ランサーにとって、土曜は、週に一回の安息日だ。
教会の主である言峰は、大抵、土曜に何らかの会合があり、加えて、翌朝に説教を控えているため、リビングに姿を見せる事態は稀である。もう一人の同居人であるギルガメッシュはといえば、週末は遊び歩いていて帰って来ること自体が少ない。そんなわけで、任された仕事を粛々とこなしてしまえば、後は自由行動だ。
その日も、ランサーは一升瓶片手にバラエティ番組を眺めていた。毎夕何くれとこき使われ、休む間もない幸運Eにとって、何もしないで良い時間は、金にも勝るものがある。ぬくい炬燵で身を休め、酔いに任せて、何とはなしにぼんやりしながら、うつらうつらする。そんなちっぽけな幸せだけで、ランサーは翌日から襲い来る不幸にも耐えられる気がするのだ。
だが、そんなランサーの幸せなひとときを邪魔したのは、例によって例のごとく、同居人であるギルガメッシュだった。
「綺礼め、まったく話にならんわ!我を誰だと思っている、王の中の王だぞ!」
ぷりぷり怒りながら姿を現したギルガメッシュに、ランサーはいささか気鬱のうちに、そっと溜め息をこぼした。折角の安息タイムも、これで終了だ。
声を大にして言峰を薄情者と罵りながら、コートを壁へ投げつけるギルガメッシュは、外で少し飲んできたようだ。もしかすると、言峰とデートでもして来たのかもしれない。ランサーは、言峰がギルガメッシュに手を引かれ寝室へ赴くことが間々あり、時には朝まで滞在し続けている事実を知っていた。あんな鉄面眉で生真面目な男が、夜は豹変するとも思えないから、ギルガメッシュが執心していて朝まで離さないのだろう。何せ、前のマスターを裏切って、言峰に鞍替えしたくらいなのだ。惚れているに決まっている。
そんなギルガメッシュが、言峰に怒っているようだ。とすれば、とばっちりで、また、無茶苦茶を言われるに違いない。
こういうときのランサーの心境は、童話のシンデレラに近い。とはいえ、幸運Eという点では、ランサーはシンデレラに違いなかったが、一方でそれはミスキャストでもあった。なぜなら、意地悪な姉ポジションのギルガメッシュこそが、シンデレラもかくやという美貌を備えているからである。
きっとその女神は男遊びに食傷気味であったに違いないが、愛欲の女神の視線を釘づけにしただけのことはある。インゴットのような豪奢な金髪に、地中海のぎらつく太陽を思わせる艶やかな美貌。どこか危うさを孕んだ柔らかな肢体。惜しみなく晒される象牙の肌には、しみひとつない。
これで、性格さえ良かったなら、とは、言わずにおこう。神は二物を与えず、ということわざもある。
これぞ幸運Eの力か。不運にも好みどんぴしゃりで一目惚れした女が、こんなアホなどと、誰が思うだろう。再び自分への憐憫から溜め息をこぼすランサーに気付いたギルガメッシュが、眉をひそめた。
「何だ、辛気臭い。折角、我が貴重な時間を雑種のために割いてくれようというのだ。もっと喜んだらどうだ。」
良いから構わないで、このまま放っておいて欲しい。
しかし、そんないじましい願いにもかかわらず、ギルガメッシュは白い背中を晒してブイネックのシャツを脱ぎ捨てながら、ブラくらいつけろよと呆れながらも盗み見に忙しいランサーへ、爆弾を投下した。
「言峰がしたがらぬから仕方ない。今宵の夜伽は貴様に言い付ける。励めよ。」
ランサーの邪な視線に気付き、ギルガメッシュが眼光鋭くする。
「…………は?」
思わず聞き返すランサーへ、ギルガメッシュがシャツを投げつけた。あと少しでぽろりする、という瞬間の出来事だった。
そんなこんなで寝室へ誘われはしたものの、勿論、ランサーの胸中は微妙だった。
ベッドには、シャワーを浴びたばかりで濡れ髪の美女が、湿気を吸い張りつくパジャマ変わりのワイシャツ一枚で横たわっている。酒臭いのは嫌だから、とシャワーと歯磨きを命じられてようやく寝室へやって来たばかりのランサーには見えないが、反対側を向いて、携帯でも弄っているのだろう。時折、くぐもった笑い声が響いた。
言峰の代わりに、ヤるか。
言峰の代わりでも、良いのか。
侵入した気配には気付いていたのだろう。気配を殺しているつもりもない。にもかかわらず、押し黙ったまま、近寄る気配のないランサーにいぶかしんだらしく、ようやく、ギルガメッシュが携帯から顔をあげた。いつになく固い表情のランサーに首を傾げるさまは、悔しいが愛らしい。
ギルガメッシュが身体を起こし、身を乗り出した。シーツの上へこぼれる黄金の髪と、日の目を見ることのない内股に欲情をそそられ、ランサーは生唾を呑んだ。
「どうした。貴様、王を待たせる気か。」
肌蹴たワイシャツから、胸の谷間が覗いている。思わずくらりと来たものの、辛うじて踏みとどまり、ランサーは固い口調で問いかけた。
「…何で、俺なんだよ。」
「ふん、貴様しかおらんからに決まっている。何でも良い。我の有閑を潰せ。」
「俺が黙って言峰の代わりになると思ったら、間違いだぞ。」
「貴様に言峰の代わりが務まるとでも?対極にある貴様らを比較するなど、馬鹿のすることだ。まったく、くどい。」
呆れたように、ギルガメッシュが手をひらりと振った。
「王に二言はない、手段は問わん。精々我の無聊を慰めよ。」
端からお前には期待などしていない、とでもいう風な態度に、かっと頭に血が上った。ランサーはベッドへ乗り上げ、ギルガメッシュを押し倒した。ギルガメッシュの手から落ちた携帯が、床の上を滑っていった。
「その言葉、忘れんじゃねえぞ。」
言峰の影など払拭してやる。
興味深そうに見上げて来るピジョンブラッドの目に、込み上げて来る自己嫌悪を無視して、ランサーは乱暴にワイシャツの釦を外した。そのうちの一つが引き千切れ、どこかへ飛んでいく。それを視界の端に捉えながら、ランサーは豊満な乳房にむしゃぶりついた。愛らしく膨らんだ乳首へ吸いつき、甘噛みし、犬のように舌を這わせる。ぬめる舌の感触に、ギルガメッシュが声を上げた。
「え、何だ、え…?」
「二言はねえって言っただろ。良いから黙って付き合えよ。」
言い捨てて、ランサーは自らギルガメッシュの口を塞いだ。いくら最強のサーヴァントとはいえ、宝具を用いなければ、多少腕力のある女にすぎず、「ランサー」の相手ではない。片手で両手を束ね、抵抗を封じ、僅かに開いた唇へ舌を差し込み、首を傾げ、逃げて誘う舌へ舌を絡める深いキスをした。
空いている手で乳房を揉みしだき、太腿で股の間をゆっくり擦り上げる。びくんとギルガメッシュの内股が震えた。頬は僅かに赤みを帯び、蕩け始めた目が、ランサーの愛撫に感じている事実をものがたっている。唇から耳の後ろ、首筋、鎖骨、乳房、へそと、ランサーはキスを下方にずらしながら、ギルガメッシュから理性を剥ぎ取る行為に没頭した。
そうすると、手の拘束が邪魔になる。
「……ああ、めんどうくせえな!」
いずれにしても、善がる女の腕力で屈強な男をどうこうできるはずもない。それに、キスし続けるためには、体勢的にきつかった。ランサーはギルガメッシュの両手を解放し、代わりに、むっちりした白い太腿をベッドへ固定し、秘められた部分を露わにさらした。
身を捩り、キスから逃げようとするギルガメッシュの花弁を、人差し指と中指で割り開く。産毛程度の黄金の下生えしかないので、遮蔽物など何もない。すでに溢れ出している蜜で糸を引くそこは、外観は濃いピンクだが、中はガーベラを思わせた。つんと自己主張する肉芽を鼻先で擦りながら、尖らせた舌でねぶる。
「ぅあ、や、雑種、っ。」
舌足らずに泣き声めいた声で、ギルガメッシュが呻く。
「…俺の名前は「雑種」じゃねえ、せめてランサーって呼べ。」
吐きかけられる息すらも快感に変換されるのか、肉厚の花弁が震える。愛する男相手でなくとも、この淫乱は濡れるのだ。ランサーは小さく自嘲めいた笑みを零し、じわりと滲み出て来るギルガメッシュの愛液を啜り取った。幸せで、同時に、これ以上なく惨めだった。
ランサーは唾液で濡らした中指を差し入れ、無遠慮に擦り上げた。熱いここへ己の雄を埋めたらどれだけ気持ち良いだろう。内股を細かく震わせて高みへ昇り詰めていくギルガメッシュが、ランサーを引き剥がそうとして、その髪へ指を絡めた。だが、それも力ないものだ。柔らかなその痛みは、ランサーに興奮をもたらした。
肉芽を舌と唇で扱きながら、更に増やした二本の指で抽送を激しくしていく。
「あっあ、ああ、なに、っ、ふぁあ…!」
びくんとギルガメッシュの腰がのたうった。同時に、熱い飛沫がランサーの顔にかかった。硬直した身体がびくびく痙攣を繰り返し、ゆっくりと弛緩していく。イッたのだ。ランサーは顔の体液を親指で拭い取り、口へ含んだ。仄かに塩辛い。潮吹きするなんて、何て好色な躯なのだろう。ランサーは己の中で膨れ上がる欲望と怒りに、舌打ちをこぼした。もう我慢できなかった。
スウェットごと下着を脱ぎ捨て、勢い良く飛び出た男根をギルガメッシュの半開きの柔らかな唇へ押し付ける。
「おい、舐めろよ。」
「ん、ふ…っ。」
青臭い臭気に、ギルガメッシュが僅かに顔を背けた。先走りが銀糸となり、ギルガメッシュの唇と先端を繋げる。ランサーは先端でギルガメッシュの唇をなぞりあげながら、もう一度だけ、言った。
「なあ、舐めろって。お前だって舐められて気持ち良かっただろ。俺にも少しは良い思いさせろよ。」
すんとギルガメッシュの鼻が動き、唇から白い歯列と紅い舌が覗いた。グロテスクな外観のそれに、気難しげに眉根が寄せられる。その目に逡巡が浮かぶのを見てとったランサーは、ゆっくりと、けれど強引に、雄を口内へ押し込んだ。迷う素振りを見せるくらいだ。噛み切られることはないだろう。
張り出た部分で口蓋をくすぐるようにして、緩慢に腰を振る。息苦しさに誤って噛まれることがないよう注意を払いながら、ランサーはギルガメッシュに奉仕を強要した。言峰には、してやったこともないのだろう。それとも、してやることもできないほど、言峰の夜のスタミナがないのか。もしかすると、言峰がいつもギルガメッシュにつれない態度なのは、年齢でスタミナ不足を実感しているからかもしれない。
言峰にばれれば瞬殺されてもおかしくないような失礼な余所事を考えながら、ランサーは腰を揺すり上げた。
「んっ、ふっ、んんっ、ふ、んふぅ。」
明らかに不慣れとわかる仕草で尻を揺らして、ギルガメッシュがランサーのを口いっぱいに頬張る姿は絶景だ。ぎこちない愛撫が、かえって、興奮をあおる。
玉がせり上がる。ランサーはぶるりと身を震わせて、ギルガメッシュの温かな口内へ吐精した。今回の聖杯戦争に召喚されてからずっと溜め込んできただけあって、自分でも驚くほど長い射精だった。少しでも長く快感を得たくて、奥まで押し込む。
すると、気管へ入ったのか、ギルガメッシュが咽た。
「げほっ、は、けほけほ、はあ、はあ。」
身を震わせて咳き込むギルガメッシュに、血の上っていたランサーは少し平常心に近付いた。
「わ、わり、大丈夫か?」
咽続ける薄い背を撫でてやる。横目に見た、目に涙を浮べ、唇はおろか、鼻からも唾液交じりの精子を垂らすギルガメッシュは、ものすごく、そそった。
だが、そこで無情になれるなら、ランサーもこんなシンデレラポジションに甘んじていない。ランサーは慌てて枕元のテッシュを取り、ギルガメッシュの鼻先へ差し出した。
「はい、ちーん。」
ギルガメッシュが歯を食いしばる。
「…子供扱いするな!」
「良いから、鼻噛めよ。ほら、ちーん。」
「くっ…かような辱め、貴様、覚えていろよ…!」
「うう、生臭い…くそっ。」
ぐずぐず文句を言いながら、ギルガメッシュが鼻を噛む。それを見届けたランサーは、満足感から大きく頷いた。この面倒見の良さは、もはや病気である。
丸めたティッシュを少し距離のあるごみ箱へ捨てに行き、帰って来たランサーを、ベッドの上のギルガメッシュは不審そうな面持ちで見守っていた。まだ息が整わないのか、肩が微かに上下している。釦の千切れたシャツは肌蹴きり、しわくちゃで、辛うじて肘に引っかかっている状態で、大きく無遠慮に開かれた足の付け根は、性急な愛撫に充血し、濡れそぼっているのを見て、ランサーは吐精したばかりの己がまた固く張り詰めるのを感じた。
欲を覚え強請るルビーの目に、淫蕩に上気した頬。僅かに開いた唇は、キスのせいで赤く腫れている。また無体を働かれるのではないかとギルガメッシュの強張る背中を撫ぜ、額や頬に汗で張り付いた髪を取り除けてやる。ランサーは、こんなに美しい貌が隠れてしまうのは忍びなかった。
「…悪かったな。」
きっと、言峰とは、古来日本人の奥ゆかしいセックスしかしていないのだろう。それなら、ギルガメッシュがこんなに初な反応なのも頷ける。現金なもので、ランサーは気を良くして、ギルガメッシュに優しくキスをした。
「絶対良くするから、俺に任せておけって。な?」
上唇を啄ばみ、肉感的な舌唇を吸いあげる。ランサーは息苦しさに開かれたギルガメッシュの口を上向けさせ、逸らされた背を焦らずベッドへ押し付けた。キスに翻弄され、自分の体の下でぎこちなく身悶えする肢体をまさぐりながら、大きく足を開かせ、しとどに濡れた花弁へ怒張した自身を擦りつける。
「ぁ、んんっ、ふっ…!」
ランサーの愛撫に、花弁がはくはくと震えて応える。
すぐに、ギルガメッシュの太腿は、溢れ出る愛液とランサーの先走りとでべとべとになった。これだけ濡れていれば、何も問題はないだろう。ランサーはのたうつギルガメッシュの腰を固定すると、ゆっくり先端をのめり込ませていった。
「きっついな…。」
ランサーはひとりごち、大きなものを押し込められる息苦しさに眉根を寄せて耐えるギルガメッシュの眉間へキスを落とした。ギルガメッシュは力の抜き方がわからないらしく、不要な力をこめて、ランサーの進撃を防いでいる。よほど、言峰のものはお粗末なのだろう。
それでもどうにかぬめりの力を借りて、先端を埋め込むが、一番太い部分が突っかかってそれ以上入らない。ランサーは内心困り果てた。眼下のギルガメッシュは顔を真っ赤にして、明らかに、力んでいる。涙で揺らめくルビーの目は、今にも零れ落ちそうだ。
これしきで音を上げるギルガメッシュを哀れに思う一方で、いまだかつて見たこともないギルガメッシュの健気な態度に、ランサーの雄が固さを増す。すぐにでも腰を打ち付けたい一心で、ランサーは震える肉芽を摘み、興奮に張り詰めた乳首を舐めてみた。
「ひぁ…っ!いっ、つ。」
快感を拾い上げた際、不要な力が抜けたらしい。ぬぷん、と勢い良く滑り込んだランサーの張り出た部分に、まるでえぐるように中を擦り上げられたギルガメッシュの腰が跳ねた。じわりと熱い体液が滲み出て来る。また、イッたのだろう。ランサーは小さく笑うと、汗で滑るギルガメッシュの腰を掴み、熱く誘う中へ一気に根元まで埋め込んだ。
あとは、ギルガメッシュの反応が良いところを突きつつ、欲望のままに腰を振るだけだ。
「はっ、あ、ギル、ガメッシュ、ふっ。」
室内に、肌を打ち付ける音が響いた。
「ん、んんっ、そこ、きもち、ぃ…ふっ。」
ランサーの抽送に、ギルガメッシュは身悶えして感じ入っている。止め処なく零れ落ちる涙に、身に詰るものを覚えて、ランサーは唇で掬いとった。かわいい。ランサーの背へ無遠慮に爪を立てていた腕が、首へと伸びる。もはや意味を為さない言葉ばかり吐いて出る口に、激しいキスでもって応じて、ランサーはからりと笑おうとした。
「お前っ、かわい、すぎだろ…。」
どれだけ俺を虜にすれば気が済むんだよ。
どうにか無理矢理ひねり出した笑みはぎこちなく、上滑って、消えた。
「らん、さあぁ、あ!ひぅ、らめ、あっ、なんか、きちゃ、きちゃう、きちゃう…!」
強くしがみつかれ、ギルガメッシュの乳房が形を崩す。その激しい鼓動に、ランサーは眩暈を覚えるほどの幸福を覚えた。誰でもない。自分が、こんなにも、ギルガメッシュを興奮させているのだ。
「や、やああ、ふっ、っんああああ!」
ひときわ大きく、ギルガメッシュの身体が跳ねた。同時に、子種を絞りとらんときつく締まる中に、限界を悟ったランサーは、最奥の子宮口へ先端を押し当てた。激しく震える腰を押さえつけ、欲をぶちまける。中で吐き出された熱に、ギルガメッシュの目が陶然と見開かれた。本能的に絡み付いてくる肉は、どこまでも貪欲だ。
やがて、その目は眇められ、嫣然たる笑みがギルガメッシュの口端に浮かんだ。蕩けそうな肢体をすり寄せて、ギルガメッシュがねだる。
「きもちぃ…らんさぁ、もっと…。」
その欲深い台詞に、ランサーは苦笑すると、再び腰を打ち付け始めた。
それから、気を飛ばしてしまったギルガメッシュの後始末をしていたときのことである。激しい行為に泡立ちながら中から溢れ出る精液をティッシュで拭いとろうとしたランサーは、思考が停止した。
充血しきった花弁から滴る白濁は、仄かにピンク色をしていた。無理矢理押し込めた際に、中が切れたのかもしれない。ランサーはそう結論づけようとしたが、それもままならないことに気付いた。
シーツに点々と残るこの赤いしみは一体…?
生理ではないはずだ。家事全般を担うランサーは、幸か不幸か、ギルガメッシュの周期も把握してしまっている。ギルガメッシュは、まだ周期ではない。だからこれは、生理のときの出血ではない。そこで、ランサーは頭を抱えた。受肉したせいか、ギルガメッシュには生理があるのだ。つまり、ギルガメッシュは妊娠が可能に違いない。何故、失念していたのだろう。こういう風に無頓着に中出しすべきではなかった。
ここまで来ると、流石のランサーも認めざるを得なかった。何やら、ギルガメッシュと言峰に対して、取り返しのつかない誤解があったようだ。ギルガメッシュは、おそらく、処jry
「ああああああやべえやべえやべえやべえ言峰に殺される……!」
そのとき、寝室の扉をノックする音が響いた。ぎくりとランサーの肩が強張る。
「…何だ、まだ拗ねているのか。入るぞ。」
扉の開く音が耳に届く。ええい、ままよ。ぎこちなく背後を振り向いたランサーは、いつもどおり無表情の言峰と対面する羽目になった。沈黙が下りる。先に口を開いたのは、言峰だった。手にはなぜか、世界の殺戮者大全を持っている。あれで殴られたら即死できそうだ。
「……この状況を説明してもらえないだろうか。」
寝乱れたシーツ、体液まみれの男女。明らかに事後と思しきランサーとギルガメッシュへ視線を走らせて、言峰が問うてくる。その地を這うような声に、ランサーは本能的な恐怖から背筋を伸ばした。
「あの…その…すまん。」
ランサーの言い訳を聞かず、言峰が眦を吊り上げる。
「貴様…私のギルガメッシュに手を出したのか?」
言峰の手の甲で、令呪が不気味な光を放った。一体どのような命を下されてしまうことか。青褪めたランサーはとりあえずギルガメッシュの裸体へシーツをかぶせると、潔く土下座して誠意を示した。
勿論、駄目だった。
翌朝、説教の直前。幸運Eのとばっちりで大人の階段を上ってしまったギルガメッシュがいない隙に、言峰が嘆息した。
「あれは快楽に弱い性質だ。一度味を締めてしまえば、性交に耽るだろう。だから、時臣師も私も、ギルガメッシュが無知なのを良いことに、そのままにしておいたというのに。」
次第に感情が高ぶって来たのか、言峰の手の中で十字架がねじ曲がった。言峰の背後の空間は、怒りのあまり、陽炎のように歪んでさえ見えた。全身包帯だらけのランサーは恐怖した。こんな鬼畜神父に勝てる気がしない。言峰が言う。
「できちゃった婚など許せないが、できてしまう前に結婚するに越したことはない。ランサー、責任を取ってギルガメッシュを娶れ。戸籍は用意してやる。その後、自害せよ。」
ギルガメッシュとの婚姻は、ランサーからしてみれば願ったりかなったりの命令ではあるが、舅が言峰だと思うと、単純に手を打って喜ぶわけにもいかない。しかも、何だ、その不吉な末尾は。ランサーは口ごもった。すぐさま、言峰の蔑視が飛ぶ。ランサーはわざとらしい乾いた笑声を立ててから、ある疑問を口にした。
「それで、お前らが寝室でやってたのって、何なんだよ。」
「寝物語を聞かせるために決まっているだろう。」
世界の殺戮者大全で、か?胡乱な眼差しを向けるランサーを、言峰がせせら笑った。
「そんなこともわからんのか、自害せよランサー。」
初掲載 2012年3月7日