まさか友軍として戦うことになるとは思わなかった。幸村は目の前にある伊達軍の長を苦々しい思いで見下ろした。政宗は幸村の胸元辺りまでしか背丈がないので、必然的に見下ろすことになってしまうのだ。そもそも、普通であればこれほどまでに小さな者が戦場に繰り出すわけがない。出たとしても初陣、大人の庇護下においてである。
幸村は最近、それが嫌でたまらない。戦場は女子供のいる場所ではない。それは前から言っていて、信玄に「おことは堅物じゃの〜。」と常々笑われてきた。しかし、政宗に関しては尚更嫌なのだ。小さい。あまりにも、小さすぎる。その幼さの現われである小ささを認識してしまったときから、幸村は政宗が戦場に立つのを認めがたく思っていた。
無論、相手はそんなのお構いなしだが。
今日、武田・伊達軍は上杉への援軍としてやって来ている。以前から展望が明るいとは言いがたかった上杉と北条の中はこじれ、先日、とうとう北条が上杉に攻め入ったのだ。
武田は北条に塩を止められた恨み、もとい、上杉と川中島で決着を付けたいという思いがある。北条ごときに水を差されてはたまらないと信玄が軍を率いてやって来たところ、最近妙に謙信に懐いている政宗がすでに伊達軍を差し向けていたのだ。伊達は北条との間に同盟があった気もするのだが、謙信の前には塵芥のごとし、らしい。
これだからお子様は、と思うと同時に、政治そっちのけの対応に妙に胸が清々しい気もして、幸村は政宗から視線を逸らした。
大人顔負けの強かさと雑兵を蹴散らす体力に武力、それでいながらこの幼さ。不均衡で見ていられない。幸村が望むのは、信玄のようにどっしりと構えて、それこそ動かざること山の如しのような主なのだ。こんな子供が国主とはさぞかし部下は大変だろうと、あの、いつも困りきった顔でいながら、政宗がいない場所では見違えたように格好良くなるちょび髭の片腕を思い出した。
「軍神相手に攻め入るとは、愚かよな。堅城小田原においてさえ、謙信には勝てんであろうに。」
ふと洩らされた呟きに現実に戻され、幸村は政宗の方を見た。もう戦は済んだとばかりに外された兜の下にあったつむじしか見えなかった。
「ここで蹴散らすは容易いが、小田原に息子が残っておるしのう。流石に、小田原攻めは手伝えんぞ。伊達と北条は同盟があるからな。」
「今だって同盟があるだろう。」
「上杉と伊達にも同盟があるのじゃ。第一、上杉と北条にも同盟があるはずじゃろう。」
「それは詭弁だ。」
「何を言うか。貴様ら大人が良く使う手であろう?」
そう言って、政宗はちらりと幸村を見上げた。上目遣いの大きな猫目だ。ふっとそのとき、目を逸らそうとした幸村は、眼帯で覆われた左目はどのようになっているのだろうと興味を惹かれた。信玄を一途に慕う幸村が、軍略と槍術と真田以外に気にかけるものが出来るなど、初の快挙だ。しかし、本人はそれに気付かぬまま、政宗の顔をじっと見ていた。
幼く可愛らしい顔に無骨な眼帯がされているのは、非常に残念なことだったが、その対比が逆に何かを煽る。
ん?とそこで、幸村は内心首をかしげた。可愛らしいだの、煽るだのと、自分は今何を考えた。こんなくそ生意気で憎らしくて強かで乱入を仕出かすがきが可愛らしいか?
そこで幸村はしげしげと政宗を見つめた。その妙に真剣な視線に気圧され、政宗が少したじろいだ。
髪は明るい栗色で猫毛。しかし、兜の重みで今はぺたりと頭の形にくっついている。耳の形は良いし、ふくふくとした頬は子供らしく丸みを帯びて赤く色付いている。気が強いことを示すように上に跳ね上がった眉と目。目は標準よりも大きく、それが尚更幼く見せているが、浮かぶのは紛れもない大人の、国主としての苦渋である。つんとつりあがった鼻に、柔らかそうな唇から覗く八重歯――を駆使して政宗が言った。
「貴様…大丈夫か?陣ならそこじゃぞ。気分が優れぬなら、下がったらどうじゃ?」
心配だ。まさか政宗が自分の体調を気にかけてくれるとは。幸村は信じられない思いで、まじまじと政宗を眺めた。
そうなのだ。この子供、認めたくないが可愛らしいのだ。
幸村は驚嘆する思いで、長々と溜め息を吐いた。
「…くのいち、いるか。」
「はいはいは〜い☆いますよん!幸村様、何ですにゃ〜?」
「やれ。」
「むむむ?はいよ〜☆」
流石は腹心の忍、幸村の心など察している。
政宗がぎょっとしたときには遅かった。くのいちは政宗の脇の下を両手で抱きかかえると、どろんと煙で姿を消した。
「というわけで、お館様!祝言を挙げたいのですが!」
場所は武田の本陣。事の成り行きについていけないままきょとんとしている政宗を隣に、幸村が深々と頭を下げた。信玄はこの部下が一度走り出すと止まらないことを承知していたので、面白がってにやりとくのいちと笑いあった。
「いいよ〜。」
部下と奥州の王の結婚であるのに、あまりに許可の言葉が軽い。信玄らしいが。
「わしから伊達と昌幸には連絡しとこうて。戦ももう終わるでな。」
「何と!ありがたきお言葉!」
「じゃあ、幸村様、政宗ちん。こっちへどうぞ〜☆結婚といえば初夜、なんちて〜☆」
事情がまるでわからないまま、政宗は幸村に抱えられ武田本陣を後にした。突発的な出来事には弱いお子様なのだ。突発的というか、正直予測不可能すぎて意味わからない出来事である。
「面白いことになったのう。そうは思わんか、勘助よ。」
「お館様。」
山本勘助は呆れて言った。
「相手は天下の伊達ですぞ。その上、衆道…それで宜しいのか。」
「まあ、良いんじゃないかね。だって、面白いんじゃもん。」
もん、て。適当すぎる。勘助は大きく溜め息を吐いた。
結局、政宗は最後まで状況が把握できなかった。把握できないまま、朝を迎えた。朝を迎えても、なおわからなかった。
とりあえず幸村にもたされた書状を手にして、首を捻りながら伊達本陣へ帰還すると、小十郎が外で待っていた。
「政宗様!政宗様が嫁入りしても、伊達は政宗様のものですからね!」
「え?あ、ああ?ああ、そうじゃな。」
やはり意味がわからなかったが、幸村のあの気迫に気圧されたこともあり、政宗は自分が幸村の嫁らしいのは自覚していた。お子様なので、嫁の定義や仕出かしたコトの意味はさっぱり知らなかったが。
小十郎に抱きつかれ泣かれながら、政宗は幸村の腕の重さを思っていた。
初掲載 2007年12月17日