概して体調が悪く寝込んでいることの多い上司だが、この日ばかりは隊長に新しくなるという神童の姿を見に一番隊隊舎へと足を運んだ。
二年余りの歳月をかけ死の床に就いた男が、とうとう亡くなったのは去年の夏のことだった。葬儀の席で見かけた副官である女の姿に、決して人事でない現実を突きつけられ、思わず目を逸らした。
床に居付く事の方が多い上司に不満はない。だが、いつ消えてしまってもおかしくない不安に苛まれることも確かだ。
早く帰って来い。
一番隊隊首室の前の控え室で他の副隊長達の言葉に相槌を打ちながら、俺は、ただそう願った。
「…全滅だそうだ。彼女の部隊は。」
都が亡くなったと連絡を受けたのは、まさか思ってもみない簡単な任務の報告でだった。
驚愕すれば良いのか憤慨すれば良いのかわからず、混乱する頭はこれが現実であることを否定しようとした。
「っ。」
まさか、と言いたかった。何故、と問いかけたかった。
声は喉で潰れ、言葉にならなかった。小さく深呼吸をし、絶望に赤く染まる頭を落ち着かせた。
終わりが来ないなど思わなかった。いつだって離別の危険性を孕んだ生であることを分かっていた。死神とはそういう職業なのだ。
空鶴も、俺が死神になることを必死になって止めたではないか。
湧き上がった苦い感情を唾とともに飲み込み、乾いた舌がもつれぬよう俺は言葉を口にした。
「俺一人で行かせて下さい。」
何が最善で、何が最悪なのか。
絶望に瀕した俺が切望する終焉。
隊長が俺の決断に沈鬱に瞼を伏せ、だが結局は頷いた。
「今度の十番隊隊長は、噂に聞いてたが本当に小さいな。」
あの日。隊首室から出てきた隊長は開口一番そう言った。目下には笑い皺が刻まれ、本当に嬉しそうだった。
「もう俺も年だし。やっぱもう若い世代の時代なんだよなあ。」
隠退すると今にも言い出しそうな隊長の様子に不安に駆られた。けれど俺はそんな思いを顔には出さず、ただ隊長を鼻で笑った。
「何言ってんですか。年なんて言い訳にはなりませんよ。ほら、今日は体調良いんだから仕事してください。」
「ははは。海燕には勝てないなあ。…そうだな。せめて、お前が隊長になるまでは生きないと。」
間延びした声で真情を吐露する隊長の背を俺は押し、退室を促した。
「約束ですからね。絶対、それまで何が何でも生きてて下さいよ。」
待合室を去ろうとした俺の目が、隊首室から出てくる話題の新隊長を捕らえた。あまりに小さい手には隊長の証である羽織を握り締めていた。
隊長は死神にとっての目標だ。十一番隊などは例外だが、死神は皆、その座を目指し己を磨く。
隊長就任が嬉しくないはずがないと思うのに。
何故だか、その姿は絶望しているようにも見えた。
どのようなことを考えているのだろう。隣を歩く隊長と、その斜め後ろを行く朽木の表情は暗い。
死出の見送りをする立場にならなくて良かった。ふと、かつて見た十番隊隊長の姿を思い出した。
そのとき子の抱いた想いを、俺が真実知ることはない。これはただの俺の空想だ。だが、俺は本心からそう思ってしまった。
都が率いる部隊が壊滅したという森へ辿り着いた。深緑の森は光を拒み、暗く闇を落としていた。
一度足を止め、隊長を振り仰ぐ。幸い逆光で顔は見えなかった。
「…約束守れなくてすみません。」
斬魄刀の存在を確かめるため右手を柄にかけ、俺は森へと足を踏み入れた。