「どうしよう。パンフレットの配送、ミスしちゃったよ!」
震える手で入学書類を握り締め、戦国高校教頭のねねは血の気の引いた顔で呟いた。
「まさか、人間を入学させちゃうなんて…!」
今日は体力測定だった。体育着に着替えた幸村は眩しい太陽に目を眇めた。
全寮制の戦国高校は、部屋は先輩と後輩のペアで振り分けられる。後輩の身に何かあった場合、先輩が責任を取るためだ。結果、必然的に先輩と後輩は親しくなる。
その、同室になった二年の直江兼続が、二年にして寮長を務める秀逸ぶりなのだが、残念なことに空気が読めない男だった。だからこそ、寮長を任されているのかもしれない。えてして、高い地位には個性的な人間が多いものだ。
測定の順番待ちの中、幸村の隣では政宗とガラシャが話をしていた。
「ガラシャも生徒会に誘われたのか。」
「も?政もなのか!良かった!一人では不安だったのじゃ!」
「わしはやらんぞ。」
「む、なぜなのじゃ!」
質問に答えず、政宗はちらりと幸村を見やった。
「幸村なんぞの方が、あやつらとは気が合うように思えるがのう。生真面目そうじゃし…その上、お主、今、あの山城守と同室なのじゃろう?」
「山城守?」
「直江兼続の馬鹿じゃ。」
苦々しそうに舌打ちをして、政宗はふんと鼻を鳴らした。どうやら、政宗は兼続のことが嫌いらしい。その余波で自分まで敬遠されねば良いがと、幸村は内心冷や汗をかいた。
しかし政宗はすぐさま思考を切り替えたのか、人の悪い笑みを浮かべた。幼さの残る可愛らしい顔立ちに、それはあまりに不似合いである。だが、幸村も付き合いの中で慣れてしまい、今何を考えているのか追求することはしなかった。なぜなぜと問いかけ続けるガラシャも、落ち着いたものだ。
「あやつと三成。いつかぎったぎたに叩きのめしてくれる。」
幸村は思わず瞑目した。実際、しそうで怖いものがある。
ガラシャが耳慣れない名に首をかしげた。
「政、政。三成とは誰じゃ?」
「…それは、」
「俺だが。」
突如聞こえた男の声に、政宗が眉間にしわを刻んで、心底嫌そうに低く呻いた。
「石田…三成。」
「先輩を付けろ。会長でも構わんぞ。」
白皙の美貌の男はそう言って、広げた扇子の裏で鼻を鳴らした。
「それで、生徒会に入る気にはなったのか。」
「はっ。なるわけあるまい。無論、貴様の女などもお断りじゃ。」
今、聞き捨てならない言葉が耳を掠めた。ぎょっとする幸村に三成は一瞥を投げかけて、何かに納得したように頷いた。
「ふん。…まあ良い。すぐ貴様もその考えを改めるだろう。――そこの男は、真田幸村、か?」
「は、はい。」
目の前で繰り広げられた会話の意味が理解できず、というよりも理解したくなくて思考が停止している幸村に、三成は詰まらなさそうに告げた。
「ねね教頭が呼んでいる。体力測定などしなくて良い、さっさと教頭室に行け。」
「はっ、はい!」
政宗と三成の醸す雰囲気に耐え切れず、幸村は脱兎のごとく走り出した。
幸村が訪れた教頭室では、ねねが気難しい顔で待っていた。
ねねは幸村の肩を掴んで、心底真剣な表情で尋ねた。
「単刀直入に訊くんだけど、怖いことは何もないから、正直に答えてね?良い?」
「はっ、はい。」
「もしかして真田幸村くんは………人間?」
最初のHRで告げられた、ここの存在を知った人間は死あるのみ、という孫市の言葉を思い出し、幸村はとっさに返答できなかった。しかし、それだけでねねには十分だった。
「まっ、またやっちゃった!あううー。これで2回目だよ…。お前さん、ごめんねー。」
理事長夫妻の世話で名ばかりの校長に謝罪してから、ねねは幸村に話を戻した。
「幸村くんにはここの存在を知られちゃったしねえ。」
「わ、私は死ぬんでしょうか…?!」
幸村の怯えを感じ取ったのか、ねねは力なく首を振って否定した。
「いやね、それは単に生徒向けの脅しであって、実際にそんなことはしないんだけど…唯一記憶を操作できる保険医のお濃様が旅行で2年は帰ってこないもんだから、どーしたものか。」
正直、幸村としては記憶操作も勘弁願いたい。
青褪める幸村に、ねねが言った。
「幸村くん、」
「はい!」
「まあ、貴方なら大丈夫かな?ここのこと、黙って3年間いることはできる?」
「は、はい…!」
「そう。なら、良かった!これで万事解決だね!」
基本的に楽観視する傾向にあるねねは、これで話は済んだとばかりに笑い、戸惑う幸村の顔を覗き込んだ。
「そうそう、最後に、これだけは言っておきたいんだけど。」
母性に満ちた声だった。
「ここはね、人間世界に馴染めなかった子たちが来る場所なの。中には暴力沙汰を起こしちゃった子もいる…。正体がばれると幸村くんの安全がどうなるかわからないっていうのもあるけど、そういう事情だから、刺激しないであげてね。そのうち何とかなるだろうけど、今はまだ人間を許容できない子ばかりだから。」
それから打って変わって、ねねは明るい声で告げた。
「それから、三成には私から話を通しておくから、私が顧問をしている生徒会に入ってね!悪いんだけど、一応監視ってことで。あと、幸村くんの担任の孫市先生が同じく人間だから、悩み相談なんかはそっちにしてね!こっちも、話を通しておくから!」
優れない顔色で帰ってきた幸村に、政宗とガラシャは顔を見合わせた。
「どうした、幸村。」
「それが…、その、」
しかし、人間であることがばれて色々条件を付けられました、などと政宗たちに洩らせるわけもない。幸村は困った顔で笑った。
「生徒会に入ることになりまして。」
「何じゃ!幸と妾、おそろいじゃな!」
そしてガラシャは政宗の袖を引いた。
「のう、政!これでもまだ入らぬのか!入ろうぞ!のう!」
ちらりと政宗が幸村を見やり、それに幸村は眉尻を下げた。あの、三成という生徒会長のことが気にかかるので、あまり政宗を生徒会に近づけたくないが、今は一人でも味方が欲しい。
「私からもお願いします。」
「……幸村が言うなら、致し方あるまい。二人だけでは、何をやらかすかわかったものではないからな。」
ガラシャが嬉しそうに歓声を上げた。
初掲載 2007年12月19日