納棺に相応しい曇天だった。
最後に副隊長である私が隊花である白百合を添え、蓋をしてしまうと、すぐさま男の青白い顔は見えなくなってしまった。次に見えるときは先ほどの百合のように白く変わった遺骨姿だろう。
会場から出てふと空を見上げると、灰に白が一筋立ち上っていた。骨の白さは、添えた百合ではなく、あの煙で染め上げられたからかもしれない。
そういえば。
私は丁寧にマスカラを塗った睫毛を伏せた。
隊長だったあの男は、白百合よりも山吹色に輝く山百合を愛していた。
十番隊隊長の座が空位になってから一年が経った。私も他の隊員達も、男が居ない現状にすっかり慣れてしまった。
元から、仕事場に姿を見せる人でもなかった。
戦闘で背に負った傷が元で入退院を繰り返し、漸くと、言ってしまって良いのか判じかねるが、夏の盛りに息を引き取った。男が隊舎に姿を見せなくなってから、二ヵ月が経とうとしていた。
私も他の隊員達も男の死を予想していた。長期に渡る不在が、男がこの世界から居なくなる現実を麻痺させた。
その頃には既に、私たちにとって、男は亡き者だったのだ。
鐘が鳴った。筆を休め時計を見ると、短針と長針は揃って頂点を指していた。
そろそろ潮時かもしれない。
私は苦手な書類仕事に一段落着け、大きく伸びをした。空腹を紛らわすために温くなった茶を口にする。
ふと、私の目に窓際で花瓶に活けられた白百合が入った。去年、男の棺に添えたような純白の百合だった。そして私は、隊長という存在がこの隊に欠けている事実を思い出した。
隊長が選定されるのは未だ暫く後のことだろう。隊長の必須条件である卍解を習得出来る者は少ない。隊長に相応しい者が居ないからこそ、男は怪我を負って尚隊長として存在し続けたのだ。
名ばかりの隊長とは何と醜悪なものだろう。
私は男を敬愛していたように思う。確かに強さを認め、何処までも付いていこうと願ったはずだ。
だが過去の記憶としてしか存在しなくなった男を思い出す度に、私の脳裏には青白い男のぼんやりとした顔ばかりが浮かぶ。怪我で生色を欠いた男に抱いた失望と無関心。私にはそれだけしか残らなかった。
次に私が仕える隊長はどのような者なのだろう。
既に隊長という存在を忘れて久しい私には、未だ見ぬ隊長の想像がつかない。隊長とはどのような存在だっただろう。解らない。
私は夏風に揺れる白百合につと指を這わせた。黄色い粉が丁寧にネイルを塗った爪先を汚す。その事実を確かめるように、私は指先を擦り合わせた。
来る隊長が強ければ良い。ぼんやりと私は思った。
精彩を欠くことのない、凛とした百合のような。目にした者が羨望を抱かずに居られぬほどの純白を背負い、尚汚れることのない強さを持つ者。
だがその者も消えてしまえば、私は男同様、その者への関心を失ってしまうのだろうか。
黄色くなった手を見つめ、私は立ち上がった。そろそろ食堂が混み始める頃だ。急がねばならない。
一瞬だけ、私は部屋を出る間際後ろを振り返った。
窓辺の白百合。私が振り返る人が良い。
未だ見ぬ人を想いながら、私は束の間の時を過ごす。