第四話   妖怪パラレル


 北国とはいえやはり夏の生温い風の中、酔いがすっかり冷めたのか、政宗は確かな足取りで歩を進めていた。
 客人は城の離れに滞在しているのだという。正直、犬のいる城には近付きたくなかった。しかし三成はせめて客が妲妃である確証だけでも得ておこうと思い、夜更けであることも考えず、「そいつらに会わせろ。」と政宗をせっついた。政宗は一瞬呆れた様子を見せたが、「まあ、あやつらも起きておるじゃろうし。」と三成の要求を受け入れた。
 城へ続く道は、通商のために整備されている。その脇道には、数え切れないほど多くの塞の神が祀られていた。道祖神かもしれない。一丸岩、積み上げられた石、抱き合った男女、天狗。一定の形を取らない塞の神は人間と人外との住み分けを守る境界の神であり、村に害なすものの侵入を防ぐ神、旅人の道行きを守る神としても祀られている。
 このような神を祀るにもかかわらず、何故、日ノ本の人間は妖を受け入れているのだろう。
 例えば、日ノ本にはたそかれどきという言葉がある。前を行くのが人間なのか、妖なのか。そも、誰なのか。そのような曖昧な考え方は、神仙と人間との境界を明確にするため、惰弱な神仙や強力な人間を整理した「封神」計画を経験した三成の理解の範疇を超えている。
 中央から遠いから、このような世迷い事が流行るのだ。三成は心中眉根を寄せた。もう離れて数千年になる。早く崑崙に帰りたかった。
 ふいに政宗が呟きを洩らした。
 「その妲妃とやらも、哀れな奴じゃな。」
 「哀れ?」
 三成は眉間にしわを寄せた。好き勝手行動して騒動を起こして、果てはこのような僻地に自分をやって来させた原因である野狐は、哀れという表現から最も遠い存在であるように三成には思えた。
 感情が声に出た三成を意に介さず、政宗はどこか遠くを見ながら言った。
 「昔、乳母が話してくれたが、まるで魃のようじゃ。」
 魃とは旱魃を引き起こす災害神だ。黄帝の娘で、いるだけで旱魃を引き起こすほどの強力な力を保有している。
 かつて争乱があったとき、黄帝によって天上から呼び出された魃はその力を以ってして、敵を封じ込めた。だが、力の使いすぎで神界に帰れなくなってしまい、地上は旱魃で苦しめられた。黄帝は止むに止まれず魃を北方の係昆山に幽閉した。
 ときどき魃は人恋しさに山を降りてきては、中原地方に旱魃を引き起こす。そのたびに人々は「魃よ、北に戻りたまえ。」と恐れおののき、祈りを捧げた。
 「一人は寂しい。魃も、好きで旱魃を引き起こすわけでもあるまいに。」
 政宗の頭には、幼少期から現在にかけて悩まされている境遇があるのかもしれない。だが、と三成は目を眇めた。
 「妲妃は違う。あれは好きで乱を起こしているだけだ。」
 「そうは言うても、そもそものはじまりは濃姫とやらの命であろう。妲妃の意思は関係ないではないか。」
 秀吉もそのような主張で、妲妃の延命を図った。だが、妲妃が逃げたことで、それも全て裏目に出た。先ほどの左近との会話を思い出し、三成は内心怒りに打ち震えた。
 何があったのか定かではない。謀反を起こした光秀によって信長が謀殺され、現在、崑崙は上を下にの大騒ぎらしい。しばらく三成の元に来れそうにもない、と左近は申し訳なさそうに言った。他に人手を割くことも出来ないほど、崑崙は、混乱を極めているということだ。
 しかし、そのような状況でも、力を奪われた三成にはどうすることも出来ない。秀吉の元に馳せ参じたところで邪魔なだけだろう。第一、秀吉から妲妃討伐の命を賜わってから数千年が過ぎている。秀吉が今も三成の存在を覚えているのか、怪しいものだった。
 神への道を断たれ、地位も名誉を失い、帰る場所や命すらも失くそうとしている。いや、帰る場所など、崑崙を発ったときには既に失くしていたのかもしれない。
 それもこれも全て妲妃のせいだ。三成は怒りを殺して、政宗に尋ねた。
 「それ以降はどう説明する。あれは俺の宝玉を盗み、あちこちで悪事を働いている。」
 「鍵を持つものは、大なり小なり、そのような騒動を巻き起こす性を持つのであろう。本当に、妲妃はやりたくてやっておるのか?」
 囁くような小声で政宗は吐いた。
 「母狐が人間との間に生んだ子を心配して、様子を見に来る逸話もある。狐は情に深いというではないか。…恋しさに近づけば、来ないでくれと恐れられる。祀られたところで、結局、厭われておる事実に変わりはない。石持て投げられるのと同じじゃ。…わしには到底耐えられぬ。」
 それきり、政宗は何も言わなかった。


 城に近づくにつれ、いよいよ嫌な臭いは強くなった。三成は本能的に怖じ気づく足を無理矢理動かしたが、とうとう気分が悪くなった。背筋が粟立ち、尾が逆立った。
 「引き返すか?」
 口元を抑え吐き気を堪える三成を見下ろして、政宗が尋ねた。三成は頼りなく首を左右に振って否定した。引き返したところで、最早どこにも帰る場所などない。命もない。
 政宗は不思議な色を湛え、三成を見詰めた。穴の閉じられた刀のつばで隠されていない政宗の左目は、どこか懐かしさを覚えるような萌黄色だが、今は光の加減か金色に見えた。
 「そんな調子でも、どうしても行くのか。」
 「当然だ。俺はそのためだけに、生きている。」
 一つ、政宗が溜め息を零した。
 「…覚悟があるならば、仕方がない。」
 屈みこんだ政宗の腕が胴に回され、あ、と思う間もなく、三成は抱き抱えられていた。既に三成には高い矜持を発揮して、政宗を拒むだけの余力もなかった。また、拒むことはすなわち引き返すことであると、流石の三成も理解していた。
 「落さぬよう気をつけるが、しっかり掴まっておれ。」
 その言葉に不本意だったが、三成は政宗にしがみついた。人の温もりが、あるいは自ら歩かずに済むことが影響するのか、苦痛は先ほどに比べれば随分ましになった。表情を和らげた三成に、政宗は哀れむように一瞥投げかけ、歩き出した。


 客人が滞在しているという城の離れは、三成にとってむっとするほど犬臭かった。原因として犬の力自体が強いことも挙げられたが、それ以上に、宝玉を奪われた三成の力が弱っていることが関係していた。本来の力を有していれば、これほど気分を害することもなかっただろう。三成は無意識のうちに政宗の腕を掴んだ。そうすると、気分が多少なりとも和らぐ気がした。
 「幸村、夜分遅くにすまぬ。起きておるか。」
 「…政宗様、いかがされました。」
 政宗が声をかけると、すぐさま中から返事がした。政宗が予期したとおり、どうやら起きていたらしい。内から戸が開けられ遮蔽物がなくなり、犬の気が更に強まった。三成は慌てて政宗にしがみついた。
 犬は、深夜未明に何の断りもなくやって来た客に文句を一つ零すでもなく、それどころかこちらが恐縮であると言わんばかりに政宗を歓待した。犬は真田幸村と名乗った。謙信に仕える兼続に劣らない妖力の持ち主で、今の三成には近寄ることも出来ないほど強力だった。
 幸村は政宗の影に隠れる三成を目に留め、いぶかしむように首を傾げた。それから、一人納得したようで、「そうですか、あなたが。」と幸村は困ったように微笑んだ。それが何を意味するのかわからず眉をひそめる三成に、後ろからふいに声が掛かった。
 「宝玉を奪われた間抜けなやつ〜?ほんっと、これだから天狐ってのは顔だけで、良い迷惑だよね〜。」
 「くのいち!」
 「だって本当のことじゃないですか、幸村様〜。」
 幸村の叱責に悪びれるでもなく、その女狐は悪態を吐いた。思わず、三成の額に青筋が浮かんだが、言い返すには至らなかった。
 空狐間近という天狐の三成には、六尾の白狐如きにこのように言われる筋合いはない。しかし、白狐が言っていることは事実だ。その上、文句を言えば「これだから天狐様ってやつは〜。」と返されることは想像に難くない。第一今更天狐と言うのも、昔の栄光にしがみついているようで、またそれが三成には情けなくもあり悔しかった。
 白狐は名をくのいちと言った。幸村の妹弟子だという。くのいちは、先日伊達が茶請けに出していったという煎餅を音を立てて食べながら話した。
 「弟子っていうか〜、同じ和尚さんに仕えてるわけ。まあ、お館様も仏法に帰依して神様になっちゃったから、和尚さんっていうのもおかしな話だけど。だからそういうわけで、狐のあたしは幸村様の傍にいても大丈夫なのさ☆それどころか、幸村様が傍にいた方が、相乗効果で互いに力が強まるのね。わかった?」
 同じ神に仕える身であれば、種族の垣根を越えて交わりを持つのもおかしな話ではない。同じ神の加護を受けた者同士、逆に二人一組で行動した方が力も強まるだろう。
 「でさ、そのお館様のところに新しくやって来た人間の生前唯一の心残りが、殺生石だったの。」


 その人間、玄翁和尚は、仏門に入る前の名を島津義弘といった。義弘は越後の生まれだったので、はじめ越後国上寺で出家したが、十八のときに曹洞宗へ改宗した。以降、義弘は伯耆、出羽、下野、常陸、陸奥と様々な国に赴き、曹洞宗の教えを広めた。
 その旅の途中で、義弘は殺生石と呼ばれる毒石の鎮魂を頼まれた。殺生石は近付くもの皆取り殺す怪石で、玉藻前と呼ばれた妖狐の死後、怨念が凝り固まり出来たものと考えられていた。鎮魂のためにやって来た多くの高僧も命を落とす中、それを恐れもせず、義弘は、後に義弘の名を取って玄翁と呼ばれることになる巨大な金槌を持って、殺生石を破壊しに向かった。義弘には己ならばやれるはずだという自信があった。
 義弘の自信は実力に裏打ちされたものだったが、ここで一つ大きな誤算があった。妖狐が未だ死んでいなかったことだ。妖狐は石に身を変じ、近寄るものの生気を奪い取ることで体力の回復を図っていた。
 義弘が一度槌で殴りつけると、「きゃん!」と高い叫び声を上げていずこかへ消え去った。石が狐に転変した時点で、義弘は己が拙いことを仕出かした事実に気付いた。だが、後を追う前に、狐は姿を消していた。


 「その後、その狐が美作に出たと聞けば飛んでって、越後にいると聞けば行ったわけだけど、なかなかそれがすばしっこいやつで倒せないまま、義弘のおじいちゃんは往生しちゃってね。信仰心が厚かったからお館様の下に来ることになったんだけど、どうしても、その狐が心残りだってごねるわけ。仕方ないから、あたしと幸村様が尻拭いで派遣されたんだよね〜。」
 幸村は犬である。犬は狐の天敵だ。また、くのいちは情報収集能力にすぐれた妖だった。そういう意味で、二人の主である武田信玄の采配は正しかった。それでもなお、ここに至るまで二百年かかった。
 二人は義弘同様、妖狐の目撃譚を追い、十数年前、殺生石の欠片が飛んだとされる越後で、信玄と交流のある謙信から怪しい雪女の存在を知らされた。しかし、その雪女の足跡は追っ手を恐れてか、陸奥で絶えていた。
 「それで、何か手がかりでも得られればと奥州に詳しい兼続殿を訪ねて来たところ、こちらの話を聞き知ったのです。」
 「…兼続を知っているのか?」
 「はい。もう千年近くの付き合いになります。」
 ひくりと三成は頬を引き攣らせた。兼続は伊達家の台頭に関して、犬神なはずがない、と断言した。しかし根拠を問えば口を濁すので、三成は「根拠がないなら断言するな。」と苛立ちを禁じえなかった。だが今にして思えば、兼続は何か言おうとして口を噤んでいたが、あれは幸村たちのことを言おうとしたのではないか。
 三成の様子に事情を察したのか、幸村が困ったように眉尻を下げた。
 「相手が敏いものですから、兼続殿にはこちらから、その、決して他言せぬよう頼んでおいたのですが…。」
 「融通が利かないのが、あやつじゃからな。義ばかり口にして頭が固い男じゃ。」
 したり顔で頷いた政宗に、三成は思わず地団太を踏んだ。ここ数十年、見た目に比例して振舞いもいささか子供っぽいものに変わりつつあった。
 更に申し訳なさそうに、幸村は続けた。
 「政宗様に甘えて滞在させていただきましたが、それ以降の妖狐の足取りがつかめず…その上、お恥ずかしい話ですが、私とくのいちで対処出来るかどうかすら怪しくなってきまして。」
 「でもこのまま引き下がるのも癪だっていうんで、帰るのを引き伸ばしてたのさ〜。でも、潮時かもね。」
 「何故だ。」
 幸村とくのいちが諦め、応援を要請するために一次帰還したとしても、三成にはそうすることも出来ない。食い下がる三成を呆れたようにくのいちは一瞥した。
 「だってしょうがないじゃん。警戒心が強くってここにいるのかどうかすらわからないし、もしかしたらもういないのかもしれないし。それに、あたしと幸村様は所詮妖だもの。どう足掻いたって、」
 続けられた言葉に、三成は目を見開いた。くのいちは言った。
 「神様には勝てないよ。」


 妲妃が、冀州侯蘇護の娘同様魂魄を奪うことで利用した少女は、藻女と言った。後の玉藻前だ。化生の前とも呼ばれた妖狐は一般に白面金毛九尾の狐と伝えられており、封神時代の記憶が念頭にあった三成も、妲妃が今も昔と変らず九尾であると信じていた。
 しかし、あれから早数千年のときが流れている。通常狐は、齢千年で天狐、更に二千年時を経て神である空狐に変じると言われる。
 「玉藻前は九尾だ、っていう話が先行しちゃって、あたしたちとしても実際のところがよくわからなかったのね。」
 情報を収集してみると、一部では、九尾ではなく二尾であったという説もあった。だが、玉藻前が活躍した時代は、鳥羽上皇が院生を行った一一〇〇年代半ばのことだ。信玄の命で始まった調査が、遅れること二世紀余り。玉藻前は九尾だったのか、二尾だったのか。その実態を知ることは、調査に長けたくのいちにとっても雲を掴むような話だった。
 しかし、一つだけ判明していることがある。玉藻前が跋扈した当時既に二尾であったとすれば、それは白狐でなく、天狐である。天狐であるとすれば、一尾の空狐になるのも時間の問題だ。空狐は神である。仏神に仕える身とはいえ、一介の妖であるくのいちと幸村では手も足も出ない。
 その上、本来鍵を有するだけの悪狐は、どこからか奪い取った宝玉の力まで自在に操っている事実が判明した。
 「どこの間抜けな狐が、って思ってたら天狐じゃない?まだ白狐とかなら対処できるけど。鬼に金棒って言葉、知ってる?」
 一言一言が身につまされる三成の頭を、政宗が慰めるように撫でた。子ども扱いされている事実を厭うて、その手を振り払ってしまいたかったが、政宗に触れられると不思議と三成の心は和らいだ。三成はされるがままになっていた。
 やがて、くのいちが不服そうに顔をしかめた。
 「大体、そのお狐様が伊達にいるんだかいないんだかもわかんないしさ〜。今までの経験からすると、さっさとあたしたちのことを察してとんずらこいてると思うのよね〜。」
 「しかし、俺は確かにここに狐がいると聞いたぞ。」
 「それって、誰から?」
 「政宗と呑んでいた妖たちから…。」
 三成は口を噤んだ。妖たちは、天敵である犬の傍にいる物好きな狐がいる、というような口振りだった。それを三成の様子に察したらしい幸村が、くのいちがこれ以上暴言を吐かない内にと話題を変えた。
 「私たちは一旦戻りますが、三成殿も宜しければいかがですか?お館様ならば、宝玉なしでも生き長らえる術を知っているでしょう。何でしたら、くのいちの宝玉を一時的に借りても良いですし。」
 「ちょっと、勝手に決めないでくださいよ〜!」
 不満そうにくのいちが声をあげた。だが、基本的にはお人よしなのか、幸村の決定に異論はないらしく、「まあ、来たら?」と控えめに告げた。あるいは、兄弟子の決定には抗えないのかもしれない。一見驕慢な言動が目立つくのいちの意外な面を覗いた気がすると同時に、それしか生き長らえる手段はないかもしれない、と三成は現実を再認識した。
 崑崙は光秀の謀反による混乱で、このような僻地に飛ばされている三成に気を配るどころではない。もとより、この数千年、三成の存在は顧みられることもなく忘れ去られていた。そう思えば、幸村とくのいちの優しさが不本意なほど身に沁みた。
 そのとき、一人沈黙を守っていた政宗が躊躇いがちに口を開いた。
 「宝玉なしでも生き長らえるというのは何じゃ?そもそも、宝玉とは何なのじゃ?」
 「妖狐は、富をもたらす鍵か力をもたらす宝玉を持つのね。あたしとか、」
 くのいちは三成の頭を叩いた。
 「この石田三成?は、宝玉系で、今問題になってる悪狐が鍵系。鍵は富をもたらす代わりに騒乱を引き起こす悪い力、それを浄化するのがあたしたちの力…っていうと怒られるけど、まあ、悪狐に限ってはそう間違ってもないかな〜?」
 「話が逸れておる。それで、宝玉は何なのじゃ。」
 「も〜。これから話すってば!」
 政宗の指摘に、くのいちが口を尖らせた。
 「鍵の場合は平気なんだけど、宝玉…つまり力を奪われると、妖は生死に関わるの。妖として存在するためには力を消費していかないといけないから。だから力が奪われたら、自分の身体を削って生を維持していくしかないの。中には、力を持つ人間とかを食べてなくした分を補充するやり方もあるけど、勿論、それは禁忌なわけ。」
 気難しそうに政宗が眉間にしわを寄せ、考え込むように口を閉ざした。「教えてあげたのに礼もないわけ〜?」と、くのいちが不平を洩らしたが、それすらも耳に入っていない様子で、無意識のうちに、三成を膝に引き揚げた。政宗は何か考え事をする際に、腕の中に抱き込む癖があるようだった。
 密接することで体調が多少なりとも良くなるので、黙って抱えられるままに、三成は政宗の顔を窺った。政宗の顔色は冴えなかった。光の加減ということも出来たが、それだけでは説明が不十分なほど顔は白く、また瞳には苦渋が浮かんでいた。
 何か、政宗は知っているのではないか。
 ふっと頭に湧いた疑問は、政宗の顔を見ることで確信へと変った。だが、政宗は何を隠しているのだろう。
 当然のように生じた疑問は、政宗は妲妃の正体を知っているのではないか、ということだった。三成の生死がかかっていると知ってから、政宗は態度を一転させた。それまでは妲妃の命だけが危ういのだと思い、妲妃を逃がすために黙っている心積もりだったのかもしれない。そうして、妲妃を追い続けている三成には申し訳ないと思いながらも、そのまま伊達から追い返す気だったのだろう。
 しかし妲妃の黙認は、三成の命と引き換えのものであると知り、政宗は明らかに思い悩み始めたようだった。
 それを察したのか、幸村も政宗をじっと見つめた。幸村の目は知人を思いやるものとも、任務遂行への手がかりを掴んだ者のものとも見えたが、その真意は三成にはわからなかった。沈黙の下りる中、三成は今日出会ってからの政宗の言動を振り返ることにした。
 政宗は妲妃を知らないようで、三成は封神計画の時代から今にかけて、妲妃の言行を足早に説明した。あのとき、三成の見た限りでは、政宗は本当に妲妃のことを知らないようだった。そのような妖が伊達に入り込んでいることを、三成に指摘されるまで考えたこともなかったようで、伊達の騒乱の元凶は自分だと皮肉そうに嗤った。そのときも、何の変化もないように思われた。
 政宗の心境に変化があったとすれば、蔵から城に至る道中だ。
 そうだ、と三成は目を瞬かせた。あのとき政宗は、妲妃を憐憫の対象として語った。
 「政宗。」
 三成の呼びかけに、意識を彷徨わせていた政宗がはっと目を見開いた。隻眼に絶望の翳ろいが映り、今にも泣き出しそうだと三成は思った。
 「魃の話を、貴様は、誰から聞いた。」
 封神計画や妲妃のことは大陸では非常に有名な話で、演義にもなっているほどだ。しかし、政宗にはそれらの知識が全くなかった。封神や妲妃については口を噤むが大陸の神々には詳しい、そんな誰かから教えられない限り、政宗が魃のような大陸の神について知識を持っているはずがないのだ。
 その人物は花桃の香りをさせているに相違なかった。











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