夏が過ぎ、秋になった。阿散井が日番谷と出会ってから、五ヵ月が経とうとしていた。
夏祭り以来、親交を深めた阿散井は日番谷と良く何処かへ出かけるようになっていた。気兼ねなく外出に誘える様になった阿散井の心が、現状では一番の変化であった。
其の夜、阿散井は初めて日番谷を酒に誘った。無論、邪な想いがなかったとは言えぬが、だからと言って阿散井は日番谷に無理強いをするつもりは毛頭なかった。元より、想いを告げられるだけの度胸すらなかった。
「月が綺麗だから、今夜良かったら呑みませんか?」
阿散井は常に誘いの言葉を、問いかけの形で口にした。日番谷の意志を尊重したいという想いも確かにあったが、拒絶されても痛みの少ない方を無意識のうちに選び取っていた。
「良いぜ。」
日番谷の答えに阿散井はほっと息をついた。
「じゃあ、仕事が終る頃に迎えに来ます。」
本気の恋を知ったとき、嗤いたくなるくらい自分は臆病で愚かだ。
阿散井はそう思った。
「月見も良いですけど、雪見とか花見も良いですよね。」
「花っていうと、やっぱ桜か?」
「どんちゃんする場合は桜が良いですけど、」
「けど?」
「何でも。…俺、花自体が好きなんですよね。」
「花が?」
「はい。」
「花って、特に何が好きなんだ?」
「シクラメンですね。最近は異国のアイビーとかクロッカスなんて花も綺麗ですよ」
「…意外だな。」
「まあ、そう言われそうなんで誰にも言ったことないです。連雅山さんは?」
「花桃。」
良くも悪くも、阿散井は其の晩、些か呑み過ぎた。阿散井は元々酒に強い方ではない上に、想い人と二人きりで自宅に居る緊張も相まって、自らのペースを忘れた。
阿散井の家であるとはいえ、秋である。風は既に肌寒く、居間で寝ては先ず間違いなく風邪を引くだろう。酒に呑まれた阿散井を其のまま放ってもおけず、日番谷は寝室まで運ぶことにした。
女になったとはいえ元の小さな子の身体を思えば遥かに大きく感じる身体に、阿散井を負い、日番谷は廊下を歩いた。松本が酔い潰れることが多々あるため、背に負い歩き出し布団に横たえるまでの手際は慣れたものである。
阿散井の上に布団を掛けてやり其の場を後にしようとした日番谷は、ふと己の袖口を掴んでいる手に気付いた。大きな其れは日に焼けており、無骨だったが好ましかった。
対照的に白魚のような柔らかい指先で、日番谷は掴む其れを外そうとした。
其の時、寝惚けていたのであろうか。
「連雅山さん…。」
「ん?」
夢心地の様子の阿散井に日番谷が返事をしてやると、阿散井は酒に擦れた声で囁いた。
「好きです。」
此の時漸く、日番谷は阿散井が己に向ける想いに気付かされた。
激しい感情に駆られ、気付くと日番谷は其の場を逃げ出していた。上掛けを取り草鞋を引っ掛け、只管帰路を走った。
てらてらと光る満月が全てを見透かしていそうで怖かった。憎かったのかも知れぬ。虫の音がつんざく草叢は夜露に濡れ、日番谷の足を強かに濡らしたが其れすらも気にならなかった。只、一直線に家路を急いだ。
翌日、学院に姿を見せた阿散井は何も覚えては居なかった。如何やら花の話をした時点までの記憶はあるものの其れ以降はあやふやらしく、只管迷惑をかけたことを謝っていた。
あの時何故逃げたのか、何から逃げたのか。答えは出なかったが、日番谷の胸中は只苦かった。