ありえん、このわしが…?!
暗闇の中、一人政宗は驚愕していた。
時刻は既に1時半。疲れがたまりやすい旅先のこと、誰かと語らっているわけでもないし、以前であればすぐさま眠りに落ちていたはずだ。
頭まで布団を引っ被り羊を真剣に数えながら、政宗は何故こんなことになったのだろうと絶望していた。
政宗が住むアパートはおんぼろ荘と呼ばれている。その名に相応しく古くぼろいアパートで、部屋は僅か四畳半にすぎない狭さだ。実家が地方の長者でお屋敷に住み、また引っ越すまではマンションに住んでいた政宗にしてみれば、犬小屋のような手狭さだ。
しかし、政宗はそこに住んでいるのである。住みたくて住んでいるわけではない。変人で何故付き合っているのか政宗も周囲も首を捻るような恋人兼続に、同棲することを強要されたのだ。勿論、政宗は反発した。しかし若さゆえの過ちか。体の相性がばっちりすぎたこともあり、押し倒された後、不覚にも流されるまま承諾してしまった。政宗、一生の不覚である。兼続と出会ってから、一生の不覚が多発しまくりだ。
そんな部屋は、あまりにも狭いので布団が一枚しか敷けないのだ。以前からその部屋に住んでいた兼続の持ち物が多かったということもあるのだろう。壁に立てかけられている三味線など、政宗は何度捨てようとしたかわからない。
それでも捨てなかったのは、兼続には絶対告げはしないが、兼続の歌声がタイプだからだ。この男、おつむの方があまりにも弱すぎて、同アパートの傍からモーションをかけていくような阿国にすら敬遠されているような電波具合だが、生憎と声は良かった。顔も良かったし、頭も良かった。ただ、それらの美点を相殺するくらいおつむの方が弱かった。
そういうわけで布団が一枚しか敷けないので、必然的にその一枚で寝ることになるが、兼続という男、おつむだけでなく寝相の方も悪かった。
誰しも殴られたり蹴られたりするのは御免である。政宗だとてそうだった。政宗は必死に、だから同棲など御免だと反対した。せめて、寝室は別室にしてもらわねば話にならない。大体、高血圧で朝っぱらから元気すぎる兼続に、低血圧で寝起きが悪い政宗は付き合いきれない。
しかしその後、政宗は兼続に押し倒されて、不覚にも流されるまま承諾してしまった。政宗に学習能力がないというより、兼続が上手なだけだろう。凸凹コンビすぎて、互いに足りない部分を補えるというよりは何かが大いに余る二人であるが、体の相性だけはばっちりだった。体の相性だけでも良くなければ、常識人の政宗が兼続のような電波と付き合うはずもなかった。
ともあれ結局、兼続が政宗に抱きついて寝た場合、寝相の方はなんとかなるということで話はついたのだ。朝寝したときそのようにすれば政宗が寝相の被害にあわないことを、政宗にとっては不幸なことに、兼続が知っていたのだ。
以来毎晩、政宗は兼続の腕の中で寝ることになった。
確かにそれは寝相の被害には会わないかもしれない。だが、寝苦しいし息苦しいし散々なことに変わりはない。政宗は大いに立腹し、また同時に絶望しながら、毎夜就寝していたのだった。
あれから、半年だ。
何故こんなことになったのだろう。政宗は強く目を瞑り、必死に羊を数えていた。柵を飛び越えた羊の数はすでに108匹。煩悩の数とおそろいだ。
政宗は信じたくなかった。信じるくらいならば、腹を切る方がましだった。まさか、兼続なしでは生きられない身体になってしまったなどと。
要は枕が替わると眠れないだけとも言えるのだが、混乱の極みにあった政宗はその事実に気付かなかった。兼続の抱擁に安堵を覚えるなど気付いたところで、どちらにせよ、政宗一生の不覚だ。切腹は必至だろう。
「政宗様、…あの、大丈夫ですか?隈がお出来になってます。」
翌朝。朝食のバイキングで、目の下の隈をくっきり作った政宗に出会い、稲は思わず困惑した。
「父上の鼾がそれほど煩かったのでしょうか…?」
「いや、稲の父上は関係ない。気にするな。」
「…そう、ですか?でも…。…わかりました。」
力なく首を振り否定する政宗に、気にするなと言われた手前問いを重ねることも出来ずに、稲は不承不承頷いた。その様子に政宗は苦虫を噛み潰したような顔だった。
政宗の帰宅後理不尽なことに、出会いがしら兼続は殴られたそうである。
初掲載 2007年12月3日