第五話   現代パラレル


 はたととある事実に気付き、政宗は煩悶していた。
 ガラシャがやって来たのが昨日で、今日。場所は上田の温泉旅館だ。明らかに予約を取るのが難しそうで、かつキャンセル待ちもなさそうで、あからさまなくらい高そうな貧の良い旅館である。駅から多少遠いものの、専用バスが出ていることと、少し足を伸ばせばスキー場もある利便の良さに、金額を考えて眩暈がした。
 別に、政宗的にはどれだけ高かろうと問題ないのだ。政宗は若いが、こう見えても長者番付に載りそうなくらいの金持ちだ。これくらいどうってことない。むしろ、ああ久しぶりに来たなあ、と若干遠い目をする程度だ。
 問題なのは、政宗が不本意ながら何故か付き合っている変人兼続だった。元はといえば兼続のせいで、政宗も快適な暮らしから四畳半生活に引きずり込まれ、そして、兼続にことごとく休暇は振り回されてこんな保養施設にも来ることが出来ない始末だ。
 話が逸れたが、ともかく、その兼続。最近、仕事を辞めたのだ。小説家になるとか言っていたものの、別に伝手はないらしい。辞めてしまったものは仕方がないと膝を突き詰めて話し合ってみれば、今から書き始めて2月締め切りの某大賞にでも投稿してみるという事で、本当に無計画に辞めたらしいぞと政宗は思った。
 そんな無職の兼続のなけなしの財産を、大幅に減らすようなこの旅行。はたして、しても良いのやら。兼続の財産など食いつぶしてやれと三成は言ったが、実際問題、そんなわけにもいくまい。だったらお前が出してやれと続けて言われたが、兼続が出すと言ってきかないのだ。第一、ヒモを飼うつもりなど政宗側には毛頭なかった。何だかんだ言って、政宗も世話焼きである。
 そしてそれ以上に問題なのは、今思い当たった事実なのだが、睡眠のことだ。
 布団が一枚しか敷けない四畳半という狭さと兼続の寝相の悪さも合間って、政宗は毎晩兼続に抱かれて寝た結果、兼続なしでは生きていけない体になった。こういうとなんだか色っぽいが、実質は兼続の立場は抱き枕のようなもので、政宗は枕が変わると眠れないだけなのだ。
 それを、兼続はいまだに知らない。政宗が気付いてからすでに数ヶ月。政宗が必死に隠し続けた努力の賜物だ。兼続が鈍感力の発達した電波であることも影響するだろう。
 今日、12月27日から1月3日までの8日間。2、3日であれば何とかなるが、流石に8日間は不眠でいられるわけもない。しかし、まさか兼続に抱きつかれないと眠れませんなど政宗には言えない。山より高いプライドなのだ。大体、ガラシャも同室だった。年頃の娘が良い年した男たちと危険だろうと政宗は思うが、そこら辺の危機管理は兼続もガラシャもなっていないのだ。そもそも、空き部屋からしてないということだった。
 勿論、抜け穴はある。プライドを捨てて、兼続に抱きついて寝た場合の話だが、ガラシャは21時に時報のごとく眠りに落ち、6時半に目覚めるので、それを利用すれば良いのだ。その間に寝て、起きれば良い。しかし問題点も浮上する。政宗が抱いてとおねだりした場合、兼続がはたして正気でいられるかという問題だ。間の悪いことに、部屋には小さな温泉つきだ。
 場所だけならば、品の良さそうな高級旅館で部屋に温泉つきの好条件。料理も接客も文句なし。しかし、そこに財布と睡眠とガラシャが加われば話は別だ。
 そういうわけで、はしゃぐガラシャと父親面した兼続をよそに、政宗は煩悶しているのだった。傍から見れば、それは明らかに母親だった。
 ところで、完全に裏目に出ているのだが、これは実は兼続から政宗への贈物だった。予約が取れたのは何てことはなく、単に、元々予約してあったものを2人から3人に変えただけなのだ。
 クリスマスプレゼントも兼続自身だといえばそれまでだが、用意しなかったこともある。その上、兼続は美味しい思いをしたが、折角の聖夜が退職騒動で丸つぶれだった。しかしそこは兼続も人の子なのか、政宗をちゃんと好きであるようで、こんな騒動になることを予期し旅館を予約していたのだった。多少は、政宗にすまないという気持ちもあるのである。
 そもそも、兼続は生粋のロマンチストだ。この男、伊達に愛が義がと叫んでいるわけではない。そこには政宗がうんざりするほどのロマンティックな夢が潜んでいるのだ。幸か不幸かうんざりする前に、政宗は気付いてすらいなかったが。
 そういうわけで、さぞ政宗は幸せと感動で胸がいっぱいだろうと勘違いした兼続は、満足した様子だった。
 犬猿というか、見事なまでにすれ違う二人だ。


 「あら?ガラシャじゃない?」


 突然背後から聞こえた声に振り向けば化粧をばっちりした女がドレス姿で立っていた。明らかにセレブな人種である。その隣にこれまたマフィアのような男が、後ろには大量の荷物を持たされた男と少年が立っていた。
 「あ!伯母上!」
 「おばっ…光秀、直しなさいって言ったでしょう。」
 「すみませんね、帰蝶。うちの娘が。」
 政宗は驚きに目を見張った。今、明らかにガラシャはスルーしており、現に今も目を逸らしているが。
 「娘?ベトナムに飛ばされたとかいうガラシャの父親が…何ゆえここに?」
 「…ベトナム?また、ガラシャが何か言ったのですか?…何処のどなたか存じませんが、うちの娘がご迷惑おかけしたようですみませんね。」
 「…何がどうなっておる?」
 怪訝に眉をひそめると、政宗の袖をガラシャが引いた。
 「政宗、家出をしたのは本当なのじゃ。本当は母上のところに行こうと思ったのじゃが、電車の乗り方もわからんで…!」
 「失敗したのか…。」
 「是非もなし。」
 初めて、後ろの信長が口を開いた。それ以上に、母上のところという部分がひっかかり政宗が思わず首をかしげると、様子を見ていた濃姫が口出ししてきた。
 「実家に出戻りしたの?そう。ガラシャ、どうしてそうなったのかしら?」
 直球で尋ねるとは、只者ではない。普通はもっとオブラートに包む。
 「伯母上聞いてほしいのじゃ!父上が、女ならまだしも男の尻ばかり追いかけるから、母上は怒って出て行ってしまった!しかも父上は母上を追いかけもせず信長様のところにおるから、離婚も間際だと孫が言っておった…それで、せめて妾が追いかけようとしたら止められたのじゃ!」
 「一人でオランダまで追いかけるつもりだったの。勇気あるじゃない。やるわね。」
 そのコメントに政宗は軽く眩暈を感じた。よく事情はわからないのだが、オランダなど電車で行けるわけもない。そこからして箱入り娘で世間知らずだ。
 「とっ、ともかく!妾は政と兼続と一緒にいるから心配しないで良いのじゃ!」
 「そうは行かないでしょう。年頃の娘が男の一人も陥落できないでどうするのと言いたいけれど、その年で二人は犯罪よ?」
 「大丈夫なのじゃ!政と兼続もほ」
 とっさに、政宗はガラシャの口を塞いだ。濃姫がいぶかしんで眉根を寄せた後、可笑しそうに唇を吊り上げた。
 「そういうことなの。面白いじゃない。」
 「是非もなし。」
 「でも、だったらせめて夜だけは私のところにいらっしゃい。二人の邪魔にはなりたくないでしょう?」
 嫣然と濃姫が微笑み、それにつられてガラシャが大きく頷いた。たぶん、意味はわかっていないに違いない。


 こうして政宗の睡眠問題は解決したが、解決されたことで発生した危険の数々を考えると、遠い目をしたくなるほどである。政宗は大きく溜め息を吐いた。
 一方、兼続はといえば、事態によくついていけなかったが、それでもあることだけはわかって嬉しそうに頷いた。
 「それは良い!これで子作りに励めるな!」
 「頼むから死んでくれ…!」











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初掲載 2007年12月11日