恋情にも似た鮮烈な想いを抱く女に焦がれていた。
これは恋ではないのだと、もはや信仰なのだと。そう口にする女の瞳は常にただ一点のみを見詰めていた。常人ならば捉えることも出来ないような小さな点が、やがて冬を支配する童の姿を取ることを俺はいつしか知ってしまった。
手折ることの出来ない強さを秘めた女を。
俺はいつしか。
愛してしまっていた。
「松本を見なかったか?」
躊躇いがちに隊首室の扉から顔を覗かせた人は、滅多にうちに来ない日番谷隊長だった。
何があったのかわからないが、日番谷隊長の羽織の裾をやちるが掴んでいる。更木隊長からやちるが離れること自体が珍しいことを考えると、もはや奇跡のような出来事に思えた。
何が進行中なのかを目を丸くしているオレに、今度はやちるが言った。
「ねー、鉄リン。らんらん見なかった〜?」
「え?あ、いや。見てねえよ。」
慌てて答えたオレに、すぐさま興味を失った風にやちるがオレの後ろで書類仕事をしている隊長を見た。たたたと駆け寄っていき、立ち止まった。机に両手を突き、隊長の顔をじっと覗き込む。
隊長がやちるの熱視線にたじろいだ。
「…草鹿副隊長、何か用か。」
やちるが小首を傾げ、言った。
「ねえ、触っても良い?」
止める暇もなかった。俺の隣で日番谷隊長が瞑目した。
「…好きにするが良い。」
「やったあ!」
やちるはもふもふと隊長を触り続けた。やがて更木隊長にするように背によじ登り、心底嬉しそうに耳に触れた。ぴくりと隊長の耳が動き、感動に声を洩らした。
ふと、やちるの目が一点を見た。それにつられるようにしてオレが、オレにつられるようにして隊長が視線の先を追った。
日番谷隊長が食い入るように隊長を触るやちるを見ていた。
「シロリンも触る?」
日番谷隊長がうろたえ、隊長が小さく微笑った。
「主も子供だったのだな。」
日番谷隊長といえば幼い外見とは裏腹にやり手と名高い名隊長だ。未だ成長途中であるため、戦闘能力は他隊長に比べ若干見劣りする。だがそれを補ってなお有り余るほどのカリスマ性と勤勉さ、天才児ぶりが、他隊にあってさえ羨望の目を集めるほどの人気を発揮していた。
「うるせえ。」
顔を赤らめ俯いた日番谷隊長の年相応の行動に、オレは何だか安心した。
あいつが日番谷隊長に熱を上げていることは誰もが知っている。まるで恋に落ちたかのように、常に日番谷隊長の後を視線で追っている。
そこにオレの入り込む余地などない。
躊躇うように隊長の腕に触れた日番谷隊長は、小さく感嘆の声を出した。暫し堪能し、惜しみながら手を離す。
「…狛村、すまないな。」
「いや。」
隊長が楽しそうに笑った。
「そういえば、何であいつを探してるんですかい?」
「あのね〜、らんらんを見つけたら良いよってひつりんが言うから〜。」
やちるは言葉が足らなさすぎ、何を言っているのかさっぱり分からなかった。困惑から日番谷隊長を見る。
日番谷隊長は顔を顰めた。
「今日斑目の誕生日らしくてな。雪兎を贈ってやりたいんだと。で草鹿が雪を降らせてくれってうるせえから、松本に仕事させたら良いぜって言ったんだ。」
そしたら俺まで駆り出されて仕事になってねえけどな。
溜め息とともに吐き出された言葉に隊長が苦笑した。
「主も、女子供には勝てないか。」
そういうところにあいつは惚れたのだろうか。
日番谷隊長にあいつが心酔する前に、想いを告げれば良かったのに。
オレの恋を知るものは皆口を揃えてそう言った。
だが、あいつが日番谷隊長に心奪われなければ。その瞳が喜悦を浮かべ、真摯に慕うことをしなければ。オレはあいつに惚れることもなかった。
好いた女が振り向かないことを承知の上で、オレは今日も想いを寄せる。