遺体は驚くほど綺麗だった。
 流魂街で見かけるもののように血に塗れておらず、丁寧に清められていた。施された死化粧の白も相まって、俺の目には良く出来た人形のように映った。
 遺体は十番隊隊長だった男だと、隣に立つ山本総隊長から聞いた。確かに目を凝らして見ると、献花の隙間から隊長のみが着用を許される羽織が顔を覗かせていた。
 山本総隊長は何故、俺をこのような者の葬儀に連れてきたのだろうか。
 俺は羽織を隠すように、山本総隊長が手渡した白百合を添えた。
 己の所属する隊花を添えるのが普通だが、俺は何処の隊にも属していなかった。いや、今年の春、常人よりも大いに早く卒業予定であるとはいえ、未だ俺は学生の身だ。死神ですらなかった。
 俺は山本総隊長の真意を測りかねていた。
 十番隊の副隊長だという女が最後に花を添え、棺の蓋が閉じられた。
 遺体の羽織は、そうして全て視界から消えた。


強さを掴む手 1st.



 刃に付いた血を振り払い、俺は鞘に氷輪丸を納めた。
 すぐさま俺は刀を納めたことを後悔した。此度斬った相手は常のように虚ではなく、死神だった。俺は小さく嘆息した。手入れが出来る時間になるまでに、血で刃が錆びねば良いが。
 「死体の処理は任せた。」
 俺は背後を振り向き、呆気に取られ立ち尽くしている男に言った。男は今日初めて組む俺の部下だった。
 男は喉を震わし幾度か言葉に詰まりながらも、俺の命に頷いた。
 男の様子を一瞥した後、俺は任務完遂報告をするため山本総隊長の居る隊首室へと足を進めた。
 報告書を提出できるのはもう暫く後のことになるだろう。少なくとも、遺骸の始末が済んでからのことだ。果たしてあの部下はちゃんと処理出来るのだろうか。
 最後に見た男の表情を思い出し、俺は眉間の皺を深めた。
 真央霊術院卒業と同時に、俺は一番隊第三席に任命された。一番隊なのは山本総隊長が監視しやすいようにである。
 異例の短期卒業にだけであれば問題なかったのかもしれない。俺は思う。
 強さだけであれば申し分ない。誰もが口を揃えて俺のことをそう評価した。そしてこうも続けるのだ。だが、あまりにも若すぎる、と。
 先ほどの男のように、若さゆえに舐められることもしばしばだ。いや、あの者らは俺のことをそのように見ている自覚はないのかもしれない。
 しかし俺の戦いぶりを目にした者の驚愕の表情を目の当たりにする度、俺が求めた強さとは何だったのだろうと憤慨するのだ。固定の存在に向かっての怒りではない。それはただ、俺の若さへの怒りだった。
 天才児。神童。
 俺を飾る言葉は何れも、俺が若輩であることを認めるものばかりだ。俺はそれが憤懣やるかたない。
 隊首室の扉を叩くと雀部副隊長の返事がした。指示に従い中へと足を踏み入れる。
 ふと珍しい者達の所在に俺は気付かれない程度に目を見張った。
 卯ノ花隊長。藍染隊長。京楽隊長。浮竹隊長。そして松本副隊長。
 何れも穏便派と名高い隊長らと、隊長の座が空位である十番隊の副隊長が其処には立ち並んでいた。
 「この子がそうなのですか?総隊長。」
 雛森から噂で聞いていた藍染隊長の品定めをするような目が気に入らなかったが、相手は隊長である。俺は頭を下げた。
 「私は良いと思いますよ。」
 続けられた卯ノ花隊長の言葉に、俺は面を上げた。疑問から眉間に皺が寄る。山元総隊長と雀部副隊長に視線で問いかけると、雀部副隊長が何故か緊張したのがわかった。
 山本副隊長が問う。
 「松本副隊長、お主はどうじゃ?」
 「…皆様が認めるのでしたら、私如きが口に出来ることではありません。」
 松本副隊長の瞳は不安と期待に揺れていた。垣間見えるのは喜悦だろうか。
 ゆっくりと山本総隊長が笑い、俺に言った。
 「では日番谷第三席。お主を、十番隊隊長に任命する。」
 そこで俺は漸く、去年の山本総隊長の行動の真意を理解した。
 手渡されて掴んだ強さの象徴たる羽織は、呆気ないほど軽かった。










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