「気付いたんですけど〜。」
くのいちがそう切り出したとき、ろくなことにならないので、幸村は槍の手入れを中止した。さっさと言えというようなことばかり、くのいちはこのように切り出すのだ。目の前では木に逆さに吊り下がったくのいちが、口元に手を当て心底良いことに気付いたと言わんばかりのにやけ具合でほくそ笑んでいた。
「幸村様って実は、政宗ちんのこと好きでしょ?」
手を休めた己が馬鹿だった。幸村は手入れを再開した。
「馬鹿を言うな。誰があのような子どもを。」
「まったまた〜、むきになって☆幸村様ったら、いや〜ん怖い☆」
きっと強く睨みつけると、くのいちは身をよじりながら笑い声を残して立ち去った。
それが一週間前のことだった。
現在、幸村の前にはくのいちではなく、そのとき話題に出ていた奥州の王伊達政宗が立っている。また乱入を仕掛けてきたのだ。
以前、伊達が乱入してきたのは上杉との川中島での戦いで、双方からひんしゅくを浴びたが、何があったのかその後上杉・今川両雄と行動を共にし始め、そして今日。三方ケ原にやって来たのだ。嵐のような登場に家康は取り逃がしたが、その代わりに、信玄の命を狙った乱破半蔵も流石に動じてしまったようで、無事撃退することが出来た。非難するべきか、感謝すれば良いのか、判断に困るところである。
とりあえず、上杉から注意されなかったのかと幸村は政宗の腕を引いて、戦場から少し離れた場所で説教を垂れていたのだが、叱られている当人は何処吹く風といった様子で、「つまらんことになった。」などと兜を取った。明らかに人の話を聞いていない。
眦を吊り上げてそれを重ねて注意しようとした幸村の目に飛び込んできたのは、政宗の明るい栗色の髪だった。兜で押さえつけられいたせいか妙にぺたりと髪の張り付く頭は、不器用なほど体に不釣合いだ。それは何故だろうといぶかしむ内に、ああそうだ子供だからだと幸村は認識を新たにした。子供だから、体に比べて頭がどうしても大きくなるのだ。
そして、ふと止んだ説教を不思議に思ったのか、そっぽを向いていた政宗が幸村の方を振り向いた。政宗は年齢をかんがみても小さく、幸村の胸元に届くか否かの身長だ。そのため、必然的に視線は上目遣いめいたものになる。大きな猫目に、幸村は思わず黙り込んだ。
小さいとは常々思っていた。この小さい生き物が己を竜と称して、大人を振り回し戦場を駆け回るのを苦々しく思いこそすれ、興味深いと思ったことはない。戦場は男の場所だ。女子供の遊び場ではない。
しかしその小ささが、ここまでだとは思わなかった。大名家の子だ。本来ならば死から守られて、大切に慈しまれる歳だ。あるいは、初陣したての頃だ。
そこで幸村は先ほど強く握り締め、ここまで無理矢理引っ張ってきた政宗の腕の細さを思い出した。
呆然とする幸村の様子に、政宗が可愛らしく小首を傾げて唇を開いた。思わず高鳴った心の臓に、幸村は内心どぎまぎした。
くのいちの言っていたことは本当なのか?
「貴様、頭は大丈夫か?呆けた面しおって。」
…やっぱりなしだ。
幸村は説教を再開した。政宗は顔を逸らして、頑として聞く様子はなかった。
初掲載 2007年12月16日