さんさんと降り注ぐ陽光が気持ち良い。ここ数日雨だったため、溜まっていた洗濯物も良く乾くことだろう。思わず現実逃避しかけたランサーは遠い目をすると、言峰に痛めつけられた脇腹を突く指を叩き落とした。
ランサーがギルガメッシュと寝てしまったあの安息日から、半月が経った。容赦なく差し向けられる言峰の皮肉や嘲りはランサーの胃を多少傷つけはしたが、穴を空けるほどではなかった。
問題は、と、そこでランサーは叩き落とされた手を抱え込み、不満そうに頬を膨らませているギルガメッシュを一瞥した。問題は、昼夜場所を問わず、誘いかけて来るギルガメッシュにあった。実は半信半疑だったのだが、言峰の言うとおり、本当にギルガメッシュはこの手のことに関して無知だったらしい。世間一般では秘められてしかるべきことだという認識すらないまま、ランサーを誘うのだから、始末に負えない。
勿論、ランサーは狂喜した。最初の頃は。しかし、次第にそれを上回る言峰の蔑視と、まったく空気を読まないギルガメッシュの明け透けな誘惑に、居た堪れなくなってきた。ガチで何も知らない美女にあんなことやこんなことを教え込んでしまうなんて、何ということをしてしまったのだろう。他の者であれば胸熱なR18展開にも、誠実なランサーの胸は罪悪感と自己嫌悪でいっぱいになった。
「そのような雑事、他の者にやらせれば良い。もっと我を構わんか、狗。」
ちくしょうかわいい。構ってやりたいのは山々だが、今日洗濯物を干さずして、いつ干すというのか。ランサーは洗濯物を取り上げた。大体、こんなに洗濯物が増えたのは、ギルガメッシュのせいなのだ。シーツとか、タオルとか、下着とか。ランサーはシャツの裾を引っ張って来るギルガメッシュから顔を逸らし、努めて頬を緩めないよう己を戒め、この後の布団干しを固く決意しながら、ぶっきらぼうに返した。
「そのような雑事を俺がしなきゃ誰がするんだよ。あと、狗呼ばわりは止めろ。」
「家政婦でも雇えば良かろう。良いから、早く、我を興じさせよ。」
「昼間っから盛ってんじゃねえよ。つか、何回、そういうことは大っぴらに言うなっつったらわかるんだ…。止めろ、裾が伸びんだろ。」
駄々をこねてぐいぐい裾を引っ張るギルガメッシュの頭を、ランサーは軽く叩いてたしなめた。この半月で、ギルガメッシュは手に負えないほど愛らしくなった。構えと声高に命じる高慢なその態度も、今ではランサーの胸をきゅんとさせるだけだ。これならば、言峰の溺愛っぷりも納得できる。
ランサーのつれない態度に、ギルガメッシュがむくれる。
「何故恥じねばならんのだ。我のやること為すことに恥ずかしいことなどあるはずあるまい。」
誰か、ちゃんと性教育を施してやれ。ランサーは大きく溜め息をこぼし、膨れたギルガメッシュの頬へ手を当てて、真正面からじっとその美貌を覗き込んだ。
「良いか、良く聞け。あれは、十分すぎるほど、恥ずかしいことなんだ。いくら何でも、お前だって自分のあんな恰好見たら、絶対、わかるはずだ。誰にでもほいほいそう言うこと言ってたら、痛い目見るぞ。」
実際、持ち運の悪さを発揮して、ことごとく濡れ場を見られているランサーは、その度に言峰に痛めつけられている。
「ふん、この我がどこぞの雑種に痛めつけられようはずもあるまい。もっと理にかなった説明をせんか。」
それから、ギルガメッシュは腹立たしそうに吐き捨てた。
「貴様こそ、自分の面を見たことがあるのか。貴様ですら、あれほど恰好良くなるのだ。我が見苦しくなるはずあるまい。」
その一言に、ランサーはぽかんと口を開けて、ギルガメッシュを見やった。いたく機嫌が悪そうなギルガメッシュが、いくらヤりたいからといって、ランサーのご機嫌とりをしなければならない理由など一つもない。おそらく、先程の発言は本心から出たものだろう。ランサーは耳まで赤くすると、ギルガメッシュを掻き抱き、乱暴なキスをした。
それから1時間後、日曜の説教の前にギルガメッシュの様子を見に来た言峰は、洗濯籠に半乾きのまま放置されている洗濯物と、脱ぎ散らかされた服、その隣で、芝の上に寝転がりいちゃつくサーヴァント2人を見つけ、米神に青筋を作った。勿論、ランサーがぼこぼこにされたのは言うまでもない。
そういう経緯があり、今、ランサーは電気街に来ている。その腕には、言峰のそれとない勧めで首元の覆い隠せるタートルネックを着込んだギルガメッシュの姿がある。ギルガメッシュはランサーの腕にしがみつき、興味深そうに新商品コーナーを見回しては、財布からブラックカードを取り出してレジへ向かおうとするので、ランサーも押し留めるのに苦労していた。これ以上、教会内をギルガメッシュの私物で溢れさせてなるものか。
とはいえ、ギルガメッシュの暴走にも、ランサーの頬は緩みっぱなしである。あの安息日以来、ギルガメッシュはランサーを良い暇つぶしの相手と見定めたようだ。隙さえあれば、人様に言えない行為に移行しようとするのが考えものだが、ランサーは腕を絡めて歩くという恋人のような現状にしごくご機嫌だった。これで、後は、常識さえ兼ね備えてくれたら、言うことはないのだが。
ランサーは目的のコーナーへ着くと、歩調を緩めた。目的とする行為はあるのだが、それには、どれが一番適しているのか、ランサーにはさっぱりわからない。手持ちもそれほどない。手っ取り早く店員に聞いてしまおうという腹だった。ギルガメッシュが売り場を見て、首を傾げる。
「ビデオカメラ…?一体貴様は何を録画するつもりなのだ。」
「何って、ナニだよ。お前だって、自分で見たら、恥ずかしいことしてるってわかるだろ。」
内心、ランサーはこのような不埒な提案をしてきた言峰の真意を疑ってもいたのだが、だからといって、断らなければならない理由も思い浮かばない。きっと、誰よりもギルガメッシュのことを理解している言峰のことだ。これがギルガメッシュを思い留まらせる唯一の策なのだと、思いたい。それに、曲がりなりにもマスターの言うことだ。ランサーには固く拒むこともできなかった。ギルガメッシュが白けた視線を向け、鼻を鳴らした。
「はっ、馬鹿なことを申すな。まったく無駄足だったな。だが、我も丁度デジカメが欲しいと思っていたところだ。早くしろ、一番高いものを買って帰るぞ。」
「デジカメ買って、どうすんだお前?」
「ふっ、我の嫁と温泉地に外泊してくるのでな。」
「凛がよく許したな。」
「あの娘か…まとめて面倒見てやると言ったら、快く賛成した。これも我の仁徳のなせる技よな。」
「いや、明らかに金で釣ってるだろ。」
「……貴様、そういうことを申すと、連れていってやらんぞ。」
ギルガメッシュがむくれる。意外な発言に、ランサーはギルガメッシュを見やった。
「え、俺も連れていってくれんのか。」
「当然であろう。飼い狗の世話はしてやらぬとな。」
宣言通り一番高い商品の値札を取ったギルガメッシュの口端が、笑みの形に歪められる。嫌な予感を募らせるランサーへ、ギルガメッシュが絡ませた腕を放し、言い捨てた。
「まあ、良い。貴様は我との行為を撮影したいのであろう?となれば、早く実践あるのみだ。とっとと帰るぞ、狗。」
うわあ、そういうことは土下座して頼むから小声で言ってもらえないだろうか。周囲の好奇の眼差しを一心に受けながら、ランサーはさっさと歩き出したギルガメッシュの後を追った。温泉地へ連れていくのも、火照る体を鎮めさせるためだろう。簡単に想像がつくだけに、一刻も早く、ランサーはギルガメッシュの認識を何とかしなければならなかった。
そんなわけで、今、言峰が出払った隙を突いて、ランサーはギルガメッシュと共に撮影したビデオを観賞している。カーテンを閉め切ったせいで薄暗いリビングのテレビ画面には、犬のように尻を高々と掲げ、ランサーの肉棒を呑みこんでのたうつギルガメッシュの姿が映っている。いつもお高くとまった派手な美貌は、汗や涎でべとべとだ。あられもない嬌声が、否応なしに鼓膜を震わせる。
最初こそ、ソファに寝そべり、ランサーの太腿を枕にして観賞体勢に入っていたギルガメッシュは、僅かに顔を紅潮し、居心地悪そうに膝を抱え込んでいる。ランサーも、気まずかった。画面の自分は、うわ言のようにギルガメッシュへの愛を囁いている。まず、それが痛い。加えて、そんなつもりはなかったにもかかわらず、テントを張っている股間が、いろんな意味で痛い。
画面のギルガメッシュが甘くランサーの名前を呼びながら、首へ腕を回す。画面がぶれたかと思うと、それ以降は、天井の画像と激しくベッドのきしる音が延々と続いた。ぽつりとギルガメッシュが零した。
「か、かような雌狗のような態度、我ではない。我ではないぞ。」
激しく動揺しているのか、声が震えている。行為の甘ったるさに気が滅入るほど驚愕していたランサーには、全否定したくなるギルガメッシュの気持ちが良くわかった。確かに、ランサーはギルガメッシュのことが好きだ。舅が言峰でも良いかと血迷う程度には、熱を上げている。だが、それをこのようなビデオで赤裸々にする気は毛頭なかった。どんな辱めだ、これは。
それにしても、痛いほど張り詰めている愚息をどうしたものか。ランサーは股間のあまりの痛みに身動ぎした。窮屈なジーンズをくつろげたくて堪らなかった。こういうときこそ、例の強引な誘惑があってしかるべきだろうに、悔しさに唇を噛むギルガメッシュは不自然な沈黙を守っている。こっそりトイレで抜いてこようか。そのとき、ふとランサーは、ギルガメッシュがしきりに脚をもじつかせているのに気付いた。
「お前、もしかして…見てて興奮したのか?」
「さ、触るな…!」
真っ赤な顔で喚くギルガメッシュをソファへ押し倒し、足の付け根へ手を滑らせる。すると、案の定そこは糸引くくらい濡れていた。美味しい展開に、ランサーは笑った。
「まあ、お前にも、これが恥ずかしい行為なんだってわかっただろ。わかったら、あんまり明け透けに誘うんじゃねえぞ。」
触れてもいないうちからぷっくり立ち上がりかけている肉芽を愛でながら、ジーンズの前をくつろげる。屈辱に打ち震える眼下のギルガメッシュにキスを落とし、ランサーは性急に腰を進めていった。すでに十分すぎるほど濡れそぼったそこは、ランサーの太いものも難なく呑み込んだ。小さく喘ぎながら、ギルガメッシュが背を逸らす。毎回身を通じるたび、苦しそうにギルガメッシュの眉間へ寄せられるしわがランサーは堪らなく好きだった。
タートルネックを鎖骨までたくし上げ、曝け出された乳房に舌を這わす。最近、ギルガメッシュはタートルネックを着用する機会が増えた。原因を知りながらも、ランサーは堪えることができない。あちこちに紅い鬱血の花を咲かせながら、ギルガメッシュと共に高みへと昇っていく。
ここがリビングで、テレビにはビデオカメラが接続されたままで、言峰が帰って来るまで時間があまり残されておらず、明日の温泉旅行の支度もまったくしていない事実など、ランサーの頭からはすっかり抜け落ちていた。
「…金ぴか、あんた、まさか露天風呂に入る気?」
背後から投げかけられた凛の台詞に、服を脱いで脱衣所備えつけの籠へ放りこんでいたギルガメッシュは、首を傾げた。ランサーの必死の制止を振り切り、これからようやく温泉を堪能しようというのに、無粋な輩だ。
「温泉地に来ておいて、何を言う。勿論、入るに決まっておろう。」
ブラジャーを外し、ショーツを脱ごうとすると、後ろからバスタオルが飛んで来た。頭からバスタオルを被ったギルガメッシュは、何故か顔を赤くしている凛へ恨めしげな眼を向けた。この娘、無粋というより、無礼である。ギルガメッシュは眼光鋭く、凛を諭し始めた。
「何をする、雑種。貴様、よもや我の入浴を阻止するつもりではあるまいな。いや、何も申すな。貴様のような貧乳が己を擁護するものが何もない状態で我の隣に並べばどうなるかなど、我とて哀れに思わぬでもない。だが、我が嫁と戯れるのを阻止する権利は貴様にh」
「ギルガメッシュ。」
第三者の介入に、ギルガメッシュはそちらを振り仰いだ。入浴準備そっちのけで、大量の温泉まんじゅうと温泉卵を消費していたセイバーが、いつにない蔑視をギルガメッシュへ向けていた。思わず、ギルガメッシュはたじろいだ。愛する嫁にこのようなつれない態度をされるほど、傷付くことはない。もしかして、凛の貧乳を馬鹿にしたことでセイバーの貧乳すらも馬鹿にしたように受け止められてしまったのだろうか。どこぞの雑種の貧乳と愛する夢の貧乳が、同列に並ぶなどありえようはずもない。ギルガメッシュは声を大にして否定しようとしたが、セイバーに遮られた。
「凛の助言に従ってください。」
「セイバー!そんなに我と入浴したくn」
ギルガメッシュの的外れな発言に、怒りや恥辱で顔を真っ赤に染め上げた凛が呻く。
「…歯型。」
「?歯型がどうしたというのだ。」
「おっぱいに歯型がついてんのよ、この馬鹿っ!えっち!全身キスマークだらけじゃない!あんたなんて知らないんだから!」
「だから止めとけっつっただろ。自業自得だ。」
よほど腹に据えかねたのだろう。着付けの適当な浴衣を纏い、半裸のままぷりぷり怒ってやって来たギルガメッシュに、風呂上がりのランサーは呆れ交じりに言った。あれだけランサーが強く引き止めたにも関わらず、耳を貸さず、大浴場へ向かったのはギルガメッシュだ。自業自得でしかない。
「うるさい、貴様のせいで我はかような小さな部屋付きの風呂で我慢しなければならんのだぞ!もっと誠意を込めて謝ったらどうだ。」
「小さいっつっても露天だし、俺だってお前のせいで大浴場に行けないんだ。おあいこだろ。」
ランサーの言葉に、ギルガメッシュは怒りを込めて力いっぱい背中を叩いた。丁度引っかき傷のあるところだ。あまりの痛みに、ランサーは蹲った。その脇腹を蹴りつけて、ギルガメッシュが部屋備えつけの露天風呂へ立ち去ろうとする。
その足を、ランサーは掴んで引っ張った。勢い良く転んだギルガメッシュの身体を床へ縫い付けて、ランサーが言う。
「…お前、言いたいことがあるなら言えよ。」
「…、貴様に言うべきことなどない!」
「嘘吐け。文句の一つや二つあるんだろ。」
ランサーも馬鹿ではない。昨日のテレビ鑑賞からギルガメッシュの機嫌が悪く、風当たりが強いことには気付いていた。一時は、それも仕方のないことだと思った。だが、浴衣を肌蹴させ、考えなしに肌を晒しているギルガメッシュを見た途端、ランサーは頭に血が上った。自分のことを男として認めていないのか、他の男にもそんな風に肌を見せて何とも思わないのか。
顔を固定し、恋情と怒りが綯い交ぜになったキスをすると、ギルガメッシュが身を捩った。手は拒むように、ランサーの胸元へ当てられている。ランサーは暴れるギルガメッシュの身体を敷かれていた布団まで引っ張り、すでに乱れていた帯を解いた。
「何だ。もう濡れてんじゃねえか。」
ギルガメッシュの美貌が屈辱に歪む。ランサーはばたつく白い太腿を肩へ引き揚げ、自らも帯を解き、半ば勃ち上がりつつあったものをギルガメッシュの花弁へ幾度となく擦りつけた。否応なしに募る興奮に忙しなく上下する乳房を揉みながら、背けられる顔へキスの雨を降らす。ギルガメッシュは顔を赤らめて、ランサーの手慣れた愛撫に息を荒げていった。
いよいよ挿入という段階になって、部屋のインターフォンがなった。
『おーいランサー、俺たち街を見て来るけど、どうする?』
機械を通して聞こえて来るのは、士郎の声だ。傍にセイバーたちもいるのか、他愛もない会話が耳に届いた。ぎくりと身を強張らせるギルガメッシュの口を手で塞ぎ、ランサーがあっけらかんと返す。
「悪ぃ、俺はもう少し部屋でゆっくりしてるわ。」
『ははは、主夫も楽じゃないな。あ、それはそうと、ギルガメッシュの姿が見えないんだが、知ってるか?』
「ああ…、あいつなら不貞腐れて、風呂に入ってるよ。」
身の下で激しく頭を振るギルガメッシュに、意地悪くランサーが微笑みかけた。ぬるつく花弁を軽く突くように腰を押し付けて焦らす。いっそこのまま身を埋めてしまおうか。邪まな考えに囚われたランサーが先端を埋め込んで行くと、苦しげに身をくねらせるギルガメッシュに勢い良く指を噛まれた。痛みに思わず呻きそうになったが、幸い、士郎は室内の異変に気付かなかったようだ。
『そっか。ギルガメッシュにもよろしくな。携帯に連絡くれれば、場所教えるから。』
背後から、「ねえ、もしかして、ランサーといちゃついてでもいるんじゃないの?」「まさか。あれは神父がつけたものでしょう。ランサーがあんなことをするとは思えません。」「むしろ神父があんなことをするのが想像出来ないわよ。」「もしかしたら…街で適当に男を捕まえて遊んでいるのかもしれません。」「まさか、そこまで貞操緩くないでしょ。きっと。」「いえ、我々サーヴァントは魔力供給が必要ですから。」「ああ、そう……。」という赤裸々な女子トークが聞こえて来る。ランサーは凛の推測に苦笑して、インターフォンごしに士郎へ返した。
「わかった、伝えとく。」
『ランサーも気が向いたら来いよ。』
「おー。」
やり取りを終え、ふと眼下を見下ろしたランサーは激しく動揺した。口を押さえられて身を穿たれたギルガメッシュは、今にも泣きそうな顔をしている。流石に快感が原因とも思えず、ランサーが慌てて拘束を解き、解放すると、ギルガメッシュは顔を両手で覆い隠した。
「こんな…乱暴にされたこと、言峰にだってないのに…。」
「悪ぃ、その、こんな風にするつもりは、」
柄にもなくおろおろするランサーの謝罪も、今ばかりは効力を発揮しないようだ。
「ふ、らんさぁの、っく、ばかぁ。」
とうとうめそめそ泣き出したギルガメッシュに、ランサーは頭が真っ白になった。まさか、あのギルガメッシュが泣くなど、誰に想像出来ただろう。顔面蒼白になったランサーは、潔く土下座した。他に良案も思いつかなかった。
「ほんっと悪かった、俺に出来ることなら何でもする。だから泣き止んでくれ、な…?」
沈黙が下りた。ランサーには何にもまして恐ろしい沈黙だった。ギルガメッシュの泣き顔を見る勇気もなく、顔が上げられなかった。刻々と時間が過ぎていく。やがて、鼻を啜る音が聞こえたかと思うと、ぽつりとギルガメッシュが零した。
「…………たら。」
何と言ったのか皆目見当つかなかったが、問い返すことすら恐ろしく、ランサーは恐る恐る面を上げると、ギルガメッシュに視線で促した。すんと鼻を鳴らして、ギルガメッシュがのたまう。
「…優しくしてくれたら、許してやらんでもない。」
可愛らしいおねだりに、ランサーは思わず口から血塊を吐きそうになった。更にきゅんとさせるようなことを、ギルガメッシュがすんすん言いながら続ける。
「気持ち良くないと駄目だぞ。承知しておるな。」
ランサーは大きく頷いた。それから、いまだ不安に慄く唇へ優しくキスを施すと、いつも以上に努めてギルガメッシュを快楽へと追い立てた。ここが自宅ではなく、友人たちと旅行に来た宿なのだという認識は、ランサーの頭からすっかり抜け落ちていた。
勿論、そんなことをしてしまえば、布団の状態から二人がどんな関係なのか、周囲にもばれるに決まっている。その後遊びにやって来た凛やセイバーにからかわれたギルガメッシュの機嫌が急下降し、ランサーは一人戸外で寝させられることになるのだが、それはまた、別の話。
初掲載 2012年3月11日