ガラシャが三田九郎という者の話をし始めたときから、何か、勘違いしているのではないかと思っていた。
ガラシャは世間知らずのお嬢さんだ。箱入り娘だったので、それも仕方あるまい。しかし、「ダチ」の使用例からもわかるように、一度教えるとそのまま意味を覚え続ける。記憶力は良いのだ。だが、その意味が間違っていたり早とちりだったりすることも多く、そのしわ寄せが大抵、一緒に旅をしている孫市の方へやって来る。
もう少しガラシャが育っていたとすれば、孫市は喜んで振り回されただろう。しかし、生憎とガラシャは精々小娘という齢で、お手つきしたら非難殺到だ。
ガラシャが説明するところでは、聖夜に現われる三田なる南蛮人の男は、不法侵入を仕出かしつつもそれを誰からも咎められもせず、良い子の元に夢と希望と贈物を置いていくらしい。良くわからないが、なまはげのようなものなのだろうか。孫市は首を捻った。
「誰から聞いたんだ、それ?」
「政が沢山呼んでいるじゃろう!宣教師からじゃ!」
「ああ、あの、ね。」
現在、孫市とガラシャは伊達に身を寄せている。孫市は目も当てられないような女好きだが、それでいて恋人は殿様なのだ。殿様、つまり、政宗である。ずばり男だ。男だが、可愛い恋人である。
その政宗はあと10年早く生まれていれば天下も取れたと評されるような強かな男で、実際、宣教師を沢山招き、他国では敬遠されている基督教を保護しているのも南蛮の技術を取り入れるためだ。南蛮の技術とは、交易や造船技術もあるが、言ってしまえば、戦の技術だ。鉄砲を生産するための製鉄の技術、それを基督教の保護と引き換えに政宗は手に入れたのだった。
そして、そうやって生産された鉄砲を政宗が使わぬ理由もない。世は戦乱だ。そういう事情で、鉄砲技術を教えるために孫市が招かれているわけである。
しかし、と孫市は思わず首をかしげた。
「南蛮人なのに三田九郎って名前、何か違くねえか?」
「何を言う!はっ!そんな…まさか孫は、ダチの妾が嘘を言うと思っておるのか…?!」
「いや、思わねえけどさ。」
多大なる衝撃を受けた顔で後ずさるガラシャに内心苦笑して、孫市はそれ以降のガラシャの非難を右から左へと受け流した。
そんな出来事が晩秋辺りにあったわけだが、孫市はすっかり忘れていた。したがって、てっきりガラシャも忘れているとばかり思っていたのだ。あれから3ヶ月。季節は巡り、そろそろ年越しだ。まさか、覚えているなど思うわけもない。
「孫!孫!来てたもれ!」
「ん?何だよ、ガラシャ。」
「良いから来るのじゃ!」
袖をぐいぐい引っ張られ、得物の手入れをしていた孫市は不承不承立ち上がった。ガラシャはまだお子様なので、こういうときは何を言っても無駄なのだ。何を言っても聞かないまま、ダチだからと一緒に旅をしている現状だ。
ガラシャに連れて行かれたのは、恋人政宗の執務室だった。邪魔だからと滅多に入れてもらえない部屋だ。孫市がいると気が散るらしい。それはあまりにも自分のことが好きすぎるため、と孫市は好意的に受け止めているが、正直なところ、ガラシャが一緒に付いてくるため煩さに政宗の気が散るだけなのだ。
その執務室に入って良いものか躊躇う孫市に、痺れを切らしたのかガラシャが孫市の背中を押した。
「孫!良いから入るのじゃ!」
政宗は可愛い恋人である。しかし、それ以上に殿様であり、そして怒ると怖いやつなのだ。
政宗のやつ、ガラシャが無理矢理入れたんだ、俺のせいじゃないって言い訳したら許してくれるか?
孫市は脳内で想像をして、いやいやと慌てて首を振った。それは甘い考えだ。公私混同を許さない政宗が許してくれるはずもない。
しかし、それも今更の判断だった。もはや賽は投げられ、もとい、押し込められてしまっている。孫市は思わず遠い目をしてから、あれ?といぶかしんで首をかしげた。政宗の罵倒が聞こえてこない。ものを投げつけられもしない。
「んだよ。政宗のやつ、いないのか。心配して損したぜ…って、ん?…………おい、ガラシャ。」
「何じゃ、孫!」
「あれは一体…。」
「あれか!あれはな!今年良い子だった孫に三田からの贈物じゃ!」
えへんと自信満々で胸を張ったガラシャは事態の深刻さに気付いていない。三田って何だ、とすっかり忘れている孫市は恐る恐るその、執務室のど真ん中に鎮座している怪しい袋の口を開いた。
赤に銀糸で線の入れられた細布で巻かれた政宗がいた。
孫市はざっと青褪めた。
「とっ、殿様?!どうした…って明らかにガラシャのせいか。」
「むっ。妾のせいとは何じゃ!折角の三田からの贈物を!孫はこれでも三田を信じぬのか!?」
「いや、信じるっつか。」
子供ゆえ許されるかもしれないが、やっていることは国主の縛りあげと袋詰めだ。外交問題、雇用問題に発展しかねない。実際、袋の中から政宗が非難の視線を向けてきている。これは早急に対応する必要がある。
孫市はとりあえずガラシャを逃がし、政宗が噛まされた猿轡を解いた。
そして、ふと思うところがあって孫市は少し遠ざかってから、政宗をしげしげと眺めた。後ろ手で縛り上げられていたり、まだ半分袋詰めであることを除けば、頭のてっぺんで蝶々結びにされた様などいつもと違ってそそるものがある。
「何つーか…やっぱ政宗、可愛いな。」
「戯言も大概にせんか。早う手を解け。そうしたらこれは不問にしてやる。」
孫市は悩んだ。不問も非常に魅力的だ。しかし、こんな姿の政宗は滅多に見られるものではない。
「…海の向こうじゃ、細布で蝶々結びって贈物の印だよな?」
「それがどうした。早うせんか。」
「そんで、ガラシャも三田からの贈物だって言ってたよな?」
「サンタ?それでこれか?…って、孫市、何を企んでおる。」
孫市が精一杯怪しくならないように笑うと、政宗が盛大に顔をしかめた。伊達に恋人なのではない。孫市の目論見などばればれだった。
「お前は俺への贈物なんだってさ。」
「…それで?」
答えず笑うと、政宗を肩に担ぎ上げてから孫市は自分の部屋へ向かった。鼻歌が洩れてしまいそうだ。
「精々楽しませてくれよ、政宗。お前は贈物なんだから、さ。」
政宗が呆れに溜め息を吐いた。しかし、開き直りの気配もあった。苦笑に近いものではあったが、政宗はおかしそうに笑っていた。
「…なら、わしへの贈物はなんじゃ?孫市、貴様か?」
その言葉に、孫市はちらりと背後の政宗へ視線を向けた。しかし、孫市のところから見えるわけもない。
一瞬間を置いてから、孫市はにんまりと笑った。
「当然だろ?今日もいいところ見せるぜ?ゾクゾクさせてやるよ。」
からりと背中で政宗の笑い声が弾けた。
初掲載 2007年12月16日