第三話   現代パラレル


 新学期が始まり、伊達はときおり直江のマンションに泊まったりしつつ、2学期の終業式を迎えた。
 終業式にして、クリスマス。
 「そういえば恋人たちの聖典なのになんでこんなところに集まってるんでしょうね、俺たち。」
 「こんなところとはなんだ…。」
 と、女の子好きな割には報われず案の定暇でバイトをしている孫市が、左近に返し、
 「まあ確かにな。」
 と、三成が言ったところに、学校を終えた伊達がやってくる。伊達が巻き込まれる形で、話はとんとん拍子で進んでいき、クリスマスをたまり場連中でやることになる。真田は家族と過ごすので来れず、孫市はバイト。
 「ふっ。貴様、クリスマスにバイトか。」
 「うるせえ。」
 慶次はたまに発生するぶらり旅に出ていて、現在、行方不明中だ。伊達は、成実は友だちとクリスマス会で、片倉も妻帯者、成実の両親と三人で過ごすのも微妙ということもあり、参加することにする。
 不在の直江は参加の方向で勝手に話が進められていき、4人で、場所は直江宅にてクリスマス会が行われることになる。夜遅くなっても伊達が泊まれるように、という配慮は建前のことで、実は作家をしていた左近は締め切り間際で編集が家に待ち受けているに違いないので帰りたくない、三成はむさ苦しい男連中を家に招きたくない、伊達は居候の身なので呼びにくいし家に酒もない、という理由が裏側にはあった。
 メンツがメンツなだけに、食べるより呑みが主体のクリスマス会になる。呑めない伊達は一人で食べたりしている。左近が酒と甘いもの両方イける両刀だということが判明して、スーパーで購入したケーキを半分以上食べた。残りの大半は、三成によって勝手に伊達の皿に載せられた。
 「小さいのは甘い物が好きだろう。食え。」
 「お主とたった二歳差なんだがな…、この酔っぱらいが。って小さいとは何じゃ馬鹿め。」
 伊達がげんなりしつつ、ケーキをフォークでとりあえずつつき回していると、
 「政宗お前、どうなんだ。」
 「は?何が、どうなんじゃ。」
 「もう抱かれたのか?どうなんだ兼継。」
 「?何がだ?」
 伊達は吹いて思いっきりむせて、直江は突然話を振られたのでついていけてない。
 酔っぱらった三成は情け容赦なくその後もつっこんだことを訊きまくる。直江は自覚しているけれど何も行動せず、愛をわからないで育った伊達は自覚すらなく、実際何もないわけなので、二人とも返答に困る。
 しかし酔っぱらった三成は二人の異常な、互いにしか取らない特別な行動を次々に挙げていく。今更止めるのもアレな気がして、左近はそれこそ本気でやばいとこまで話題が転がったら止めようとは思っているものの基本傍観の構えでいる。三成の言葉で、次第に伊達は自分がどれだけ直江には特別な対応をしているのか気づかされていく。
 三成は全部言いたいこと、とはいえそれらを全て言ったら左近に止められること必須なものの、それを言い切る前に、
 「だいたいお前らは!」
 と言って、勢いを付ける意味で酒をあおった拍子に酔いつぶれてぶっ倒れる。結果、会はお開きになる。
 あまりに微妙な雰囲気に、左近は本気で迷ったものの、確実に怒り心頭になっているであろう編集が待っている家に歩いて帰る。
 残された直江と伊達は、とりあえず酔いつぶれた三成に布団を一つ敷いて、もう一つは伊達が使用することにして、直江はベッドで寝ることにする。
 気まずさのあまりぎこちない。伊達はぐるぐる色々必死に考えていて、直江は直江で三成にまた呑まされまくり酔いの回った頭で、三成が言ってた伊達が自分に対してだけ見せる態度の理由を必死に考えている。


 直江はベッドで段差があるけれど、三人で川の字になって明かりを消す。
 いつもは明かりを消してから話が盛り上がる直江と伊達だけれど、沈黙が続く。
 伊達は天井を見つめたまま、
 「…なあ、わしは直江のことが好きなのか?」
 直江には答えようがない問いなので、酔っていて思考が鈍い直江は言葉を濁すしかない。また少し間が空いてから、
 「私は政宗のことが好きだぞ。」
 と、さきほどの問い自体からは微妙に外れた、問いの本質にはあっている返答を直江がする。直江の告白にまた間が空いてから、伊達が直江の方を見て、また間が空いて、
 「そうか。…そうだな。わしも直江のことが好きだ。」
 両思い成立というには色気がないものの、一応の両想い成立に、直江と伊達が視線をあわせたまま時間は過ぎる。
 気恥ずかしい中、とりあえず笑いあった二人は、この後どうすればいいのかわからず、内心困る。どきどきする。
 眺めていたところ、伊達にさわりたい、あわよくばキスしたい、と突然思った酔っぱらい直江が伊達の方に手を伸ばす。伊達は内心どきどきしながら、逃げずに直江の手が伸びてくるのを待っている。プライドが高いから逃げるのは嫌で、それ以上に、逃げたくない気がした。
 直江の手が伊達のほおに触れる寸前、
 「…さま、しりぬぐいをするのは俺なんですからもう止めてください。ねねさ…が…」
 三成が寝言をもらす。
 びくっとおもしろいくらい肩を揺らし、さっきまでの少し色気が出てきたりぎこちなかったりした雰囲気がすっかり流れてしまう。伊達と直江は苦笑しあう。
 そして、直江がまだ酔っているものの、いつもの二人の関係に戻る。


 翌朝、三成は何にも覚えていない。
 「頭が痛い…。」
 二日酔いを訴えてつつも、直江と伊達の雰囲気が微妙に変わったことを察するけれど、頭痛と吐き気にそれどころではない。自分至上主義の三成なので、はからずしも、自分の絡み酒が良い方向へ二人を導いたことにはいっこうに気づかない。


 それから何事もなく時が過ぎていく。
 正月は、伊達の実家が家柄ゆえにゴタゴタして忙しく、当然のように会えない。真田も家の方で家族と過ごす。三成は帰らず一人暮らしをエンジョイしてていて、左近と仲がいいから呑みに行ったり、秀吉夫妻と新年を過ごしたりしている。孫市は、弟が心配するため決行する年に一回の帰省を、今年は年末年始に持ってきた。慶次も叔父夫婦に無理矢理連れ戻され、叔父夫婦の家に軟禁されている。
 直江は律儀に年賀状を書いて出し、三が日だけ実家に帰って上杉や家族に挨拶した。
 越後から戻り際、直江が食材などを愛用しているスーパーで買い込んでマンションに帰ってくると、見覚えのある姿があった。
 「?政宗、どうかしたのか?」
 直江が声をかけると、伊達はどこか泣き出しそうな様子なので、直江は内心驚く。伊達が風邪引いたときの寝言もこんな感じではあったけれど、あれは寝言だった。こんな様子の伊達は、初めてだった。
 とりあえず伊達を部屋に入れて、冷え切っていた部屋を暖房とこたつとで暖めてつつ、直江はココアを伊達のために入れてあげる。伊達は本当はコーヒー派なのだけれど、直江はココアを出してしまう。いつもは文句を言われないようビターなのだけれど、今回は問答無用でミルクたっぷりのココア。
 直江がかいがいしく伊達の世話を焼いてると、伊達が、
 「すまぬ…。本当は来るつもりはなかったのじゃが…。」
 と謝る。
 「謝ることではない。…どうしたんだ?」
 「…。」
 話を聞いてみると、伊達は直江のマンションに本当に来るかどうか迷ったあげく、結局来て、来たもののインターホンを鳴らそうか迷って、連絡取ろうか本気で悩んでるところを直江に見つかったらしい。
 こうして直江のところに来ようとしたのは多分に伊達の今の様子を関係しているのだろう、という結論を出した直江は、何があったのか尋ねる。
 「いつもは、孫市のやつのところに行くのじゃが…あやつ、」
 今年は兼継がいるから大丈夫だな、なんて軽口を叩きながら、孫市は帰省した。本当は少し心配だったけれど、最近の二人の仲の良さを見る限りでは、自分よりも直江の方が伊達には良いんじゃないかと思った。
 伊達は、孫市との出会いを語り始める。


 孫市と伊達が出会ったのは、まだ伊達が中2のとき。
 伊達父:輝宗が亡くなって1周忌、まだ遺産相続の話も今以上にごたごたしていたときのことだった。嫡男は伊達なのだけれど、輝宗の死亡とときを同じくして実家に帰った母:義が伊達の弟:小次郎を推してきていた。輝宗はつねづね、目に入れても痛くないほど溺愛していた伊達に遺産を全て譲ると言っていたけれど、遺言書は作成していなかった。なので、家督と財産の大半を譲れと、義がごねていた。
 義の主張が認められなかったのは、本当に輝宗が伊達に跡目を継いでもらいたがっていたことと、義が離婚済みだったこと。それに加えて、実は、輝宗の死因もいろいろ怪しかったからだった。輝宗は脳溢血と死因が下されたものの、本当は義が珍しく伊達のために作った手料理を食べた直後の突然死だった上に、医者が義の実家最上家関連だったので、実は小次郎を跡継ぎにするために邪魔な伊達を殺そうとしたんだろうというのが世間での噂だった。この噂があまりにも有名すぎて、上杉は伊達のことを知っていたのだ。
 伊達の味方についた弁護士は、伊達の会社の専任の弁護士の綱元で、専門は契約や金融関係なのだけれど、伊達のために必死に遺産相続関係を調べてくれた。義側も弁護士を呼んだので、弁護士を挟んで、話し合いが行われた。伊達の味方として、成実の父や片倉がつき、母側には母の実家の最上や弟がついていた。
 団らんとはほど遠い、殺伐とした食事会。


 当時、一応籍を入れておいた三流大学をどうにか卒業したばかりだった孫市は、フリーターとしてその会場でバイトをしていた。
 「…なんつーか、あの席殺伐としすぎじゃねえ?子どもの顔暗えし。」
 などと思いながら料理を出してたけれど、遺産相続の話から、母方は伊達自身のバッシングに話は飛んでいき、
 「そのように目を患った者に家督は譲れぬ!」
 と、ヒステリーから義がとうとう理不尽な理論を振りかざし始める。
 伊達はマザコンの気があるので、母の暴言にも反論せず、肩身が狭くてもひたすら耐えていた。伊達の擁護者は、遺産相続に関しては反撃したりしてたものの、さすがにそんな理不尽なことを言われては怒るよりも絶句する他ない。最上側も、さすがに制止するものの、テンションが振り切れた義は、全然話を聞かないで伊達をののしりまくる。
 そこに、孫市が登場。
 「今まで給仕しながら話は聞いてたんだが、…言いすぎじゃねえか?美女だからって、世の中には言っていいことと悪いことってのがあるんだぜ?」
 聞くに耐えなくなって、口出ししてしまう。女好きで、美女の言動の大半は
 「ふっ、かわいらしいもんだぜ…。」
 と許せる孫市が思わず口出しするほど、義の言動はひどかった。
 孫市は会場勤めのバイトにもかかわらず、さんざんなことを義に言う。表面上の態度はどうあれ、伊達はこれが原因で孫市を心の底から信頼するにいたる。
 最終的には、孫市はバイトを首になる。情状酌量の余地はずいぶんあったものの、もともとヒステリーを起こしていた上に更に激高した義が、店長を呼び出して苦情をすごい勢いで言ったのだ。


 後日。
 「職にあぶれちまったし…、どうしたもんかな。旅にでも、出るか?」
 狭い上に暑いアパートでパンツ一枚でいた孫市の元に、菓子折を持って片倉や伊達が礼を言いに来る。事情を知っていたので孫市にとても同情していたけれど、立場上、孫市を辞めさせざるをえなかった元バイト先の店長が住所を教えたらしい。
 「そりゃ、ご丁寧にどうも。まあ、なんだ。そこの坊ちゃんも、凹むなよ。」
 と、相手がスーツや制服で自分はパンツという格好に居心地悪いものを感じつつも、孫市は伊達を励ましたりする。


 その後、何が良い方向に変わるものはわからないもので、塞翁が馬的に、孫市は伊達三傑(一人はその父だけど)の斡旋で前よりも給料もよくて自分にもあっていて待遇もいい仕事に就くことになる。
 それが、現在のたまり場。


 以来、伊達は義との接触を極力断ってきた。いまだに決着がつかない遺産相続の件で、たまには平日にも伊達の家に来たり、正月の挨拶や父の忌日といった記念日にも来たりした。
 今回はその中の正月で、会うことが避けられなかった。
 いつもならば、伊達は凹んだ後、孫市に慰めてもらう。孫市は何も聞かないで、そっとすることで甘やかしてくれる。けれど、今回は孫市はいないわけだし、直江の手がほっとすることもあって、伊達は直江にぎゅってしてもらいたかったのだ。伊達はマザコンである以外にファザコンでもあるので、直江に亡父の姿をちょっぴり重ねているのかもしれない。


 直江は話の途中でもう切なくなってしまって、久しぶりに珍しく伊達が年相応(以下)の様子だと思っていたら、そんな理由なのかと思って、悲しくなってしまう。そんな中、伊達に
 「…抱きしめても、いいか?」
 と言われたものだから、伊達が言い切る前に直江は伊達をぎゅっと抱きしめる。伊達は一瞬驚いてから、おずおずと腕を直江の背中に回す。
 伊達はしばらく直江の肩に顔埋めて泣きたいのを堪えていたものの、小一時間もするとどうにか落ち着いてきた。そうすると直江に対する罪悪感というか急に尋ねてきて、
 「…抱きしめても、いいか?」
 などと、正気に戻ると恥ずかしさのあまりは顔から火を吹きそうなことを言ったりしたことに気づいて、
 「そ、その。す…すまぬ!」
 直江から離れようとするけれど、直江が離してくれない。とまどいつつ伊達が、
 「直江…?」
 と呼びかけると、今度は直江の方が、
 「もう少しこのままでいさせてくれ。」
 と言う。
 伊達は、直江にまだ触れていたいのがばれてたのかと思いいたたまれなさに赤面しつつ、、お言葉に甘えてそのまま抱きついている。


 そのままだと収拾がつかないので。
 しばらくしたら伊達のお腹がきゅうぅと鳴って、続いて直江のお腹もぐーと鳴って、一緒に照れ笑いしながらもご飯にするために離れるのだった。











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初掲載 2007年前期