないのです。無論、政宗も単に悪戯で幸村にキスをしたわけでもありませんが。
 「政宗様。」
 「んー?」
 キスしたことで機嫌の良い政宗は上の空で返事をしました。不覚を取りました。心の準備をしていなかったのです。
 「好きです。結婚を前提にお付き合いしていただけないでしょうか。」
 何せ、今回の文化祭の総目標が「政宗と幸村を、文化祭を機に正式にお付き合いさせる作戦」です。後ろの様子を、覗き見るわけにもいかないので流石にキスをしたなんて知りませんでしたが、こんの馬鹿っぷるが、などと思いながら聞き耳を立てていた星彩は、思わずびっくりして手に持っていた飲みかけのお茶を取り落としました。ペッドボトルなので中身はこぼれませんでしたが、爪先に落とされた三成はかなり痛かったようです。
 その背後では耳まで赤く染めた政宗が、頼りなげにおろおろと視線を泳がせた後、俯きがちに「はい。」などと殊勝な返事をしていたりしたのですが、誰もそんなことには気付きませんでした。星彩にしても、三成に文句を言われて、聞き耳を立てるどころではなかったのです。
 「たーーーまーーーやーーーーっ!」
 ガラシャが手でメガホンを作り大声で叫んだ後、ふと、小首を傾げて言いました。
 「妾の名前ではないか!奇遇なことがあるものじゃ!」











初掲載 2008年2月