暗がりへ引き込まれ、項に男の吐息がかかった。次いで耳朶を這う舌の感触に、ギルガメッシュはぶるりと身を震わせた。
今回で何度目になるのだろう。与えられる快感にギルガメッシュは荒い息を吐きながら、ライダースーツの下のシャツを寛げようとする背後のアーチャーを一瞥した。
無理矢理奪われたあの日から、連日のように、ギルガメッシュはアーチャーと身を繋げていた。聖杯戦争の最中ということもあり、一日くらいは取り止めたかもしれない。報復以外の何かを期待していたわけでもないが、日が暮れてから冬木海浜公園へ足を運ぶと、そういう流れになった。
腹立たしいことに、アーチャーは巧かった。どの“時空”で知り合ったのか、定かではないが、ギルガメッシュの良いところを隈なく知り尽くしていた。
アーチャーの手練手管に、ギルガメッシュは陥落しかけていた。元来、ギルガメッシュは享楽的に出来ている。あの凌辱も雰囲気を盛り上げるための一環と思えば、溜飲が下がった。そういうのも、嫌いではない。
ギルガメッシュがアーチャーに対して、本気の殺し合いを仕掛けたのは、3回目までだ。4回目から、二人の間で、何かが変わってしまった。もしかすると、太陽の下でセイバーたちに微笑するアーチャーの姿を見てしまったからかもしれなかった。
アーチャーの手がギルガメッシュのものへ伸びる。ギルガメッシュは自分を肉欲で絡め取ろうとするその手を制した。アーチャーが眉根を寄せ、目で問いかけて来る。強姦のような真似をしながら、無理強いをしなくなったアーチャーに、ギルガメッシュは薄く笑った。以前のアーチャーであれば、ギルガメッシュの意志など気に留めなかっただろう。
ギルガメッシュは立ちあがり、膝へついた砂埃を払った。
冬木海浜公園で待ち合わせて、セックスに興じる。決して示し合わせているわけではないが、結果的にはそうなっている事実に、ギルガメッシュは自嘲の笑みをこぼした。まったく我がことながら、このような素性も知れぬ者相手に、気紛れが過ぎるというものだ。
とはいえ、酔狂も悪くはない。
ギルガメッシュはジャケットのポケットへ手を入れて、不審がるアーチャーに顎をしゃくってみせた。
「来い。ここは、身体が痛くなる。」
言い捨てるなり歩き出したギルガメッシュに、アーチャーは決心がつきかねているようだ。
罠の存在は疑って当然だ。これで迷わず付いてくるような浅慮の輩であれば、ギルガメッシュは凌辱を許すこともなく、殺していただろう。
無論、ギルガメッシュは報復を諦めたわけではなかった。
あの昼間の邂逅で、ギルガメッシュは気付いたのだ。アーチャーにとって、この聖杯戦争は辛い出来事の一つに違いない。
ギルガメッシュは僅かに首を傾けて、腹を括ったらしいアーチャーに微笑みかけた。
「安心しろ。貴様を殺すつもりはない。どうせ寝るならば、温かなベッドの上の方が良いだろう。」
アーチャーは目を眇め、ギルガメッシュを見つめ返した。ギルガメッシュの真意を確かめようとしているらしい。ギルガメッシュは唇を歪めて、前方に向き戻った。
嘘を吐いたつもりはない。王が虚言を吐くなど、見苦しいだけだ。
口外したとおり、ギルガメッシュにはアーチャーを殺す意志はなかった。むしろ、アーチャーだけを生かすつもりだった。
命の対価に全てを奪われたアーチャーがどんな顔をするのか、ギルガメッシュには今から愉しみだった。
ギルガメッシュがアーチャーを招いたのは、新都心近くの一等地に建つマンションの最上階だった。
カーテンの取りつけられていない大きな窓は、新都心に面していた。煌びやかな眺めが気に入って、このマンションを購入したのだ。
足を踏み入れてすぐさま、アーチャーは部屋に生活臭がないことをいぶかしんだようだが、昨日購入したばかりなのだから当然だ。冬木教会から移り住む予定もない。ギルガメッシュはアーチャーの警戒心を労って軽く嘲笑うと、ライダースーツを床へ脱ぎ捨てた。
ここには、キングサイズのベッドがあった。“黄金の京”には、誇るべき極上の酒が収納されている。
あとは―――。
ギルガメッシュは全て脱ぎ捨てると、アーチャーへ嫣然と微笑みかけた。紅い目は、これから与えられる悦楽に陶然と蕩けている。
アーチャーが諦め悪く嘆息してから、晒された象牙の肌へ手を伸ばした。ベッドへ押し倒されながら、ギルガメッシュは愉悦への期待に笑い声をあげた。
あとは、最高のセックスさえあれば、不満などあるはずもなかった。
これまでは野外ということもあり、それなりに体力を温存させられていたらしい。
身を焦がす情欲に一端きりがついた頃、ギルガメッシュはアーチャーの身体を押し退け、ベッドサイドへ手を伸ばした。アーチャーの巧緻を極める愛撫に、いまだ腰が震えている。ギルガメッシュは興奮から唇を舐めた。男女問わず数多の人間を虜にしてきた身体が、初めて、籠絡されようとしていた。
口外したとおり、ギルガメッシュにはアーチャーを殺す意志はなかった。むしろ、アーチャーだけを生かすつもりだった。
それは報復としての助命だったが、そのうち、セックス目当てで殺せなくなるかもしれなかった。
ギルガメッシュは掴みあげた鍵を、アーチャーへ放った。
「マンションの鍵だ。今度からはそれを使って、ここに来るが良い。」
口を開いて反論しかけるアーチャーを、ギルガメッシュは鼻で嗤った。
いささかイレギュラー要素を含むとはいえ、アーチャーの存在は、サーヴァントの範疇にある。マスターの魔力消費を抑えるため、霊体が基本だ。
アーチャにとって“占有”が難しいことなど、ギルガメッシュにもわかっていた。
「愚かな、少しは頭を使ってみたらどうだ。貴様の贋作者としての“スキル”…いや、“起源”か?“投影”は、何のためにある。こういうときのためだろう。」
ギルガメッシュがスキルを指摘してみせても、アーチャーは驚かなかった。やはりいずれかの“時空”で、ギルガメッシュはアーチャーと私怨を抱かれるに足るだけの関係があったらしい。
ギルガメッシュの詮索をはぐらかすように、アーチャーが肩を竦めてみせた。
「少なくとも、合鍵を作るためではないと思うが。」
「王に減らず口は叩くものではないと、その身をもって教えてやろう。」
傲岸に跨って来るギルガメッシュへ、アーチャーが好奇の眼差しを向けた。ずいぶん癪に障る、余裕な態度だ。もっとも、それもいつまで保つか知れたものではないが。
ギルガメッシュは再び唇を舐めると、甘い吐息を漏らしながら、アーチャーのものへ腰を落としていった。
アーチャーの余裕が剥がれるさまが、今から見物だった。
初掲載 2012年3月26日