ジャパニーズ・ガール / BEAT CRUSADERS


 梅雨は湿気が多い。日番谷のくせっ毛は跳ねに跳ね、決して纏まろうとはしない。当然、髪を後ろの方へ逆立てるなど夢のまた夢だ。流魂街時代の髪型に逆戻りすることになる。だからこの時期になると、例年のように日番谷は機嫌が悪くなる。
 勿論、髪型が決まらないなどという理由で機嫌が悪いことは、名誉を重んじる日番谷は表に出さない。表には出さないが、付き合いの長い松本には、何となくわかる。何となくわかりはするが、勿論、日番谷が苛立ちを表に出さないようにと、松本も気を利かせたりはしない。
 松本の趣味、それは大好きな隊長いじりなのだから。


 その日も松本はどんなことをして日番谷を困らせてやろうかと、もとい、構ってもらおうかと考えていた。流魂街を出てから付き合いは廃れたと聞くが、やはり幼なじみは似るものなのだろう、と日番谷や吉良は市丸と松本を見るたびに思う。勿論、当の本人達はそんなことを思われているなど知らない。
 「おっはよーございまーす!」
 「…おはようございますじゃねえよ、いつもどおり遅刻しやがって。」
 ルンタッタといつも通り遅刻してきた松本は、ふと、日番谷の髪がいっそ素晴らしい自由奔放に自己主張しているのを見つけた。それは冬毛が生え揃いモコモコしている動物を髣髴とさせた。梅雨だとはいえ、いつもの3割り増しの髪型にどうしたのか、流石の松本も問うのを躊躇った。
 「隊長、どうしたんですかその髪型。」
 が、躊躇っただけで、結局尋ねた。
 「…気にするな。」
 日番谷が言ったところで止めるような松本ではない。松本は日番谷ファンクラブ名誉会長なのだ。気を使うのも得意だが、基本、日番谷のことは何でも知らないと気がすまない。何せ名誉会長なのだから、知っていなくてはならないのだ。
 松本は日番谷の隣に行って、その髪に触った。ふわふわと毛先が掌を撫でた。いつもならば、硬いはずの髪であるのに、髪はうっとりするくらい柔らかかった。
 「あれ?今日はワックスつけてないんですか?」
 ワックスやスプレーを駆使して少しでも隊長としての威厳をつけようと、日番谷が毎日苦闘している事実を松本は知っていた。だから、尋ねた。
 しかし、返答はない。
 じっと答えを待ち日番谷を正面から見る松本の視線に、日番谷が根負けし、顔を逸らした。それでも答えようとする気配はない。
 「?」
 整髪料を使い切ったのなら「なくなった。」と答えれば良いだけのことだ。決して教えるのを嫌がるようなことではないと思う。何故、こんなにも答えたがらないのだろう。もうこれは、日番谷ファンクラブ名誉会長の意地と尊厳にかけて解くしかあるまい、と松本は燃えた。グルグルと、仕事に使えよ、と日番谷が溜め息を吐きそうな勢いで脳をフル回転させる。
 1、ワックスは使い切ったわけではなさそう。
 2、ということは、あれほど髪型を気にかけている隊長が、どうしてもワックスを使えない理由があった。
 「?」
 そのとき、あることに松本は気がついた。
 「隊長、シャンプー変えました?」
 「…。」
 やはり日番谷は答えようとはしない。
 3、私が似合うからと渡した柑橘系からミント系にシャンプーを変えた。
 4、でも、それも今後ずっとというわけではなさそう。
 5、ということは、今日だけ?
 「………隊長。」
 「…何だ。」
 「恋次のとこから朝帰りですか?」
 「…。」
 否定しない日番谷に松本は眩暈を感じた。阿散井が日番谷のことを好いているのは、松本は知っていた。日番谷が阿散井のことを憎からず想っているのも知っていた。だから、松本は二人の恋を邪魔しなかったし、むしろ応援したりもしたのも確かだ。
 が。
 まさか、とうとう、大好きな大好きな子供が大人の階段を上ってしまうだなんて!恋次がじれったいくらいヘタレなだけに、まだまだ、あと200年ほど後の話だろうと思い込んでいた松本にはひどく衝撃的な事実だった。
 ふらりと、松本は扉に向かった。
 「…どこに行く?」
 問いかける日番谷に、松本は言った。
 「…恋次の野郎を殴ってきます。それくらい、させてください。」
 私の隊長の貞操を!勿論、そんなことは口には出せない。
 「今夜は赤飯ですから。呑みも行きましょう、恋次の奢りで。」
 「…。」
 もしも梅雨でなければ、あるいは日番谷がお泊まりグッズにワックスやシャンプーを入れていれば。
 だが結局は松本の知れるところになっていただろう事実は、阿散井が松本に出会い頭殴られるという珍事件で幕を閉じるのだった。










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