痩躯に、これは誰の遺体だろうと不思議に思った。思わず献花を添える手が止まった。
 いつか見た男は凛として居り、酷く強くこの目に映った。男はまごうことなく隊長だった。強さの象徴だった。
 長期の入院がこの男から何もかもを、奪い取った。
 そう思うと薄ら寒い気がした。慌てて花を添え、棺が見えぬ所まで逃げた。
 灰色の天を一筋の煙が舞う。男が纏う羽織ごと灰になるまで、俺はただ立ち尽くしていた。
 酷く怖かった。


絶望の黒、希望の白。 交じり合った空の灰、 6th.



 現世にやって来てから二ヶ月が経った。夏の残り香を感じさせた暑さも形を潜め、秋から冬へ季節は移行しようとしていた。
 うっすらと霞がかったようにぼんやりとした曇天を見上げ、俺は小さく嘆息した。
 隣には日番谷隊長の姿があった。
 正直俺はこの子供の姿を取る隊長が苦手だった。どう接したら良いのかわからない。眉間の皺を目にする度に粗相だけはするまいと意識してしまい、俺は日番谷隊長に対してぎこちなくなるばかりだ。
 わざわざ接触を持たなければ良いのかもしれない。
 だが先ほどまで居た乱菊さんも何処かへ消えてしまい、今は屋上に二人だけだ。沈黙も辛かった。
 何か言葉を口にしようと探していると、先ほど視界に入った空がかつて見たものに重なった。
 強さも何もかも失い、衰え、死んだ男。
 「日番谷隊長は、強いですよね。」
 口をついて出た言葉に後悔したがもう遅い。日番谷隊長が眉を顰め、俺の方を見た。
 「…あ?」
 「バカな質問してすんません!隊長なんだから強くて当たり前ですよねっ!」
 慌てる俺の様子に、更に眉間の皺を深め日番谷隊長が言った。
 「…隊長なんざ、そんな強いもんでもねえよ。」
 ただ、比較の問題だろ。
 続けられた言葉が意外過ぎ、俺は目を丸くした。
 肯定されるでもない。叱責されるでもない。無視されるでもない。
 卍解を習得したとはいえまだまだ未熟な俺などからしてみたら、神のような強さを誇る隊長。その隊長である日番谷隊長は、否定の言葉を口にしたのだ。
 唖然としている俺の様子に小さく笑って、日番谷隊長は続けた。
 「俺なんか、未だ卒業して半年も経たねえってのに隊長に就任しただろ。」
 「え?あ、はい。」
 真央霊術院に在籍しているときから護廷十三隊で噂に上がるほどの強さを誇り、前代未聞の速さで卒業した天才児。それが日番谷隊長だった。
 日番谷隊長は卒業と同時に一番隊第三席に就き、夏の終わりには十番隊隊長になっていたはずだ。
 一時期、瀞霊廷は天才児の話題で持ちきりだった。
 「ああ、こんなもんなのか。って、俺は思ったぜ。あんまりにも羽織が軽くてな。」
 日番谷隊長はそう言って、何かを思うように遠くを見た。
 その視線の先に何が知りたくて俺も後を追った。だが何もありはしなかった。曇天だけが広がっていた。
 「隊長何ざ、強くねえよ。」
 最後に重ねられた言葉に、唐突に恐怖が込み上げた。
 前十番隊隊長は全てを失って死んだ。ゆるゆると全てを蝕みながら這い寄る死に俺は恐れを抱いた。
 だが目の前の存在は全てを手に入れて尚、弱いと斬って捨てている。それでも足りないと欲している。
 恐怖と緊張で手が冷たくなるのがわかった。こくりと湧き上がった唾を飲む。
 ああ、確かに俺は恐怖を覚えたはずなのに。
 俺は己よりも小さな子供の行く先を、共に見たいと願ってしまった。










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