第一話 「お幸せにね。」


 「政宗様は、花言葉ってご存知ですか?」
 興味津々、といった風に投げかけられた稲姫の問いに、書類を睨み付けていた政宗は顔を上げた。接客用の卓の上には、何処から持ってきたのか大量の花木が山にされていた。少し、執務に根を詰めすぎていたらしい。そもそも呉から稲姫とくのいちが遊びに来ていた事実すら、執務に没頭するあまり政宗は全く気付かなかった。
 場所は応接間。政宗たちの他には、星彩やァ千代などもいる。
 実は、「少し休憩でもしたらどうなの?」と星彩に無理矢理執務室から引っ張り出されたのだが、ついつい、丁度政宗のところに行こうとしていた部下から新しい書類の話を聞きだし、そちらに意識がいってしまったのだ。
 星彩は呆れた様子で、それ以上無理は言わなかったが、当初の目的、「執務室から政宗を追い立てる。」だけは実現させて、現在に至る。
 稲姫は幸村の義理の姉、くのいちは幸村の部下だ。幸村に会いに来たのだろうと見当をつけ、政宗は言った。
 「幸村なら居らんぞ。朝から出かけておる。」
 「知っております。先ほどまでくのいちと一緒でした。」
 稲姫の言葉に応えるように、くのいちが「にゃは☆」と笑みを浮かべた。
 「それで、政宗様は花言葉ってご存知ですか?今、そういう話になったんです。」
 いかにも女子供の好きそうなことだ、と政宗は思った。
 「花言葉?」
 「はい!例えば、牡丹は「高貴」、福寿草は「祝福」。猫柳だったら「自由気まま」で。」
 「この唐松なんて稲ちんっぽく、「大胆不敵!」だもんね〜☆」
 「ちょっと、くのいち!」
 きゃっきゃ騒ぎ出した稲姫とくのいちに代わり、星彩が事情を説明した。
 「くのいちが花言葉を知っているかどうか尋ねてきて…でも、私もァ千代も武芸一筋で生きてきたから。かえって政宗の方がこういうことに詳しいんじゃないかと思ったの。無駄に多趣味だし。」
 いつものごとく口振りはさらっとしているが、稲姫の説明を受けていて興味が湧いてきたのか、星彩はじっと政宗を見つめた。知っているなら教えなさい、とその目は静かに命じている。政宗はひとまず書類を置いた。
 「花は嗜むが、花言葉なんぞさして知らんぞ。その中じゃと…、」
 牡丹、猫柳、梅、月桂樹、薔薇、不如帰。四季折々の花が一堂に会しているのは、遠呂智が作り上げた世界の四季が滅茶苦茶なせいだ。西では桜が咲いたかと思えば、北では吹雪、南は熱帯。東では木枯らしが吹いていたりもする。それらの花の中から政宗は唯一花言葉を知っている不如帰を手に取った。
 そのとき、髪に何か挿し込まれて政宗は後ろを仰いだ。花を大量に抱えた幸村がいた。
 「幸村殿。稲姫かくのいちを探しに来たの?」
 「いえ、政宗様を…花言葉の話をしているようだから、丁度良いかと思って。」
 二人が会話をしている間に、政宗は手を伸ばしてそれに触った。髪に挿されたものは、どうやら何か花のようだ。手に取って見ると、それは真っ赤な椿だった。
 椿は一般に、花が落ちる様が斬首される様に似ているといって、武家には忌み嫌われている花だ。これは新手の嫌がらせだろうか、と政宗は幸村の方を見やった。勘違いしたらしく、照れたように幸村が微笑った。
 「…違うわ、馬鹿め。これは何じゃ。椿なぞ、何かの嫌がらせか?わしに首を斬られろ、とか。」
 全く読めない男だ。政宗は顔をしかめた。
 政宗と幸村の付き合いは、幼少期まで遡る。あの頃の幸村は、政宗のことをすごく嫌っていて、何事かあるたびに喧嘩を吹っかけてきていた。対する政宗も、お館様がお館様が、ばかり言う幸村を面白がっては馬鹿にしていた。まだ子供だったのだ、と政宗は己のことだけは弁明しておく。
 それが、信玄の死後付き合いが絶えて数年経って再会したとき、幸村はまるで人が変ったようで、政宗は「幸村」の名を幸村の兄信之が騙っているだけではないかと心底驚いた。それくらい、別人だった。
 その「人が変った」幸村は慌てた様子で、政宗の言葉を否定した。
 「違います!政宗様はご健康でいらっしゃってください!冗談でも死ぬなどと…!」
 「では何じゃ。」
 答える代わりに、幸村が再び何かを髪に挿してきたので、政宗はそれを取って眉をひそめた。
 「狐の孫?だから、」
 何じゃと言っておる、と政宗が非難する前に、今度は花束を手渡された。雑多な花束だ。虎百合、杉の葉、南天あたりはまだわかる。しかし、普通、おくらは花束に入れないのではないだろうか。意味がわからず、「やはり真田幸村読めぬ男じゃ。」と困惑を深める政宗の花束を見やって、「花言葉ですね!花言葉なら、稲に任せてください!」と稲姫が名乗りを上げた。
 そういえば、幸村は「花言葉の話をしているようだから、丁度良いかと思って。」などと言っていた。くのいちとどこかに出かけていたようだし、ということは、くのいちが花言葉などという柄にもないことを口にしたのは、そもそも幸村が原因なのだろう。だが、それにしても、自分を探していたというのはどういうことなのだろうか。
 それも稲姫の説明でわかるだろう。そう内心一人ごちて、政宗は稲姫の説明を待った。
 稲姫は花を一通り見た後、頬を赤らめて言った。
 「幸村様ったら!流石は信之様の弟君…侮れません!…椿は「完璧な魅力」、狐の孫は「可憐美の極致」。」


 虎百合、「私を愛して」。
 杉の葉、「あなたのために生きる」。
 南天、「私の愛は増すばかり」。
 おくら、「恋によって身が細る」。


 「…随分、熱烈な求愛だな。幸村。」
 そうァ千代が感想を洩らし、「同感だわ。」と星彩は政宗を見やった。政宗は聞くに堪えぬと顔を俯かせていたが、説明が終わると、幸村を睨んだ。
 「幸村!お主、何か悪いものでも取り憑いておるのであろう!昔とまるで別人ではないか!あの頃のむやみやたらと突っ掛かってくるお主はどうした!」
 しかし、文句を言いつつもしっかり花束を持っている辺り、政宗は満更でもなさそうだと星彩は思った。
 「何なの?その、以前は突っかかってたって。今の幸村殿からはさっぱり想像つかないわ。」
 「私もだ。」
 星彩とァ千代の感想に、幸村がしみじみ頷いた。
 「あの頃は若かったのです。若さゆえ、好きな子を苛めてしまうというか、好きな子が自分では守れないくらい強いのが気に障るというか…しかし、私も今は立派な大人!必死に鍛錬を積み、心身ともに成長しました!やはり、好きな方には嫌われるような大人気ない言動ではなく、本心のままにせっ」
 脛を押さえて蹲る幸村に、星彩が元凶に視線を移すと、政宗は先ほど以上に顔を赤く染めていた。やがて、周囲から向けられる好奇の視線と先ほどの恥ずかしい幸村の話に、政宗は居心地が悪くなったらしい。逆に、それでも知らぬ振りで居続けるほど厚顔無恥な者がいたらお目にかけたいくらいだが、ともあれ、政宗は幸村に何か思い切り投げつけた。幸村はそれを顔面で受け止めた。
 「ば、馬鹿め!貴様などにはこれがお似合いじゃ!」
 政宗が花束を手に去っていく。やっぱり貰った花束を投げ捨てないなんて、政宗、満更でもないんじゃない。そう星彩は思いながら、ふと、幸村に投げつけられたものが、政宗が花言葉を知っていると言った「不如帰」だと気付き、稲姫に尋ねた。
 「それ、何ていう花言葉なの?」
 「不如帰ですか?不如帰は…えーっと。確か。…。」
 顔を赤らめ、稲姫が答えた。
 「「永遠にあなたのもの」、です。」
 「そうなの。良かったじゃない、幸村殿。「永遠に幸村殿のもの」ですって、たぶん、「政宗」が。」
 星彩は卓から福寿草を手に取り、幸村の手の中に押し付けた。










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初掲載 2008年1月29日