刑に処せられることも覚悟しての行動だった。初めて、男の命に背いた。
パタパタと滴り落ちた血が地面に円を描いた。足を踏み出した拍子に水面が揺れた。
痛みに遠ざかる意識を繋ぎ止めるため奥歯を強く噛み締めると、口内に鉄臭さが広がった。
退くことなど、出来はしなかった。
手はただ空を掻き、オレは顔を顰めた。遠近感がわからない。小さく溜め息が出た。
一昨日の戦闘でオレは右目に傷を負った。幸い視力に異常はないものの、傷痕は残るという。四番隊隊員に差し出された鏡に映る、オレの白い包帯が巻かれた顔は歪で、血の気を失って酷く青白かった。
あのとき。負傷したオレに、隊長は部下を連れて退けと命じた。
隊長の強さを、全てを。常ならば信じて疑うことなどありえなかった。強さの象徴たる羽織をまとった背に全てを委ね、オレは退いていた。
だが、そのときオレはそうすることが出来なかった。先月とうとう亡くなった十番隊隊長だった男の姿が、隊長に重なった。棺に横たわる、隊長の姿が一瞬脳裏に浮かんだ。視線を背けたと同時に隊長を失ってしまいそうで、ただ、怖かった。
初めてのことだった。まさか自分が隊長の命を、拒むなど。今まで、想像すらしたことはなかった。
隊長は絶対だった。
オレは大虚へ向かって走った。
「どうして命令に従わなかったんだい?」
見舞いに現れた隊長は、まずそう言った。共にこぼれた溜め息が隊長への信頼を損なったような気がした。
「…すみません。」
深く頭を下げるオレに隊長は何かを言おうとして口を開き、結局何も言いはしなかった。ただ、再び溜め息を吐いた。
隊長は許しも罰しもしなかった。
だが、オレは隊長の溜め息だけで。この想い全てを否定された気がした。
オレは手を握り、開いた。黙々と動作を繰り返した。
片目の視界は酷く狭い。
両の目が見えぬ隊長の生とはどんなに不便なのだろう。改めて思い、込み上げる恐怖に喉が渇いた。オレには堪えられそうもなかった。
あの盲目が。
オレは自分の掌を見詰めた。幾度となく経験した戦闘に、目には出来ぬが、この手は酷く血に穢れていた。
耐えられぬほど返り血を浴び、尽きることのない責を痩身に負い。一振りの刀だけを頼りに、生きてきた隊長を俺は思った。何故あの人はあれほどまでに潔癖で清廉で居られるのだろう。不思議だった。
ただ焦がれた。心奪われた。
隊長と副隊長。その呪縛などオレには関係ないと思って生きてきたのに、オレの目は気がつけば隊長だけを追い、俺の目標は隊長の背中だけだった。
あの盲目が見詰める先を。
オレは手を握り締めた。きつくきつく握り締めた。込められた力に指先は白く染まった。
あの盲目が見詰める先を、隊長が手にしたとき。
そのとき、オレの姿は傍らにあるだろうか。
明日、オレの包帯は取れる。