第一話   ロザリオとバンパイアパラレル


 「何じゃ。新入生のくせに、早速サボリか?良い身分じゃな。」
 上から降ってきた声に幸村がはっとして振り仰ぐと同時に、微かな笑い声を伴って小さな人影が降りてきた。
 幸村は目を見開いた。そこには見たこともないような美少女が立っていた。
 柔らかそうな栗色の癖毛。無骨な眼帯で左目は覆われ隠されているが、長い睫毛に縁取られた瞳は柔らかな金色だ。白皙の美貌に映える唇。校則そのままに着こなされた制服が、妙に特別なものに見える。
 身長の割にすらりと長い足を組み替え、その少女は幸村をしげしげを見た。
 「真面目そうな顔して入学式に堂々とサボリとは。まったく、先が思いやられるわ。」
 「い、いえ。その。迷子になってしまいまして。」
 「寮から誰かと来れば良かったであろう。」
 「今日ここに着いたばかりなのです。補欠入学で、連絡が遅れて…。」
 「ふーむ?」
 顎に手を添えて、少女は唸った。
 「ま、そういうことであれば案内してやる。感謝するんじゃな。」
 少女が幸村を引いた。
 「こっちじゃ。」
 幸村は耳まで赤くなるのがわかった。指が掴まれたときの姿でかちこちに固まっている。
 衝撃の一目惚れだった。


 幸村が入学することになった高校は、戦国高校という。東北地方にあるのだが、山間にあるので交通の便は悪い。辛うじて、高校専用のバスが出ていることが幸いだろうか。しかし、バス停に着くまでが一苦労である。
 今年の初め。父母が海外に出張することが決定し、兄も結婚することになって、幸村は寮制の学校に行くことを決めた。その時期で、まだ受験がやっている学校が、戦国高校だったのだ。届けられたパンフレットに父母は難色を示したが、それは説き伏せて補欠で入った。
 そんな学校が、まさか、一癖も二癖もあって人間界で暮らすことのできない魔物たちの高校であるなど、幸村はクラスでの自己紹介に至るまで、さっぱり気付きもしなかった。
 これはどのような状況なのだろう。膝の上で握り締めた拳を見つめ、幸村は内心汗を垂らしていた。
 冗談、ならば良かった。しかし状況はそんな期待を持たせるものではなく、どこか違和感を覚える者から、明らかに異形の者までいる。
 「既に隠しきれてないやつもいるが、基本的に正体は明かすな。良いかー?あと、人間にこの高校のことが知られたら大事だから、絶対にばらすなよ。」
 担任の孫市が面倒臭そうに言うと、一番前の席の少女が手を挙げた。
 「孫〜!それを破ったらどうなるのじゃ?」
 「ガラシャ、良いか?担任を呼び捨てにしたらいけないんだぞ?」
 「孫!わかったのじゃ!」
 「…わかってねえな。ともかく!これを破ったら、人間はまあ、残念だが、死んでもらうしかねえ、な。」
 逃げ出そう。幸村は固く決意した。荷物も到着したばかりで、まだ紐を解いていない。逃げるなら、今だ。
 しかし、その考えを捨てさせたのが、遅れてやってきたクラスメイトだった。
 「かったるい入学式は早めに終わったのか。そういう場合は、連絡してくれねば困る。ふあ。まだ眠いわ。」
 「…さぼっておいて注文つけんな。えーと?お前は、」
 名簿を捲る孫市を見やり、クラスメイト――幸村が入学式前に出会ったあの美少女は眠たそうに目を擦り答えた。
 「伊達政宗じゃ。」


 「政はなぜ入学式に出なかったのじゃ!」
 「それは退屈だからじゃ。」
 「じゃあなぜHRに遅れたのじゃ!」
 「それは寝ていたからじゃ。」
 「じゃあじゃあ、なぜ」
 「って赤ずきんでもあるまいし、もう黙らんか。」
 幸村の斜め前の席で少女が二人じゃれあっている。政宗とガラシャだ。首席入学であった政宗が入学式をボイコットし、結果、次席入学のガラシャに生徒代表の挨拶が移ったらしく、HRが終わるとガラシャは真っ先に政宗のところへ走り寄った。
 幸村はそわそわしていた。斜め前の席に一目惚れした政宗がいる。授業中にも横顔が垣間見える絶好の位置だ。その前に、幸村が恥ずかしすぎて政宗をまともに見れないのだが、絶好の位置であることに変わりはない。
 食い下がって質問をするガラシャをあしらった政宗が、ふと、思い立ったように後ろを仰いだ。
 「そういえば、同じクラスであったのか。」
 「は、はい!私も…その、学年が上の方かと思っていたので、驚きました!真田幸村です!よろしくお願いしますっ!」
 「わしは伊達政宗。」
 「妾は明智ガラシャじゃ!」
 政宗に声をかけられた瞬間、周囲の男の目が一斉に敵意を持って幸村を睨んだのがわかった。幸村は思わず冷や汗をかいた。しかしそれ以上に、政宗に存在を覚えてもらっていた事実が嬉しかった。
 頬を緩める幸村の様子に、政宗が肩ごしに苦笑した。
 「同い年で敬語もあるまいに。出会いのせいか?…まあ、良い。よろしく頼む。」
 差し出された手を掴まされて、緊張のあまり掌に汗をかいていないか幸村は本気で不安になった。
 「!こちらこそ!」
 「妾も!妾も混ぜて欲しいのじゃ!」
 ひょっこりガラシャが話に混ざり、我も我もと掌を重ねた。










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初掲載 2007年12月19日