根拠を問われれば口を噤むしかなかった。ただの勘だ。告げたところで目の前の男はそうかと半ば納得し半ば腑に落ちない声で相槌を打つのだろう。首を傾げながら。
誰よりもこの男のことをわかっていたから、口にする気にはなれなかった。
だがそれでも言ったのは、それが確かな真実であるように感じられたからだ。
僕は西の空を見上げた。白い煙が一筋立ち上っていた。
今頃、十番隊隊長だった男は骨になっているのだろうか。
乱菊は、
「とうとうあいつ死んだらしいぜ。」
珍しく朝から隊首室に姿を見せた隊長が言った。
常らしくない。溜め息など吐いてみせたのは、曲がりなりにもここ2年満足に戦場に立つことも出来なかったとはいえ、それが同僚であるためだろうか。
「葬式、面倒臭ぇなあ。」
ぼそりと呟かれた言葉から察するにどうやら僕の勝手な想像は完璧間違っていたらしい。隊長は誰よりも戦を好み、弱さを拒む人だった。
隣でからりと一角が笑った。
隊長格が亡くなった場合、その者が率いていた隊員と同僚である隊長格の出席は絶対だったが、ただの席官である僕たちが出席しなければならない理由などない。
隊長が一角を恨めしそうに独眼で睨み付けた。
「おい、テメーらが代わりに行け。」
「無理っすよ、そんなの。隊長もわかってんでしょ?」
隊長が再び溜め息を吐いた。一角に倣って、僕も笑った。
現在十番隊を実質率いているのは副隊長である乱菊だ。乱菊は元々十一番隊に属していた。僕たちの仲間だった。
だから気になるのだろう。隊長が副隊長に手を引かれしぶしぶ葬儀会場へと向かったのを見届けた後、一角が小さく言った。
「松本の奴、移動しなけりゃ隊長を亡くすこともなかったのによう。」
「副隊長になるための移隊なんて自分で決められるものでもないでしょ、普通。」
君は例外かもしれないけど、と口に出さずに思う。
「そりゃそうかもしれねえが…でもよ。更木隊長だったら、部下を庇って死ぬなんてこたねえよ。」
一角が心酔している隊長は強い。十番隊だった男のように、部下を庇って怪我を負いその結果死ぬことも、部下をみすみす殺させることも。決して許さないだけの強さを持っている。
「せめてあいつは、松本を連れていきゃ良かったんだ。」
「それがせめてものあの男の思いやりってもんだったんじゃないの?」
放った言葉が予想外に冷たい響きを帯び、僕は自らの台詞にひやりとした。
その日。有休願いを前々から出していた乱菊を慮って、男は任務に第三席以下五名を引き連れて任務へと向かった。乱菊は自分も行くと願い出たが、男は頑として首を縦には振らなかった。
その中途半端な優しさが、結果的には仇となった。
「松本…泣いてやがるかな。」
隊長と副隊長は並々ならぬ繋がりを持つのが常だ。普通ならば泣くだろう。後を追っても、不思議ではない。
弱さは罪だ。だが、弱くなったとしても切り捨てられない程の絶対的な信頼が隊長と部下の間には横たわっている。
それは信頼と呼ぶには強すぎる想いかもしれない。絶対的な存在としての神への信仰に近い。
「泣きやしないよ。」
「んでだよ。俺だったら泣くぞ。」
僕の言葉に不思議そうに一角が問うた。
男は今際の際に、庇った部下に対し己が死んでも気にしないように告げてくれと、一言言ったらしい。乱菊には何一つ言葉を残さなかった。
「泣かないよ、絶対。」
十一番隊に属する上で大切なもの。それは強さと信頼だ。
両方を失った男に対し乱菊が涙するとは思えない。女は強かだ。
「君なら泣くだろうけどね。でも、君のように。」
あるいは、君を失った僕のように。
「泣かないよ。」
隊首室の窓から天を見やると、灰色の空に一筋の煙が立ち上っていた。
今頃、男は身を焦がし灰になっているのだろうか。
乱菊は、
「まあそれでも泣かないだろうね。」
誰にも依存せず、誰にも頼らず、強さと信頼だけを糧に生きる女。
一角に感じるものとは違う羨望を微かに抱きながら、僕は笑った。