2年の春。
伊達は大阪と京都と奈良に修学旅行で行くことになる。伊達は生徒会長で、また班の班長にもなってしまったので、忙しくて文化祭の時同様たまり場には来ない日々が長く続く。
伊達の学校は、完全自立性というか放置性なので、定期連絡は必要だし宿泊先も決まってるけれど、基本生徒がしたいようにしたいだけできるシステムの修学旅行。その分、きちんと予定を立てないとぐだぐだのまま修学旅行は終わってしまうこともあり、伊達は班長として頑張ていた。
伊達の高校は有名金持ち私立ということもあり、前年までは、引率つきでならばロンドンやハワイといった海外へも行けるシステムだったのだけれど、テロなどの関係で場所が国内に限定された。伊達は母方の実家が東北なので北は候補から除外し、南は暑いから嫌がり、結局西になった。
班は基本男女3人ずつの6人構成なのだけれど、伊達のところは5人組で、班員は従兄弟の成実にシンパの猫・愛など。
一方、直江も急遽関西に出張が決まり、いろいろ発表の準備や書類まとめと支度で忙しくて、やはりたまり場に顔を出せない日々が続く。
そんな伊達と直江が、示し合わせたわけでもないのに、新京極で出会う。
伊達の班員はみんな伊達のシンパなので、直江が文化祭のとき伊達とどこかへ消えた人で、かつ仲がいい社会人の人であることも知っていたため興味津々。直江は一緒に出張した同僚:立花と一緒だったけれど、立花は自分の買い物に消えてしまった。
そんな高校生の好奇の視線のただ中に一人放置されてしまった直江は、成実の要望もあり、また直江も伊達の高校での様子や成実自身に興味を覚えたこともあって、一緒にいろいろ回ることにする。昼食は年上だから、面目を保つために奢った。
直江は伊達の私生活などを根ほり葉ほり尋ねられるけれど、直江もそれほど知ってるわけではない。その上人のことを勝手に話して良いものかと伊達の様子を窺うものの、伊達は我関せずといった感で一切口出しはせず、料理などつつきながら傍観の構え。
「むしろ、成実くんの方が知っているのではないのか?」
と、直江が反対に伊達の私生活を尋ねてみると、伊達は公私を混同しない性質のようで、
「それがさあ、梵って秘密主義っつーか。全然外で何してるかわかんねえんだよなあ。」
と、返事が来る。成実もバンドやバイトをしているので、伊達のことがいくら好きで、従兄弟で、同居しているからといって、四六時中一緒にいる訳じゃない。
「でもね、梵のやつ。直江さんのことは1回だけ漏らしたよ。」
それだけが、伊達が家で、外で何してるか漏らした唯一の情報なので、成実はずっと「直江」なる人物に対して興味を持っていた。
初めて聞いた事実に直江が問いかけの視線を向けると、伊達は少し煩わしそうにあるいは面倒くさそうに、黙ってふいと視線をそらす。高校の人たちの前だと、外の友人たちと会うのは恥ずかしいのだ。生徒会長で班長でシンパの前というプライドが、更に邪魔しているのかもしれない。
直江は嬉しくなってしまい、
「…そうか。」
と、相好を崩す。それがあんまり嬉しそうな様子だったので、見ていた伊達の方が恥ずかしくなってしまった。
ちなみに班の女の子たちはものすごいかしましいと。3人なので、女三人寄ればの原理が働いている。
翌日、直江も発表が実はとっくに終わっていて自由行動だし、伊達の班の子たちも直江のことがすっかり気に入ってしまったこともあり、当初立てていた予定を変更して、6人でいろいろ遊びに行くことにする。翌日直江は帰る予定だったので、本当は大阪のてーまぱーくに行くはずだったけれど、一日予定を繰り上げ奈良の寺巡りをすることになる。
直江が住職をしている謙信の影響もあり、寺など古いものが大好きで、本当に嬉しそうに寺を巡る。伊達の班の子たちが寺そのものより、むしろ鹿とかおみくじを楽しんでいる中、伊達も寺には興味があることもあって、二人で熱心に寺を見ていた。
直江は寺巡りの一環として、お守り収集もしていた。どのお守りを買おうか悩んでいるところに伊達が遭遇して、
「これがよいのではないか。仕事の。」
と、選び、ついでに買ってプレゼントする。修学旅行の土産を買っていかなければならないと思っていたところに現地で会ってしまったので、直江に、土産の意味も込めてのプレゼントだった。一方、直江の方も年下に贈られてるばかりでもいかないし、土産に関しては同条件だったので、勉強のお守りを選んでプレゼントする。無駄なような気もするけれど、何となく二人はほんわかする。
一足先に帰った直江と、遅れて修学旅行から帰った伊達と、それぞれ土産を別々に持っていったこともあり、当地で会ったことはばれなかった。互いにプレゼントしあったお守りは、伊達は財布の内ポケットに中に、直江は仕事鞄につけていたので、やはりばれなかった。
しかし、直江が、左近や三成などの大人連中と飲みに行ったとき、仕事場から直接行ったため仕事鞄で、目ざとい左近や三成にお守りを発見される。でも二人は、そのお守りを伊達が買ったものだなどとは知らないし、当地で出会ったことすら知らない上に、直江が寺巡りが趣味でお守り収集癖があることも知っていたので、
「まーた、買ってきたんですか。」
程度に認識しつつ、
「それにしちゃあ、ちゃんと鞄から取れないように、懇切丁寧につけてるじゃありませんか。」
といぶかしんだので、
「直江さん、いったいそりゃあ、何なんです?」
と、尋ねたところ、伊達がプレゼントしてくれたお守りであること、当地で偶然会ったこと、互いにお守り交換したことを直江が暴露する。
若干呑むと性質の悪くなる三成はげらげら笑い、伊達に電話かける。深夜の電話に何事かと思った伊達は、
「いやあ、夜分遅くにすみませんね。酔っ払いのしでかしたことなんで大目に見てください。」
と、左近が途中で謝罪して切ったので、首を傾げつつも、
(三成…あやつ、酔うとあんな風になるのか。)
と、びっくりする。
翌日、たまり場に伊達が行くとさんざん三成にからかわれ、伊達はなぜ三成が昨夜電話をかけてきたのか理由を知るのだった。慶次や真田は、
「お二人とも仲がよかったのですね。」
と言って済ませたけれど、孫市は違和感を覚える。とはいえ、当の伊達がまだ無自覚なので、
「…ん?政宗ってそういうキャラだったか…?」
と、気に留めるか否か程度の違和感で、原因はわからない。
からかわれた伊達は少し顔を赤くして、恥ずかしさと少しの腹立ちから、後からたまり場へとやって来た直江に思わず冷たい態度を取ってしまう。電話の後に行った二次会で三成に絡まれ飲まされたので、若干二日酔いの直江は、理由がわからず、伊達の不機嫌な様子に首を傾げつつ焦るけれど、何もできない。
帰り際。たまり場を直江と一緒に出た伊達は、
(別に、直江は悪くない。事実を語っただけなのじゃから、わしが、こんな気にすることも…。なにゆえ腹が立ったんじゃ…?)
と、反省したり不思議に思ったりしつつ、直江に大人げない態度を謝る。一方、基本敏いにもかかわらず変なところで鈍い直江は、
「それで、なぜ不機嫌だったんだ?」
と、理由を聞き出して、老成していてどこか達観しているような伊達の子どもらしい面に嬉しくなる。
直江の様子に恥ずかしくなった伊達は、言い訳をもごもご口内で呟く。そんな伊達の頭を直江はぽんと撫でて、
「もし暇ならば、遊びに来るか?」
と、マンションに誘う。伊達は少しためらった様子を見せたものの、言及されたとおり暇だし断る理由もないし明日は日曜ということもあって、頷く。
CDショップと書店が併合されてるタイプの店で、時代ものを手にとってる直江と推理小説を買うことに決めた伊達とで本好きな共通点が判明して話が盛り上がり、一方CDの趣味は直江は洋楽でジャズ、伊達はバンドやってる成実の影響でロックやJポップだったので互いに勧めあう。
その後、スーパーで夕飯の食材買っているときに、
「何だったら泊まるか?」
と、尋ねられたのでお泊まりセットも購入する。
いろいろ買い込みマンションに着いた後は、伊達と直江で一緒に料理して、団欒しながら食事を取る。その間、実はプライドが高い上に気を使って、苦手な食材が入っていることを言えない伊達の様子を、察知した直江がさりげなくその食材を食べたりする。
テレビを見たり買ってきたCDを聞いたり、直江が買ってきたバイク雑誌を伊達がのぞき込んでみたり、お風呂に入ったりしているうちに夜は更けていき、寝ることにする。
直江のマンションは、叔父夫婦に家を占拠された難を逃れて、慶次が泊まりに来ることが多いこともあって、布団や寝巻きなど完備されている。歳は離れているものの二人で楽しく布団を並べ、明かりを消して色々話している間に、直江の高校時代の話になる。
「なにゆえ、直江はバイクに興味を持ったのじゃ?」
と、常々不思議に思っていたことを伊達が尋ねたのが、その契機だった。
直江と伊達は知り合って1年ほどになるけれど、年齢が離れているゆえに敬遠していたことから、案外互いのことを知らないでいた事実に気づき、二人でつれづれに語り合う。
ふと、直江は伊達の反応が鈍くなってきたことに気づいて隣を見ると、明かりをすでに消していたこともあって伊達はうとうとしていた。
「もう、寝るか。」
伊達はうーと眠たげに目をごしごしこすりながら、不満そうではあるけれど頷く。
「…眠くなど、ならねば…もっと話していたかった。…わしは、どうやらお主のことで知らぬことが多いようじゃ…。もっと、…、直江のことを知りたい。」
伊達は眠さに途切れ途切れではあるものの、本音を洩らす。言われた直江は、本気で嬉しくなってしまうのだった。
朝になり10時過ぎに起床した直江と伊達は、二人で出かけることにする。
伊達が買ってきたCD新譜が良かったからか、伊達が勧めたためか。欲しくなってしまった直江がそのCDを探していると、伊達が、
「?何じゃ。買わずとも、CDなど貸してやるというのに。」
と、今度貸す約束をしたり、その後お昼を食べに行ったり、そしてしばらく街を散策してからたまり場へ向かう。
二人で一緒に来た上、伊達は借り物の直江の服でサイズが合ってないので、正直孫市はおどろく。伊達は、直江と知り合うまで、孫市以外の人の家に泊まったことなかった。
そのとき左近と三成はいなかったけれど、本気でびっくりした孫市が二人に洩らして、後日からかいの対象にされる。
夕方ごろまで、孫市や途中で来た慶次も混ぜて4人でいろいろと話して、その日は別れた。
伊達は、直江からジャズでおすすめのCDを数枚借りてきていたので、それを聴きながら、今度直江に貸すCDを真剣に厳選している。
同居している成実が、ふと、伊達の部屋からジャズが聴こえてくるのでびっくりして、伊達に、
「梵、何かあったのか?」
と思わず尋ねたところ、直江から借りた旨を教えられ、変わっていく伊達に嬉しいような寂しいような微妙な感情を抱く。
後日。
直江に借りた服を洗濯したものと、厳選CDと、ついでにおすすめの本何冊かを持っていき、たまり場で今度会ったときに、伊達は直江に貸す。このときようやく直江と伊達は連絡先を交換する。
以降、二人ともどちらかといえば携帯よりもパソコン派なので、パソコンメールで文通を始める。これで、リアルで会えなくても近況がわかるようになるのだった。
伊達が二年生の夏休み。
直江や謙信が誘い、かつ慶次が帰りたがったこともあり、孫市以外のたまり場メンバーと信玄とで、直江と慶次の故郷である越後へ向かう。信玄は謙信とつもる話をするため、一足先に行ってしまった。
「荷物もあるそうだ。左近、手伝ってやれ。」
「…男の荷物持ちなんざしても、あまり楽しくないんですがね。」
三成の一言で、当初行く予定でなかった左近が車持ちゆえに足として使われ、提案者の三成も左近を使うとなるとついてきた。哀れなことに孫市はバイトがあったので、一人寂しく留守番をすることになる。
直江と慶次はバイクで行く。一方、残りの四人は荷物と共に車にぎゅうぎゅうに詰められ、出発。
「狭いぞ、左近!」
「文句言わないでください。それにあんた、助手席で狭くないでしょうが。」
「そうだ!後部座席はもっと狭いぞ。馬鹿め。」
「ふっ。俺が言っているのは助手席うんぬんではない。車自体が狭いのだ!」
「…なぜそこで勝ち誇る!」
左近に対して、ちゃっかり助手席を占拠してる三成の自慢(?)に呆れつつ、伊達は内心、直江と離ればなれで寂しさを感じている。けれど無自覚なので、何なのだこれはとか思っている。
道中、ひたすら車内は騒々しかった。
越後に着いて上杉に挨拶をした一行はその日は疲れを癒し、翌日、毎年大々的に行われる夏祭りへ。
事前に連絡されてたので、片倉にもたされた、それ一着で孫市の一月の給料が飛ぶ浴衣を慣れた様子でまとう伊達と、謙信と付き合いができてから着付けができるようになった直江、信玄関係でやはり着付けがどうにかこなせる真田に対し、残り三人ができない。慶次は甚兵衛を着たため、着付けなどあってないようなものだが、三成と左近はそうも言っていられない。左近は信玄に事前に借りていたものを、三成は真田に借りたものを、伊達の手助けを借りて着て、いざ、祭りへ。
伊達は、祭をあまり楽しんでいる風ではない。少し冷めたところがあり、騒ぐ三成や慶次を少し離れたところから眺めていることの多い伊達だけれど、今回は少し気後れして後ろにいる様子。屋台は衛生上不安だから飲食は気が引けるし、祭で売られている金魚やひよこなどの生き物はすぐ死ぬことを知識として知っているからためらうっているというのもあるけれど、それ以上に、夏祭りに来たのが初めてなのが、その原因だった。
そんな伊達の様子に直江は気づきどうしようか考える。考えている内に、慶次がテンション高く伊達を流して、
「お!美味そうだねえ!おっちゃん2つ頼むよ。」
などと、伊達の分まで勝手に頼んで持たせて食べさせて、金魚は真田や左近が巧く促して試させるのだ。真田は気づいていないものの素で、左近は敏いから様子に気づいての行動だった。
こうして、伊達は初めて夏祭りというものをエンジョイする。
家柄が家柄なこともあって母に溺愛されていた頃は、夏祭り自体行かせてもらえなかったし、伊達がある程度大きくなると隻眼になったことからちょっと根暗に入ってしまって外出するどころではなかったし、生来の明るさを取り戻した後は、
「あのようなガキっぽいこと。」
と、鼻で笑って、成実に誘われても行かなかった。
伊達は最初はとまどいがちだったけれど、次第に柔らかい笑みを浮かべて珍しく年相応、下手すると何もかもが初めてだからそれ以下の反応をするようになるので、伊達の態度に周囲は嬉しくなる。
最後、上がる花火を、伊達と直江で並んで氷をつつきながら眺めていると、
「良かったな。」
と、直江言う。氷を見つめて、ストロースプーンの先でつついていた伊達が顔を上げて、視線が交わる。
他の面々はビールを買いに行っているので、場所取りをさせられている二人以外いない。伊達は少し照れてうつむく。色恋沙汰に関しては鈍感だけれど、直江は素でロマンチストで、伊達にこそ能力を発揮したことがないものの実は口説き屋なので、空に打ち上がってる花火を見上げて、
「綺麗だな。」
と、微笑む。
実は後ろで、左近と三成が何か起こらないものかと隠れて見ていた。慶次は本能で何か面白いことが起こっていることを察して口出しはせず、事情を知らない真田は内心首を傾げるものの邪魔しない。
直江は仕事の関係で一週間ほどで先に帰り、8月が終わりかけた頃、伊達たち居残り組も越後を去ることになる。
伊達が夏祭りでとった金魚は、謙信が預かってくれる。上杉は生き物を育てるのが上手いし、生き物なので越後からはるばる遠路連れ回すと弱ってしまうので。後年、金魚は鯉なみにばかでかくなって、謙信の寺の池でゆうゆうと泳いでいるのだった。
初掲載 2007年前期