孫市が朝から敷いたままだった布団の上に寝かせると、政宗は開口一番背後に目を向けて言った。
「とりあえず、縄を解け。」
「別に、そのままでも俺はいっこうに気にしな」
「噛み切るぞ。」
孫市はしぶしぶ、しかし何だかんだで政宗の嫌がることはしたくないため政宗の要求にしたがることにした。手首と足の縄を解きながら、孫市はちらりと政宗を見やった。
「……噛み切るって、何、してくれんの?」
一瞬、間が空いた。
「して、欲しいか?」
「そりゃ、まあ、さ。男だし。」
「…ふん。」
政宗は縄の解かれた両手を振りながら、孫市へ一瞥を投げかけ笑った。
「わしは貴様への贈物なのじゃろう?――精々、楽しませてやる。」
ちろりと唇から垣間見えた舌先が八重歯をなぞり、様子を覗うように孫市を見上げた。それだけで孫市はぞくりとした。
言葉を失う孫市を笑い、政宗が孫市の下穿きを払い除け、孫市のそれを取り出した。孫市は慌てて、僅かに身を引いた。
「ちょ、政宗。冗談だって!別にしなくても。」
政宗は殿様で身分が違う。民や部下に敬愛されて、孫市自身も尊敬している。そんな政宗が恋人とは言え、その行為をするのは、何かに対する冒涜であるような気がしたのだ。
しかし、敏い政宗は孫市の胸中を察したのか、鼻先で笑いのけた。
「はっ、わしだとて一個の人間じゃぞ。」
孫市からは、股座にかがんだ政宗の頭しか見えなかった。細い指先が孫市に添えられ、ちろと熱い舌先が触れた。思わずびくりと肩を揺らす孫市を上目遣いに政宗は見上げて、小さく笑うと唇に挟んだ。吸い付かれる合間に、八重歯が張り詰めたそれに当たって、痛みを伴った快楽を与えた。
「まさ、」
制止しようと政宗の頭に伸ばした手は、かえって、それを促すように映った。柔らかい髪が指に絡む。自分のことながら、孫市はそれに粟立った。恐怖に似た快楽。恐怖に近いそれを覚えるほど、孫市は政宗を神聖化していた。神聖化していたが、同時に、自分と同じところまで貶めたいと思っていた事実を知らされ、孫市はごくりとつばを呑んだ。
そして、その欲を今更ながらに自覚した孫市は、小さくうめき声を上げた。やばい、俺、マジで政宗のこと落としちまうかもしれねえじゃん。
身分が違う。そんなことはわかっていた。最初から、出会ったときからわかっていた。目をかけてもらえたのは、単なる偶然だ。幸運にすぎない。それも孫市はわかっていた。わかっていたのに、政宗のことが欲しかった。
先走りを垂らし十分立ち上がったそれに満足そうに笑みを零すと、政宗は孫市へ唇を寄せた。青臭い、苦い味が広がる。いつもは政宗がこんな味を覚えているのかと、孫市は思いながら舌先を絡めた。
「孫市、」
滴り落ちた唾液を拭うと、政宗は孫市の背に腕を回し、首元に額を押し付けた。
「服。」
「え、あ。悪い。」
指摘され、孫市は慌てて上着を脱ぐと、政宗の衣類を脱がしにかかった。政宗はその間潤んだ瞳で、左目を覆った眼帯を外した。
それは珍しいことだった。左目の痘瘡痕は政宗の弱みで、眼帯は政宗を守るものだった。恋人の孫市に対してさえ、眼帯が外されることは滅多にない。それは禍根であり、弱みである。
かあっと孫市の顔に熱が集中した。
三田の贈物ってだけで、政宗のやつ、こんなに弱みを晒してくれるのか?
無論、そんなわけもない。孫市だから、政宗は施すのだ。それを無意識のうちに悟って、孫市はなおさら顔を赤くした。
政宗はそれに心底楽しそうに微笑むと、孫市の動きの疎かな腕を腰に回させ、孫市の上に跨った。
「…ちゃんと抱えておれよ。」
恋人づきあいが始まって半年以上経つことになるが、それは初めての行為だった。政宗は孫市に指を添えて、息を詰まらせながらも無理矢理に収めきった。ならしてもいない、きついはずだ。それでも、政宗は苦痛一つ洩らすでもなく、肩で息を吐きながらも、戦場で見せるような気丈な態度で孫市に笑いかけた。
「政宗…お前、」
孫市は押し寄せる快楽と感動に、思わず一瞬、言葉に詰まった。
「お前、…そんなに俺のことが好きなのか。」
孫市の肩に腕を回した政宗が脱力して首を垂れた。
「…孫市、貴様…」
しかし、事実だ。三田の贈物など単なる口実だ。
言いあぐねた末、政宗は白けた目線で孫市を見つめ、それからゆっくりと腰を動かした。白けた視線とはいえ、決して軽くはない苦痛に政宗の瞳は潤んでいる。熱っぽい目線とすりあげる快楽に、孫市は小さく呻きを洩らした。湿り気を帯びた柔らかな肉が眩暈を起こすほどの熱を伴って、孫市を強かに締め付ける。
それは政宗にとっても同様のようで、あえかな悲鳴を洩らしながら、政宗が肢体をくねらせた。脱がせきれなかった政宗の衣類の裾から、政宗の勃ち上がったものが見えた。
――本当に、これ、政宗か?
少なくとも、政宗がこれほどの痴態を晒した覚えはない。孫市は内心信じられない思いだったが、政宗のそれに指を絡めた。びくりと身を捩って、政宗が束の間動きを止めた。
「ぁ、ごいち。」
雪国特有の白い肌が扇情的に赤く色付いている。ふと、雪国の女は冬の寒さを忘れるためか情にこわいという噂を思い出し、孫市はにんまり笑みを浮かべた。そうでもしないと、快楽に全てを持っていかれて、政宗に主導権を奪われそうだった。
「…、ま、雪国っつっても、政宗は、男だけどな。」
「っんじゃ、唐突、にっ。」
「別に。信じられねえけど、女よりお前の方が、俺は恋しいってことだよ。」
一瞬、政宗が言葉に詰まった。動きも止まった。孫市はそれを見逃さず、政宗を布団に押し倒した。いつまでも主導権を握られるのは、柄ではないのだ。衝撃に束の間息を詰まらせた後、羞恥に耳まで紅潮させて、政宗が小さく呻き声を洩らした。
「き、きさ、恥ずかしい奴じゃな!」
「それ、褒めてくれてるんだろ?なあ、政宗。」
だらしなく笑った孫市に政宗が諦めに溜め息を吐いた。しかし、気にするような孫市ではない。孫市は腰を打ちつけ始めた。政宗の喘ぎ声が洩れ始める。
俺、どうしよう。と、孫市は思った。やべ、俺、幸せすぎて死ぬかもしんねえ。
押し殺した悲鳴を上げて政宗が孫市に縋りついた。同時に、強く締め付けられて、孫市も強く唇を噛んだ。二三度、跳ね上がるようにして孫市自身が注ぎ込む。束の間、脳裏が白く染まった。
感情と身体が伴った快楽は、戦以上の毒なのだ。
汗で張り付いた政宗の額の髪を掻き分けてやった後、孫市は左目に唇を寄せた。萎びたような、赤黒い病後。それすらも、愛する政宗のものであるなら愛おしさが込み上げた。
「孫市、」
体の下で小さく政宗が笑い声を洩らした。年相応の笑い声だ。
「くすぐったいぞ。」
「…んなこと、すぐに言えなくなるようにさせてやるよ。」
密やかなそれに欲情を煽られ、孫市はにんまりと笑いかけた。腕の中で、政宗が呆れるように笑った。
それに許されたような気がして、孫市は再び唇を寄せた。
初掲載 2007年12月18日