「恋次、あんた毎日先生目当てで学院に通ってんですって?」
阿散井が声に振り向くと、其処には元上司で在った女が立っていた。松本乱菊である。今は十番隊服隊長の任に就き会う回数も少なくなったが、其れでも酒呑みたさに誘われることは多い。
松本の言葉に阿散井は小さく顔を引き攣らせた。其れを見逃す筈のない松本が眉を上げ、重ねて問うた。
「え、本当なの?」
「いや、あの。…はい。」
「…そう。あまり深入りしないことね。」
遺憾であると言わんばかりに溜め息を吐き、去って行った松本に阿散井は首を傾げた。
確かに松本の言う様に、連雅山と出会ってからというもの阿散井は学院に足繁く通っている。
阿散井は年若いとはいえ曲がりなりにも名の知れ渡った十一番隊の席官である。所謂出世頭の度重なる訪問に学校側は注意するどころか歓迎した。連雅山が如何感じているか阿散井には分からぬが、邪険にされても居ないので少なくとも嫌われては居ないと思う。
深入りをするなとの松本の台詞。忠告としか表現のし様がない其れは、阿散井を落ち着かなくさせた。
だが、実際想い人を前にしてしまえば其の様な疑問もするりと頭から抜け落ちた。恋は盲目というが正しく阿散井の状態は其れだった。
阿散井は差し入れにと持ってきた菓子を連雅山に手渡し、其れを茶請けに今ではすっかり恒例と化した「休憩」を取った。勿論仕事の合間の僅かな時間であるから、然程滞在することは出来ない。其れでも阿散井にとって此の時間は掛け替えのないものだった。
紅葉饅頭を二つに手折る連雅山に、阿散井は兼ねてから言おうと心に決めて終ぞ今日まで来てしまった誘いを口にした。
「連雅山さん、あの。良かったら今週末の祭りに一緒に行きませんか?」
つと合わせられた視線に跳ね上がる鼓動を抑え、阿散井は連雅山の瞳を直視した。翡翠の其れは何かを躊躇う様に一瞬翳りを見せ、常の透明な色へ戻った。
白い指に着いた餡をちらりと唇から垣間見えた赤い舌が拭う。阿散井は連雅山の色香に思わずくらりと眩暈を感じた。
「…仕事があるから、直ぐに行くことは無理かもしれないが。」
「構いません。俺が無理言ってんだし、待ちます。」
「じゃあ、其れで良ければ。」
得られた了承に阿散井の心は舞い上がり、僅かに連雅山が覗かせた迷いにとうとう気付かなかった。