長谷堂に向けて、三成が気難しい顔で馬に乗っている。左近は無理もないと思った。蜀の星彩から「政宗のことで決着をつけましょう。完全武装で来て。」と喧嘩を吹っかけられたのだ。「私は顔だけの男に屈さないし、政宗も渡さないわ。…でも、最後の試練に打ち勝ったなら、政宗をあげる。」
蜀では、諸葛亮夫妻や幸村などの対応から察するに、三成の恋に関して好意的な者が多いと思っていたが、当然のように反対派もいたらしい。政宗の対応に追われ彼らの説得を失念していたことを左近は申し訳なく思っていた。思わぬところに伏兵がいるものだ。
三成の後ろにはいつもの面子である曹丕夫妻、ねねに加え、孫市の姿もあった。
「星彩がいるんだろ?だったら俺が行かなくてどうするんだよ。」
頼もしいのか頼りないのか、判断に困る言葉である。しかし、蜀の人間にいてもらった方がいざというとき頼りになる。孫市の話では、これは蜀における嫁取りの際の奇妙な伝統行事らしいが、星彩は本気で三成のことをしとめにかかってきそうだ。姫君に怪我でもさせて、魏と蜀の関係を悪化させたくなかった。
しばらく馬に揺られていると、三成が左近にぽつりと洩らした。
「左近…、あの小娘は俺が言ったことを根に持っているのか?」
「何て言ったんですか?」
「不愉快な物言いをする奴だと言った。」
「…いや、まあ。どうでしょうねそれは。」
くのいちの件もあるが、どうも三成の女性の心象は悪いようである。元々旦那持ちで簡単に他の男になびかないような女性が多いので、見目に誤魔化されず性格の悪さを見抜くということなのだろうか。そもそも、口からして悪い。初対面がこれでは嫌われていても致し方ないように思えた。
無論そんな意見口に出せるわけもない。苦笑でごまかして進み続けると、やがて長谷堂の第一関所に着いた。
「あれは…。」
三成は眉間に皺を寄せた。矛を手に、仁王立ちする大男の姿がある。
「左近、あれは何だ。仏像の一種か。むさくるしい。」
「…殿、あれは蜀の重鎮の張飛殿ですよ。星彩さんの父君の。」
馬から降りつつ左近が小さな声で窘めれば、仁王像こと張飛が吠えた。
「てめえら!聞こえてんぞ!」
「ふん。そんなことは関係ない。それで何故貴様がここにいる。娘を止めにやって来たか?」
鼻を鳴らし、三成が扇子を払って開いた。
最近は持ち直してきたようでこのような元来の鼻持ちならない態度に戻ったが、一時期は「俺の…俺の、俺の恋は終わった。」と項垂れて大変だった。「左近、俺の恋はあのとき終わったのだよ。」妙に静かで不気味な三成と踏ん反り返った口も性格も悪い現在と、どちらが良いか賛否両論あると思うが、左近は今の方が三成らしくて安堵している。無論、開き直りすぎた感のある現在に若干不安もあるのだが。
三成は扇子で口元を隠し、ふっと笑った。
「そうではなさそうだな。娘に逆らえず、俺の恋を邪魔しにやって来たというところか。」
「うっ、煩え!わかってんなら話は早え!俺と勝負しろ!」
「この先、貴様の娘が待ち構えているというのに、俺が貴様のような雑魚と対決するとでも思っているのか?無駄だな。体力の消耗だ。」
口が悪い。性格の悪さが滲み出ている。それとも緊張しているのだろうか。横目にちらりと左近が三成を覗うと、その頭をばしんとねねが叩いた。
「こら!まったく三成ったら口が悪いんだから!そんな子に育てた覚えはないよ!」
「だから、世話にはなりましたが、育ててもらった覚えはありません。」
「もう、この子ったら屁理屈ばっかこねて!」
後頭部を押さえた三成の反論に、ねねは頬を膨らませて一睨みしてから、張飛を向いた。
「でもそっちもそっちだよ!娘さんが怪我しそうなことしてるのに、親が止めないでどうするんだい!」
うっと一瞬言葉に詰まり、逆ギレしたのか張飛が吠えた。くるりと矛を一閃させ、ねねに向けて構える。
「煩え!ならあんたが俺の相手をするか!」
「良い度胸だね!そんな悪い親はおしおきだよ!」
応えて、ねねが腰元から得物を抜き取った。
三成はふっと微かに笑った。
「…俺の出る幕ではなさそうだな。好都合だ。左近、行くぞ。」
「おいおい。援けなくて良いのかよ?」
「親父まで出してくるのだ。これから先にも、他の武将が控えていると想定した方が良い。貴様、あの小娘に嫌われているとはいえ、一応蜀所属だろう。何か情報は握っていないのか?」
「そんなこと言われてもよ。張飛が出て来た時点で予想外っつーか。」
「使えん男だ。」
第一関所は閉ざされている。おそらく、張飛を倒した時点で、門が開かれるようになっているのだろう。しかし三成は一切気にした風もなく懐から爆弾を出すと、門に設置した。これは蜀の建造物だと左近が止める間もなかった。
爆発音に張飛が驚いて振り向き、関所の惨状に眦を吊り上げた。
「あっ!てめえ!何してやがる!」
「じゃあ、おねね様。その髭面の相手はお願いします。左近、行くぞ。」
「こら、三成!人様のものを勝手に爆破しちゃ駄目だってあれだけ!」
ねねの叱責も軽く流して、三成がさっさと歩いていく。慌てて左近は後を追った。
「…我が君、予想外に面白そうになって来たことではありませんこと?」
「そうだな。三成も大概やってくれる。」
背後の夫妻の物騒な台詞は、耳にしなかったことにした。
落ちてくる岩を爆破し進むと、第二関所に辿り付いた。生真面目そうな若者が立っている。衣装は蜀らしい緑尽くしだが、三成は蜀で見た覚えがなかった。
「…左近、あれは蜀所属だったか?」
その問いに、先に答えたのは孫市だった。
「違えよ。あれ、星彩の幼なじみだろ?関平とかっつー…確か戦国に今いるんじゃなかったか?」
「ああ。あの、兼続のことを本気で嫌そうにしてるやつか。あんな五月蝿い奴がいるとは…あいつも哀れな奴だ。」
「…殿、仮にも親友のことをそのように言っちゃ、直江さんに失礼ですよ。」
「本当のことだろう。兼続のことを理解できるやつなど、それこそ奇特なやつくらいしかおらん。それかそれこそ、底なしの馬鹿だな――幸村のような。」
これが親友たちに対する発言だろうか。左近が痛む頭を押さえながら歩を進めると、関平が礼儀正しく頭を下げ、武器を構えた。清々しい態度だ。とても、幼なじみにせがまれ脅され断るに断れず、遠路はるばる蜀までやって来たとは思えない。
「某、関羽が息子関平と申す!いざ正々堂々勝負願おう!」
面倒だと三成が眉を顰める前に、一歩、曹丕が前に出た。手には既に鞘から抜かれた双刀が繋ぎ合わされ、戦闘時の形態に整えられている。得物の感触を試すように一度掌で回転させ、曹丕が不敵な笑みを浮かべた。
「ふん、まだその癖治らんか。――私、曹丕が相手をしよう。甄、先に進んで三成のやつを手伝ってやれ。」
意外だ。何しろ、前回の川中島での大乱闘で盛大に邪魔された件がある。曹丕夫妻はどうせ他人事のように傍目から見て囃し立てるだけで、手助けなど一切しないだろうと思っていただけに、三成も左近も驚きに思わず目を見張った。
「父の名など私はいらん。私は私の名で先へ征く。」
曹丕が跳んだ。鋼を打ちつける音が夏空に響き、砂埃が舞う。束の間それを眺めてから、甄姫が三成たちを振り仰いだ。
「さあ、行きますわよ。」
「良いのかい?旦那を援けなくて。」
「我が君が敗れようはずがありませんもの。それに、私は我が君の命に従うだけですわ。」
告げて、颯爽と甄姫が歩いていく。自信に満ち溢れたその姿に、三成がぼそりと感想を洩らした。
「恐ろしい女だ。他の女共といい、どこにあれだけの力が潜んでいるのだ?」
甄姫、貂蝉、お市、ねね。他にも小喬大喬、阿国、数え上げれば切がない。答えあぐねる左近に代わり、孫市がにやにや笑って言った。
「それが、恋ってもんだろ?」
言って、飄々と甄姫の後を追う姿はかつてないほど頼もしい。
「恋、か。」
三成は幾度か睫毛を瞬かせ、呆れたように溜め息を吐いた。
「そんなものの世話になるなどないと思っていたが、左近。」
「…何ですか、殿?」
「これも案外悪くないものだ。」
第二関所を爆破して抜ければ、第三関所はすぐそこだ。蜀に参軍する原因になった出来事を思い出し、孫市が目を眇めていると、やがて高い位置で髪を一つに縛った青年の姿が見えてきた。
「折角、月英との運命の出会いを思い出してたのに。お前かよ、姜維?」
「孫市殿!丞相の奥方を呼び捨てにするなどあれだけ言っているでしょう!」
大人しい姜維にしては珍しく眦吊り上げ怒る様子に、孫市がやれやれと溜め息を吐いた。
「御託はなしだ。お前もどうせ、星彩に脅されてこんなことやってんだろ?なら、口より武器で黙らせてみちゃどうだ?文武両道の麒麟児さんよ。」
肩にかけた銃を下ろしながらの孫市の言葉に、姜維がさっと槍を構えた。
「良いでしょう!丞相のためにも、今日を機に、月英殿を決して呼び捨てになどさせません!」
「ったく。固い男だな。」
苦笑交じりの孫市に目で小さく合図を送られ、左近は微かに頷いた。前々から注意し続けても一向に埒の明かない孫市の態度に、鬱憤がたまっていたらしい姜維は、怒りに周囲が見えなくなっている。行くならば今だ。
「殿、行きましょう。…て、あれ?殿?」
横を見た左近は思わず呆けたような声を洩らした。既に三成と甄姫の姿はない。ではどこにと周囲を見渡せば、大きな爆音が轟いた。関所を爆破した音だ。
「殿…少しくらいは孫市さんに花を持たせてやりましょうよ。」
しかし置いていかれるわけにもいかない。左近は孫市に目礼すると、そそくさとその場を後にした。
「あら?道が二手に分かれているようですね。迷路かしら。」
第三関所を抜けた場所にはうっそうと緑が生い茂り、辛うじて道と呼べるようなものが二手に分かれて先へ伸びている。甄姫は顎に手を添え沈黙してから、三成たちを振り仰いだ。
「私は右手へ進みますわ。あなた方は左手へ二人でお行きなさい。」
言って、すぐさま右の道へ向かおうとする甄姫を、三成が眉根を寄せて引き止めた。解せない、といった表情だ。
「待て。二手に分かれるよりも、共に行った方が得策だろう。」
「場合に寄りけりですわ。私の女の勘が、告げますの。右手にはきっと鬼が潜んでいますわよ。戦いたいのならば別ですけれど。」
「…爆音がしたと思って来てみれば、鬼とは随分な言い草だわ。」
能面のような整いながらも感情のない顔立ちの女が、矛と盾を手に現れた。星彩だ。とても、あの張飛と血が繋がっているとは思えない。不義の子なのではあるまいなと失礼なことを考えている三成の前で、ほほほと口元に手を当て、甄姫が微笑った。
「あら?来ましたの?別に貴女に言ったわけではありませんのよ?ただ、他人の恋路に口出しするような無粋な輩もいるものねえと思っただけで。自分の恋が決して実らないゆえの嫉妬なのかしら?だとしたら、とんだ鬼ではありませんこと?」
三成たちを先に行かせるためにわざと挑発しているのか、これが素なのか定かではない。濃姫や月英とのやり取りから察するに、これは単に甄姫の女性に対する常態なのかもしれない。思わず、左近の背筋に冷たいものが走った。一時期遊び歩いていた遊郭も女の園で恐ろしかったが、それをまざまざ見せ付けられたいとは思わなかった。
元々宜しくなかった目付きを更に悪くして、星彩は武器を構えると、怒りの滲んだ声で言った。
「…あなた、何を言っているのかわからないけれど、目障りだわ。消えて。」
「まだわかりませんのね。それとも認めたくないだけかしら?」
僅かに震える声は甄姫の言葉を言下に認めている。そういえば、張飛は劉備と予てから子供の婚約を結んでいたという話である。星彩は己の恋心を押し殺して劉禅の元に嫁いだのかと思い、しかしそれに良く甄姫が気付いたものだと左近が驚き目を向けると、哀れむような眼差しで甄姫が星彩に笛の切っ先を向けた。
「どちらにせよ、私がその身に教えてさしあげますわ。」
「あなたにはわからない。好きな者を選ぶ立場にあったあなたには!」
僅かに腰を落とし、すぐさま、星彩が矛を横薙ぎにした。感情的な荒い攻撃を身を引き避けた甄姫の周囲を、はらはらと刈られた草が舞う。僅かに生まれた隙を狙い甄姫が蹴りを繰り出すが、星彩も負けじと盾で防ぐ。
「人を妬んでみたところで、何も始まりませんことよ!」
「黙ってっ!」
衝撃波に砂塵が飛び、樹木が倒れる。呆気に取られていた三成は、その轟音でようやく正気に返った。緑の葉を繁らせた大枝が、甄姫たちと三成たちとを隔てている。
「…左近、修羅場を見ても意味があるまい。さっさと先へ向かうぞ。――左、だったな。」
「…はい。」
背後からは、高く澄んだ美しい笛の音が聞こえてくる。女の恐ろしさを噛み締めて、主従は入り組んだ道を進んで行った。
「左近、あれで最後だと思うか?」
「…どうでしょう。この左近なら、こんなどっちに進むかわからないような道ではなくて、関所の前に総大将を配するところですがね。」
「やはり、そう思うか。次は一体どんな奴が。」
警戒を怠らず歩を進めると、草木に隠れるような迷彩柄に近い男が双刀を手に立っていた。顔に付けられた奇妙な面が異形のように見せている。しかし、左近は男に見覚えがあった。
「次は魏延さん、あんたが相手ってことですかい。あんたまで駆り出すたあ、星彩さんもそれだけ本気ってことなんでしょうね。」
「…星彩…本気…。」
重々しく頷く魏延をさておき、顔を顰めた三成が左近の袖をちょいちょいと引いた。
「左近、それは、それだけ俺が気に喰わないということか。それとも先の別の理由か。」
「…それは判りかねますが、まあ、魏延さんの相手は俺がしましょう。」
左近が大刀を構えるが、魏延が応じる様子はない。内心首を捻る左近に対して、魏延が重い口を開いた。
「我…幸セ…考エタ。政宗…イル…オ前…行ケ。」
言って、双刀で指し示された第四関所は、言葉に違わず開いている。三成がふんと鼻を鳴らした。
「…蜀にもまともな奴が居たということだな。左近、行くぞ。」
言葉とは裏腹に、三成の声は柔らかい。その様子に仮面の奥の瞳が瞬いたような気がした。
「不幸…シタラ…許サン。」
「それはありえない話だな。」
脇をすり抜けていく三成の言葉に、満足そうに魏延が咽喉を鳴らした。
「ソウカ。」
「伊達さん、蜀の皆から愛されてるみたいで良かったですね。」
「…そうだな。」
「殿もじゃあ精一杯幸せにしないと、それこそ魏延さんから怒られますよ。」
「問題ない。」
笑う三成を珍しいものだと横目に眺め、二人で並んで歩いていくと、第五関所の前には大きな箱が安置されていた。キャラアイテムを入手する際登場する漆塗りのあの箱を更に大きくした代物で、人一人入れられそうなものだ。
開いた扇子で口元を隠し、怪訝な声で三成が尋ねた。
「左近、何だあれは。」
「分かりません。罠、ですかね。」
「…あの小娘、確か、あげるなどと言って政宗を景品扱いしていたな。」
「いや、幾らなんでもそんな無茶はしないんじゃあ。大体、それじゃ最後が尻すぼみですよ。」
言いながら、三成にせっつかれるままに左近が恐る恐る蓋を開けると、中には縄でぐるぐる巻かれた政宗が居た。御丁寧に口には猿轡まで噛まされている。うわあマジですかと左近は思った。驚きすぎて、それ以外に感想がない。
「政宗、大丈夫か。」
元々不器用な指先でたどたどしくも三成が猿轡を解くと、ぷはっと政宗が息を吐いた。
「来るのが遅いわ!」
初めに飛び出すのが感謝ではなく文句である辺り、政宗らしい。それに対して三成は、三成らしくないことにしおらしく謝罪を口にした。
「すまない。…左近、解けん。縄を切れ。」
「はいはい。」
恋は人をこれほどまでに変えるのか。違和感はあったが、それを気にせず左近は手と足を拘束している縄を断ち切った。人心地ついたのだろう。政宗が大きく息を吐きながら、縄目のついた手首を擦った。あまりにきつく縛られていたため、篭手の上からでも痛かったらしい。
「…で、何で伊達さんは鎧なんぞ着込んでるんですか?」
恋に盲目で三成は周囲が見えていないようだが、あちこちに虎戦車も配されている。月英のときのように車ではなく、箱詰めされていた理由には、ここら辺が関係しそうだ。手首を擦る行為を止めて、政宗が睫毛を瞬かせた。存外長い睫毛だ。なるほど、今までは童顔の青年としか思わなかったが、こうして見ると幼くあどけない辺りが可愛らしい。
政宗は当然のように言い放った。
「勿論、わしが総大将であるからに決まっとるじゃろう。」
言うなり後方に跳んで片手を挙げると、応えるように虎戦車が一斉に動き始めた。
「三成!わしが欲しければ、わしを見事倒してみるが良い!」
「政宗っ、俺は」
三成の言葉を遮るように、政宗が双銃を抜き放ち構えを取った。
「好いた者は傷付けられないとでも言うつもりか?御託は良い、かかって来い!」
「政む、」
爆音と共に放たれた銃弾を三成は慌てて扇子で防いだ。きんと高い音が響く。政宗の真意を図りかねながらひとまず主に駆け寄る左近を、三成はそちらを見ることなく制した。
「俺のことは良い。左近、虎戦車は任せた。」
「…わかりました。」
若干躊躇いを見せた後、左近が頷いて去っていく。それを眺める政宗に対し、三成は扇子を払いながら問いかけた。
「何故、このようなことを思いついた。」
三成が戦うつもりになったことを知って、政宗が手首を数回揺らしてから、再び銃を構え直した。
「わしが思いついたわけではない。単に前例があっただけじゃ。…お主が、他にも連れて来ておるとは思わんかったが、な!」
言い終わると同時に、政宗が銃の引金を引いた。今度は受けることなく、三成も跳んで銃弾を避ける。違わず着地地点を追ってくる銃痕に、どうやら倒さねばこの恋は実らないのだと悟り、三成は内心嘆息しつつも虎視眈々と反撃の隙を窺った。開き直った男はどこまでも開き直るものなのだ。無理強いしたいわけではないし阿国の恋愛論を擁護するつもりもないが、恋を成就するためならば多少の戦闘は仕方ない。何より、相手がそれを望んでいる。だがやはり三成も、政宗の真意は図りかねていた。
「前例?前例とは何だ?」
「諸葛亮が嫁に乞うた際、大勢の婚約者と相争いながら、月英を六回打ち負かさねばならなかったそうじゃ。星彩がどうしてもやると言って聞かんから、わしが総大将になることで落ち着いたが…あやつ、わしの出る幕などない、邪魔じゃと申して箱詰めしよった…!」
「それは何というか…、災難だったな。しかし六…?」
「六人おったであろう!」
張飛、関平、姜維、星彩、魏延、そして政宗。確かに数えてみれば六人である。
銃撃では埒が明かないと判断したのか剣を抜き放つ政宗を、扇子を凪ぎ衝撃波で迎え撃ち、そのまま上へ振りかぶった。しかし、すぐさま体勢を立て直した政宗も、二波を喰らうことなく剣で弾く。
思わずちっと舌打ちをして、そのときようやく、三成は己がこの戦いを楽しんでいる事実に気付いた。想い人との戦で心が弾むなど悪趣味なことこの上ないが、どうやら、それが自分には相応しいらしい。小さく笑みを浮かべた三成に、政宗もふっと笑って返した。
初掲載 2007年11月5日