ジャパニーズ・ガール / BEAT CRUSADERS


 「阿散井のやつ、浮気したんだって?」
 「そういう噂はありますけどね。でも、噂ですよ。阿散井君にそんな甲斐性あると思えませんし。」
 「まあ、そりゃそうだが。あんな美人をゲットしたんだから、実は意外とたらしとか。」
 松本が、檜佐木と吉良の世間話を耳にしたのは廊下でのことだった。阿散井と日番谷のお付き合いが実は世間に知られていた事実に松本は驚き、思わず足を止めた。だがその後に続いた言葉は?浮気??
 「…恋次が浮気って、どういうこと?」
 「え?あ。乱菊さん。」
 「いや別に何でもないっすよ!」
 慌てふためく二人の様子に、どうやら本当らしいと確信し、松本は唸った。
 あのやろー、私の大事な大事なかわいいかわいい隊長を横から掻っ攫っておきながらよくも!
 別に日番谷は松本のものではない。それに阿散井以外だったら以外で同様にきつくあたるか、さもなければそもそもお付き合いを許可しないだけなのだ。そういうお付き合いを許可されている意味では、阿散井は松本に信頼されている、と言っても過言ではなかったのだが(実際、日番谷関連以外では、松本は阿散井を非常に気に入っている)。それが、浮気?
 松本の中で、プツンと何かが切れる音がした…気がした。
 「あの馬鹿、隊長がいながら…ブッコロすっ!!」
 視覚化しそうな勢いの殺気を立ち上らせて、松本は六番隊舎へと走っていった。
 その様子を、檜佐木と吉良はただ黙って見送っていた。若干、震えているのは決して気のせいではない。子猫ちゃんとからかわれても怒れないものが、今の二人にはあった。いや、檜佐木や吉良だけではない。みながみな、瞬歩で走る松本をキレイに避けていく。噂は本当だったんだ、つか乱菊さんこえー!絶対怒らせないでおこう。と、二人はブルブル震えながら思った。
 普段の生活でも、戦闘面でも、勝てる気が少しもしないのはなぜだろう。吉良は実際戦闘でボロ負けしたが、檜佐木は戦ったことすらない。何となく勝てる気がしない。それこそが、松本が松本たる所以かもしれなかった。
 それにしても。
 「でも、隊長がいながらってどういう意味なんですかね?私が、じゃなくて。」
 「恋次の浮気が乱菊さんにばれて殴られた、って内容のわりには、浮気のこと知らなかったっぽいしな。」
 「…。」
 「……。」
 もしかして自分達は何かヤバイことを乱菊さんに吹き込んでしまったのではないか?ひやりと、二人の額に汗が浮かんだ。が、今更勘違いでしたなどと、あの殺気をみなぎらせた松本を止める勇気もない。
 「あっ、あはは。まあ、恋次だし。」
 「そ、そうですよね。阿散井くん体だけは頑丈ですし。」
 「大丈夫だよな!」
 「大丈夫ですよ!」
 二人は乾いた笑みを浮かべ、そそくさとその場を後にしたのだった。


 その頃、六番隊隊舎では。


 「松本、お前止めろって。」
 「隊長止めないでください!女には殺(ヤ)らねばならないときがあるのです!」
 斬魄刀に手をかけた松本が、たまたま白哉に用事があって訪れていた日番谷に取り押さえられていた。
 「やらねばって、発音がやばいですから!ちょっ、朽木隊長、助けてください!!」
 理由はわからないながらも命を狙われているらしいと察した阿散井が、突然の闖入者にびっくりしている白哉にすがりつく。
 「…これは一体何の騒動だ」
 自隊の管轄区で騒ぎを起こされる白哉のもっともな言い分は、次の松本の一言にキレイに流された。
 「恋次あんたよくも隊長というものがありながら浮気を!」
 「は!?何ですかそれは!」
 「…恋次。」
 「ちょっ、朽木隊長もそんな目で俺を見ないでくださいよ!あっ、やめ!」
 ふっ、と溜め息を吐き松本に自分を差し出そうとする白哉に、阿散井は本気で泣いた。
 「松本、何でお前はそう思ったんだ?」
 「修兵とイズルが言ってました!」
 「あの人たち何勝手なこと言ってんだよーーー!!!」
 「…とりあえず、ちゃんと真実がはっきりするまで待て、な?」
 正直、阿散井にそのような甲斐性があったらどれだけ今まで話が楽だっただろう、と一瞬遠い目をした日番谷。
 阿散井殺害を事態解明まで我慢することにした松本。
 命の危機が一応去りほっと胸をなでおろした阿散井。
 彼らを眺め、ぽつりと白哉は言った。
 「…というか、兄と恋次は付き合っているのか?」


 ちなみに、この騒動で、ますます阿散井と松本が付き合っているという勘違いが広く知れ渡ることになるのだった。











初掲載 2006年7月17日