第四話   現代パラレル


 それは、12月26日のことだった。
 「わしは実家に帰る。」
 政宗から改まって告げられた台詞は、離婚定番のものだった。その上、正座だ。
 勿論、政宗と兼続は結婚しているわけではない。兼続がしたいと思っても、それは法律の範囲外だ。海外に行かねば入籍できない。日本で男同士の婚姻はまだ不可能だ。
 「政宗!それは不義だぞ!」
 兼続の悲鳴を政宗は鼻先で笑い、伸ばされた腕を強く叩き落した。不本意であり、またそうでもなかったらそもそもこんな関係になっていないが、政宗と兼続は体の相性がばっちりだった。ひとたび押し倒されてしまえば、流され絆され約束をさせられてしまうことは必須だろう。
 「何を言うておる。この状況を続けるつもりか?無理であろう。」
 しかし流石に政宗としても、ここで流されてしまうわけにはいかなかった。


 二人がこのような会話をする事態に陥った原因は、1時間前に遡る。
 テレビでは夕方のニュースが流れていた。地元のチャンネルに合わせてあるので、どこそこの家が燃えたの、どこそこに初咲きの何々が見えたのと、実に地域密着型のニュースだ。
 そのニュースがどこそこに子供が生まれたという話になったとき、窓辺で猫の呑み取りをしていた兼続が電波な発言をした。
 「政宗、私たちも子供が欲しいものだな!」
 男同士で子供ができるはずもない。
 「馬鹿め。死ね。どうやって男同士で子が産めるのだ。」
 正論である。
 しかし兼続は納得しなかった。電波なドリーマーだからだろう。ふむと小首を傾げた後、偉大な発見をしたかのような満面の笑みを浮かべた兼続は、晴れやかに言い放った。
 「大丈夫だ!義と愛で何とかなる!」
 何とかなるわけがない。
 「そうと決まれば実行せねば!政宗!義と愛によって育もう!」
 「ちょ、待て…!わしはまだ夕餉の支度が…って窓も開いて、」
 窓は政宗のトラウマだった。
 ある夏のこと、窓を開け放したままことに及び、翌日、隣室の三成に嫌味を言われたのだ。ただでさえ薄っぺらい壁のせいで日々あれやこれなやりとりが丸聞こえなことまで告げられ、政宗は赤面すると同時に本気で死のうか悩んでしまった。高校時代の友人に性生活がもろばれだったなど、常人ならば堪えられない。兼続は電波なので気にしなかったが、生憎、政宗は常人だった。
 以来、政宗は窓が閉まっているか確認し、更にあれやこれな最中も必死に唇を噛み声を殺し、その様で逆に兼続を煽るというなんとも言えない悪循環に陥っている。その上、常であれば喧しい兼続が不穏なくらい静かなので、三成側も隣室で何が起っているか、逆にもろばれなのだった。
 不幸なことに、政宗はそれらに気付いていない。
 「…お取り込み中のとこ、悪いんだが。」
 ひょっこり窓から首を出した孫市に、最悪の事態は避けられた。押し倒されたざまを見られた時点で最悪といえなくもないのだが、未遂だったから問題ない。
 「まっ、孫市か…!どうした?」
 がっと拳で力いっぱい兼続の顔面を殴打した政宗に、孫市は内心苦笑した。恋人同士になった割には、二人の関係は高校時代と変わらない。ただ、政宗が押し倒されて兼続の要求を呑む事態が増加しただけだ。いや、それだけでも十分な変化といえるだろうが。
 「実は、このお嬢ちゃんをしばらく面倒見てもらいたいんだがよ。」
 孫市の背に負ぶされ寝る少女に、政宗は思わず顔をしかめた。
 「…孫市。」
 「ん?」
 「人攫いと未成年に手を出すのは犯罪じゃぞ。」
 「いやいやいやいや!違えよ!ガラシャは俺の教え子だって!」
 孫市の職業は学校の先生だ。高校時代は政宗たちの担任もしていた。政宗が現在こんなおんぼろアパートに住んでいるのも、元はといえば、この男が住んでいたからと言えなくもない。政宗、兼続、三成、幸村。教え子たちが集まっているアパートなのだ。
 「しかし…じゃが、それで何故…?」
 孫市が説明することを信じるとすれば、それは以下のようになる。
 ガラシャは家出少女だった。それだけならば孫市としても家族と話して終わりなのだが、父親は現在、ベトナムに飛ばされ連絡が取れない状態だった。父親が会社で何をしたのか、大いに気になるところである。
 流石の孫市としても、ベトナムまで父親捜索に行くわけにもいかない。しかし、このままガラシャを家出させておくわけにもいかない。既にガラシャは、「孫のところに居候させてもらうから問題ないのじゃ!」と言って聞かなかった。
 孫市も慕われて満更なわけでもなかった。だが、教師と生徒という問題がある。年頃の娘を囲っていたなど、そういう関係でなかったとしても、バレでもしたら失職だ。最近の教育委員会は、中々に手厳しいのだ。親御さんがモンスターペアレンツなどと呼ばれる時代だ、それも仕方ないのかもしれない。
 ともかく、そういう事情で自分のところに置くわけにはいかない。
 何より。
 「俺の実家、今日燃えたんだよな。ニュースで見なかったか?」
 「…見たかもしれん。」
 「だろ?でさ、俺が借りてるこんな四畳半に置くわけにはいかねえし。お前んとこみたいに抱きついて寝でもしたら、通報されてお終いだろ?」
 教師としてか人としてか、いずれかはわからないが、どちらにせよお終いだ。
 「しかし…ちょっと待て。わしのところは既に兼続がおるのじゃぞ?三人で四畳半は無理にも程があろう!」
 「まあ、そうなんだけどさ。そこんとこはお前の財力に期待っつーことで。」
 「それは…つまり…丸投げということか?!」
 「うん。」
 頷くことではない。
 「ま、そういうことで頼んだぜ。ガラシャが起きたらまた俺んとこ来るって言って大事だからな。ホモのお前らだったら、ガラシャに手を出したりしないだろ?」
 決め付けだ。兼続の馬鹿はどうだか知らないが、政宗は流されてしまっただけで生粋のホモではない。
 「まっ、待たぬか!孫市!」
 しかし制止も空しく、ひらりと手を振って孫市は姿を消した。更に間もなく、上階の孫市宅に追いかける時間も与えず、床のガラシャが目を覚ました。それだけならまだしも最悪なことに、伸びていた兼続が目を覚ましたのもこのときだった。
 「!これは天の助けか!政宗!愛染明王が望みを叶えて、コウノトリで子を授けてくれたぞっ!」
 違う。
 「孫…孫はどこじゃ?そなたたちは…?は!その眼帯と顔だけ男!もしや、孫が常々話しておったホモカップルとはそなたたちのことか?!」
 孫市ぶち殺す、とそのとき政宗は固く決意した。常々とは、どんなことを話していたのか非常に気になるところである。
 「孫は…孫はどうなったのじゃ?まさか…死んだのか?」
 「何!孫市は死んだのか、政宗?!…そうか…時代は惜しい男を亡くしたものだ。」
 「そんな!孫がっ、孫が死ぬわけない!孫は、孫はっ…孫―――――――――っ!」
 政宗的にはもう止めようがない。これほど暴走する者たちを初めて見たと遠い目をして、政宗は大きく溜め息を吐いた。
 「とりあえず…黙らんかお主ら…っ!」


 そして、三人では部屋が狭すぎるし、第一年頃のお嬢さんを置いておく環境ではないということで、政宗が実家にガラシャともども帰ることを決めたのであるが。
 「政宗!それは不義だぞ!」
 兼続が反対したのだ。
 「何を言うておる。この状況を続けるつもりか?無理であろう。」
 ガラシャの前で押し倒されるわけにはいかないと強く叩き落した手を抑え、しょんぼり項垂れた兼続は、すぐさま晴れやかな顔で言い切った。
 「そうだ!ならば旅行に行こう!政宗も休暇なのだし良いだろう!」
 「はあ?」
 「温泉が良いな!お嬢さんはどこか行きたい場所はあるか?」
 「妾は何処でも良いのじゃ!旅行なぞ、初めてじゃぞ!楽しみじゃな!」
 「では…温泉…上田に行くか!スキーも出来るぞ!幸村の実家もすぐ近くだしな!」
 「ちょっと待て。言っても聞かんであろうが、少し、ほんの少しで良いから待ってくれ…っ!」
 電波と天然の間に挟まれては、突っ込みのしようがない。したところで意味がない。何せ相手は電波と天然、突っ込んでも理解してもらえない。
 床に膝をつき両手を着いて、政宗は大いに項垂れた。
 ともあれこうして、兼続、政宗、ガラシャの年越し旅行は決まったのである。











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初掲載 2007年12月6日