刀身に指を這わせる。いつも通り冷たく硬質な感触に、私は失望を感じた。
自分だけの斬魄刀は不思議と温かいという。どれだけ残酷な能力を持とうと、どれだけ劣悪な持ち手であろうと。刀は自分だけを選び、抱擁してくれると。
どのように刀を選ぶのかと問う私に、刀が使い手を選ぶのだと皆が口を揃えて言った。
斬魄刀は死神の象徴だ。私も刀を手に持ちたい。
しかしそんな夢さえも、造られた存在である私には叶うことのない憧憬である。
先日、十番隊隊長だった男の葬儀が行われた。
閃光を放たんばかりの強さの象徴だった男の手は萎びていた。空を掻くように伸ばされた指先は四番隊隊員の手によって丁寧に組まれ、斬魄刀に届くことはなかった。
今、私は男の斬魄刀を手にしている。技術開発局で調整を行った後、斬魄刀は保管庫へと戻される。
ほんの。四番隊から技術開発局へと至る道程の、束の間の所持だ。だが私が斬魄刀を手にできるのはこの瞬間しかない。私は刀を胸に抱き、まるで死地へ旅立つようにして静々と廊下を行く。
四番隊舎を出ようとしたとき、見知った姿が前に現れた。十一番隊第三席の斑目様と、同隊第五席の綾瀬川様だ。
十一番隊の者が四番隊を嫌っている事実から、どちらかが怪我でもしたのだろうかと思いつつ、私は軽く頭を下げた。斑目様が鷹揚に頷き、綾瀬川様がその様を小さく窺った。
十一番隊は戦闘に特化した部隊だ。当然のように、腰には斬魄刀を差していた。自分だけの。ただ一つだけの斬魄刀。
私の視線に気付き、綾瀬川様が口を開いた。
「それ、キミの斬魄刀?」
「いいえ。之は一昨日亡くなられた。」
「ああ、あの男の。」
綾瀬川様の言葉に斑目様が顔を顰めた。だが、私が抱いた斬魄刀を心底軽蔑するように見たのは綾瀬川様だった。
何か言ってはいけないことを口にしたのだろうか。
不安に駆られ戸惑う私に、綾瀬川様が先ほど浮かべた苦渋の残影など少しも存在しない笑顔で言った。
「ああ、キミのせいじゃないよ。仕事、大変だね。」
頑張って。
そう言って去っていく二方の姿が見えなくなるまで、私はただ立ち尽くしていた。
「只今戻りました。」
私は主の癇に障らぬ程度の音量で帰還を告げ、机上に斬魄刀を置いた。鞘と机との間でカタリと小さく音が生じた。
「遅かったじゃないか。」
「申し訳ありません。」
主は振り向かない。ただモニターを眺めている。青白く浮かび上がった横顔は、常ならば仮面に覆われ目にすることの無い素顔だ。
全てが常通りで何一つ変わりがないことを確認し、私は主から机上の斬魄刀へと視線を移す。
斬魄刀。
自分だけのそれを手に出来たとき、私は、私の造り手である主の呪縛から放たれる気がした。未熟なるモノから、一人で生きることの出来る人へ。変わることが出来る気がした。
尤も私如きを選んだ斬魄刀はない。これからも、それは存在しないだろう。
だが私は憧憬を胸に、己だけの斬魄刀を手にする瞬間、それを今宵も夢に見るのだ。