そもそも佐助と政が出会ったのは、佐助が情報収集に長けた探偵で、一方、政が探偵も利用するような効率の良さを重視した刑事だったからで、正直、最初のうちは仕事上の付き合いしかなかった。
そんな関係が変化を見せたのは、佐助の世話になっている真田の次男坊幸村が政の下に配属され、幸村によって仕事以外の付き合いも巻き込まれるようにしてさせられるようになったせいだった。居酒屋に一緒に行くなどして佐助自身実際にわかったためでもあるが、それ以上に、幸村が政のことをべた褒めするものだから、佐助も政に好印象を抱くようになり、そうなってしまえば話は早かった。佐助は政に頼まれれば無償で仕事を引き受けるようになり、あるいはそれは二人きりの食事が引き換えだったり、本当に頼まれる前に慈善的にこなしたりと、どんどん仕事と私事の境界が曖昧になっていった。それはビジネスライクな佐助にしては珍しいことだったが、自分が情に篤いことも承知していたからこそ今まで佐助が客との接触を最小限に抑えていたことも考慮に入れれば、何ら不思議ではなかった。
そういうわけで佐助と政の二人きりで会うことが増え、それが回を重ねていくうちに、二人は恋人という枠に丸く納まった。
幸村はまだ、このことを知らされていない。
別に幸村が政のことを異常に慕い好いているからといって、それが恋というようなものではなく、むしろ犬が飼い主を想うようなものであることを察している佐助にしてみれば、衝撃は受けるかもしれないが傷つきはしないだろうから教えても良いのではないかと思いもするのだが、政が嫌がった。部下の前では格好良い上司で居たいらしい。可愛らしい、プライドの高い政らしいと言えば政らしい答えに、佐助は思わずニコリと笑って政の額に口付けを落とした。
しかし、恋人としての付き合いも1年に及び、佐助的には結婚という新たな関係の構成も考慮に入れるようになり、流石に親御さんに挨拶に行こうという話になった。そうしてようやく、佐助の実家代わりの真田家に佐助が政を引き連れ挨拶に向かったことで、幸村は佐助と政の関係を知ることになったが、佐助が思っていた通り最初こそ衝撃を受けた様子だったものの、めでたいことだと一家総出で祝福された。
そんなこんなで、今日、佐助が政に連れられて訪ねることになったのは、政が大学に上がるまで過ごした父方の実家だった。弟とこそ細々と連絡を取り続けているらしいものの、離婚した際に母方とは縁を切られていることを知らされていたから、佐助はそのこと自体には特に何か思ったりはしなかった。ただ、高校以来の帰省だという政の言葉に、父も既に亡くなって久しいというしそれもしょうがない話かもしれない、と胸を痛めた。
しかしそれは、実際に佐助が政の実家に辿り着くまでは、という非常に限定された期間の話だった。
「な、何コレ?」
佐助の言葉に政は長い睫毛を瞬かせて、何を今更という風に尋ねた。
「何、って。俺の実家に行くって今まで話してたんだから、当然俺の実家に決まってんじゃねえかよ。」
「え。あ、うん。」
佐助は呆然と、その「実家」の門前に立ち尽くした。東京から仙台まで距離があることもあって、一泊用の衣類や手土産が詰まった鞄がやたらと重みを増した気がするし、着慣れないなりに親御さんへの挨拶ということもあって着込んでみたスーツの首元が更にきつくなった気がした。勿論、それは単に気のせいだ。要は、佐助の気持ちの変化が反映されただけにすぎなかった。
「コレ、が、実家?」
佐助は確認の意味も込めて、そして少なからず希望も託して政に問いかけた。正直言ってしまえば、佐助も、仙台駅に政の実家から来た迎えがベンツだった時点で何となく嫌な気はしていたのだ。探偵という職業に就いていなくても、流石にそれは気付くべき点だった。そういえば酔っ払っていたからあまり記憶にないが、真田に言った折、政の所作や礼儀作法を、幸村の祖父である信玄や父である昌幸がとても褒めて、その後「伊達というと、もしやあの」みたいな感じで話が進んでいたような気がした。佐助は酔っていたからあまり記憶にないし、同じく酔っ払い分別を失った幸村とその母に根掘り葉掘り政とのことを尋ねられ、対応に困っていたから全然覚えていないが、確かにそんな話が進行中だった気がした。
段々色々思い出して青褪めてきた佐助に、政は無情にも頷いた。
「そう。これが俺の実家。」
それは、佐助の認識が誤っていなければ、武家屋敷だった。
ベンツで乗り付けた門はいかにも高そうな太い木で立派に構えられていて、そこには確かに「伊達」という墨書きの表札がかけられていた。門辺から植えられている青々とした木々の奥には、品良く庭が整えられ、そこから微かに覗く黒っぽい家は明らかに高そうで何処かで展示されていても不思議ではなかった。広大な土地は私有地らしいが佐助にはどこまで続いているのか検討もつかないし、話によれば裏の大きな山も政の実家のものらしい。敷地内には、道場まであるという。
「…あの、伊達さんのご実家は何をなされていらっしゃるんですか?」
「なんで急に敬語なんだよ…。」
政は苦笑して、一言「言ってなかったっけ?」と置いてから言った。
「剣術とか、まあ、日本系武術系流派の本家。今は警察とかの武術教育したり、細々と継続中。何とかそこそこやってんじゃねえの?よく知らねえけど、たぶん。」
(それは細々とかそこそことは言わないよ。)
細々などという形容詞ではとてもベンツは買えないだろうし、警察御用達になれないだろうと佐助は思ったが、口にすることはなかった。それは決して政を憚ったからではなく、政が佐助の様子に首を傾げはしたものの、何か勝手に納得したらしく早々に門の中へと歩き出してしまったからだ。
置いていかれて堪るかと佐助は政の後を追った。ここで置いていかれたら、絶対に中に入る自信はなかったし、また入れてもらえるとも思えなかった。
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