毅然たる態度が相応しい方だった。
ともすれば傲慢とも尊大とも取れるほどの鷹揚さ、固い意志を秘めた琥珀色の瞳に、私は運命なのだと悟った。この方に仕えるためだけに、私はこの世界に生れ落ち、そして生きてきたのだと。
神との対峙に近かった。
込み上げる喜悦に胸を打たれ、涙が滲んだ。
長期任務から帰還すると、十番隊隊長だった男がとうとう息を引き取ったと大前田から報告を受けた。
あの男のことは良く覚えていない。これといった特徴のない男だったように思う。
思い出そうとしたがぼんやりとして巧く浮かばない顔に私は早々に見切りを付け、そうか、とだけ返した。元より、他人になど然程興味はないのだ。ただ一人の存在を除いて。
三ヶ月ぶりに訪れた隊首室は変化がなかった。ただ、窓から覗く紅葉だけが真っ赤に色付き、季節が夏から秋へ移り変わったことを主張していた。
あの日も、このように紅葉が綺麗に色づいていた。
あの頃、未だ私はいつか終わりが来るなど思っていなかった。
私は一生あの方に仕えようと心に決めていた。あの方より後に死ぬつもりも、あの方を先に死なせる気も毛頭なかった。忍び寄る終わりになど気付かぬまま、私は日々を安楽に過ごしていた。
あの方は最後まで全くいつも通りだった。そして私もいつも通り、あの方の斜め後ろを付いていた。
紅葉が色付いていた。あの方は嬉しそうにただ笑って、紅葉の枝を小さく手折った。パキリと鳴る音ですらもあの方が奏でたものであると思うと、私の心は感動に打ち震えた。
「砕蜂。主には黒ばかりでなく、このように華やかな色の方が似合うと思うがのう。」
死神は常に死覇装を纏う。死覇装の色は死の色。全てを混沌へと帰する漆黒だ。
あの方がそう言いながら振り向き、私の髪に紅葉を挿した。
私は高鳴るこの鼓動があの方にまで届かなければ良いと思った。頬が熱く燃えるのがわかった。
あの方は笑った。
思えば、あの方は幼なじみが姿を消したときから全て決めていたのだろう。常であれば雑然としたあの方の身の回りは驚くほど整理されており、あの方が居なくなって漸く、私は失踪が計画されていた事実に気付いた。
私はあの方を崇拝し、絶えず目で追っていたというのに何一つあの方の決意に気付けなかった。何とそれは愚かで惨めなことだろう。
捜査の手は尽く撒かれた。元より手がかりなど残されていなかった。何も、私の手には残されていなかった。
あの方の居ない部屋で立ち尽くす私の眦から、ぽたりと涙が零れ落ちた。
あれ以来、私は紅葉が嫌いになった。
だがあの方との最後の記憶である紅葉を遠ざけることも出来ず、私は迷いながら隊舎の裏へ、あの方が私に与えたそれを植えた。
あまりに小さく、不安ばかりが募った紅葉も、私の決死の努力の甲斐あってどうにか根付いた。今では私の背丈よりも断然高く、三階に位置する隊首室から手を伸ばせば届くほどだ。
私は紅葉から目を逸らすことも出来ず、かといって注視することも切なく、ただぼんやりと眺めた。時折吹く風にさやさやと葉が揺れ、小さくさざめいた。
私は荒れる心を持て余し、溜め息を吐く。
感傷的になるつもりなどないが、秋にはどうしても涙脆くなってしまう。眦が熱かった。
あの方が消えてから、既に七十年余りが経とうとしていた。