初めて見たときから、綺麗事ばかり言う男だと思っていた。現実を思い知らされながら育った、自分とは違う。さぞ幸せな人生を過ごしてきたのだろう、そんな男。
幼い頃はそれでも綺麗なことばかり夢見て、英雄の登場を待っていた。どうにもならない境遇を打破して、救ってくれる、そんな英雄。そんな英雄の描く、綺麗な世界。
そんな英雄は存在しないと気付いたのは、いつのことだろう。
だったらとことん、自分は現実を生き抜いてやろうと思った。理想なんていらない。足掻いて足掻いて、生き抜いてやる。それだけを思って生きてきて。
結局自分は、そんな絵空事のような理想を説く男に負けるのか。
そう思った。
『最後ゆえに言う…わしは…貴様が…!』
眩しくて眩しくて、たまらなかった。
「………なぜわしは生きている。」
政宗は頭を抱えた。格子すら存在しない窓からは、柔らかな日差しが入り込んでいる。どうやらその眩しさに、目が覚めたらしい。
「目など、覚めなければ、良かった…っ。」
あんなことを言ってしまった。恥ずかしさに叫びだしたい。咽喉を掻き毟りたい。政宗の咽喉から、思わず、声にならない悲鳴が漏れた。
最後だと思ったから洩らしたあの言葉を、今ほど、悔やむことはない。一生の不覚だった。
「というかここはどこじゃっ!」
「!目が覚めたか!山犬!!」
バンッと大きな音を立てて扉が開けられる。ギギギ、と政宗は扉の方を向いた。
「や、ま、し、ろ。」
「なんだ!」
満面の笑みを浮かべた兼続が入り口には立っていた。後ろにはいつか見た小僧――確か名は関平と言った――が立っていて、とても哀れみと疲労を前面に押し出した表情をしていた。
「な、ぜ、わ、し、は、こ、こ、に、い、る。」
無理矢理絞り出した問いに、兼続が即答する。
「何故も何もないだろう!お前の告白、しかと私は受け止めたぞ!」
「告っ、」
恥ずかしさから本気で死にたくなった政宗は、しかし、続く兼続の言葉に首をかしげることとなった。
「お前がそこまで私のことを思っていたとは思わなかった!知った私は、だったら、責任を取ってお前をもらうしかあるまい!」
「責任?もら…ん?一体なんのことを言っておる?」
「愛と義が大切であることをお前も本当はわかっていたのだな!」
「は?何がじゃ?」
「愛!それは海より深く!!義!それは天より高い!!」
埒が明かない。政宗は力ない笑みを浮かべている関平を振り仰ぎ、兼続を指差した。
「…こやつは何を言っておる。」
「某もあまり詳しくは知らないのだが。政宗が兼続殿を好きだと告白したから責任を取る、という話だと思う。…毎日そればかり言っていた。」
「…は?」
本気で死にたい…いや、政宗は首を振り、未だ本調子ではない身体を無理矢理布団から起こし、立ち上がった。まだ愛だの義だのと叫んでいる兼続へ、手を伸ばす。
「山城、貴様っ!殺してくれるわっ!」
がっと伸びてきた腕を避けることもなく、なぜか、兼続は頬を赤らめて応じた。
「む?何がだ山犬!貴様まさか!濃姫と同じで殺したいほど愛し」
「馬鹿めがああああああああああああ!!」
ガクガクと兼続の首を絞める政宗を、ただ関平だけが、筆舌に尽くしがたい顔で眺めていた。
初掲載 2007年4月8日
改訂 2008年11月30日