体温が消えていくのをただ為す術もなく感じていた。
 鼓動が消えて早十数分。面にかけられた白布が白々しいほど、その死を現実のものだと知らせていた。
 つい先ほどまで生きていたのに。この身体は脈動を打ち、呼吸をし、怪我は熱を帯び熱かったというのに。
 男は、人間だった物になってしまった。冷たい身体がただ空しさを募らせるだけだ。
 何故、死んでしまうのだろう。何故、治療の甲斐もなく死んでしまうのだろう。
 己の不甲斐無さに、ぱたりと涙が零れた。


毀れ落ちる其を受け止めるにはあまりに小さい掌で 4th.



 十番隊隊長だった男が息を引き取った翌日、葬儀が行われた。
 死神の葬儀はただ一度きりだ。現世のように通夜と葬式とで別れてはいない。それはあまりに殉職する者が多いからだ。
 死神は常に死に瀕している。そう言ったのは、卯ノ花隊長の前の四番隊隊長だった。
 死神は殉職する割合が非常に高い。毎年、真央霊術院から入ってくるだけの人数が亡くなっている。
 不足した人数を補完するために新人が派遣されるという情報が、遠い現実ではなく近しい事実として受け止められるようになったのは四番隊に所属してからのことだった。毎日運び込まれ、助かる見込みもなく消えていく者達に呼びかけ、手を握り、最期を看取る。
 いつだって苦しかった。こんな治療能力など持って居なければ良かったと何度思ったことだろう。次第に磨耗していった心は、それでも感じる痛みに泣いた。
 そして今宵も、私は救えなかった命を想って涙するのだろう。
 私は死化粧の施された男の、重ねられた手元に花を添えた。瑞々しい花が精彩を欠いた男の肌の土気色を一層引き立て、私は瞳を伏せた。
 救えなかった事実を責められているようで、ただ居た堪れなかった。
 何処からか聞こえる蝉の音が夏特有の湿気を引き連れ、じわりと肌に纏わりついた。


 「姉さんが気にすることないよ。」
 昨夜、悲嘆に暮れる私を抱きしめ、優しく清音が言った。
 「もう幾日もないって言われた生が数ヶ月に延びたんだから、姉さんは褒められこそすれ責められやしないよ」
 私には男の生を引延ばしたことすらも正しかったのかわからなかった。結局、私たち四番隊の努力ですらも男を苦しめる原因にしかならなかったのではないか。
 泣きじゃくる私に清音は言葉を続けた。
 「姉さんはえらいよ。ねえ、泣かないで。」
 髪を梳く指先が温かった。
 私は男の熱を失った手を思い出して、泣いた。
 最期を看取ることが一番大切で苦しい仕事なのだと私に言ったのは、卯ノ花隊長だった。
 席官入りを果たしたばかりの私は、万能とも取れる治癒能力を持つ隊長の言葉に困惑した。何故そのようなことを告げるのか、未熟だった私にはわからなかった。
 小首を傾げる私に対し、隊長は微笑んで告げた。
 「そのうちわかるときが来るでしょう。でも、忘れないでください。」
 私たちは万能ではないこと。死は必然で避けられないこと。最期の時は誰しも不安になること。
 「手を握ってあげてください。」
 確かに命は救えないかもしれない。だが、心はそれだけで救われるのだと。
 隊長は私に言った。
 何故、私たちは万能の力を手にしなかったのだろう。
 運命に戯れに摘み取られる命を救うには、この手はあまりに小さすぎた。
 私はそうして、隊長の言いたかった言葉の本質を今更ながらに理解した。


 男が亡くなってから季節は既に一巡し、また蝉の鳴く時節が訪れた。十番隊にも新しい隊長が立つという。時間は流れ、決して留まろうとはしなかった。
 過去が記録になってしまう前に、私はあの白く冷たい手を思い出す。
 けれどもう涙は零れなかった。










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