第一話 モノクロの海に漂う   学校パラレル


 「政ちゃん、俺様、海見たい!」
 「ちゃん付けすんじゃねえよ。伊達先生って呼べ。」
 「わかったから海!ねえってば。」
 「あーもー、わかったよ。」
 佐助がどうしてもと、珍しく年相応の子供らしさを見せたので、政は愛車を海へ向かって走らせた。余裕をもって学校を出発したため、待ち合わせにはまだまだ余裕があった。市内を観光するには物足りないが、海を見るには十分すぎるほどの時間だった。
 車道脇に車を止めて、政は車から降りると大きく伸びをした。後ろからも同様に降りた生徒たちが、海を見てはしゃいでいる。勿論政はここまでの長距離を延々と運転をしてきたわけだし、疲れていて当然なのだが、10代と20代の差を見せられた気がして小さく溜め息を吐いた。こういうときむやみやたらと自分は年を取ったと思わされる。
 「海月に刺されるから、入るんじゃねえぞ。」
 「わかった!」
 はたして本当にわかっているのか定かではない、けれど元気の良い返事に政は苦笑すると、ジャケットに押し込めていた煙草を取り出し火をつけた。生徒たちが帰ってきたら、消さなくては。主流煙よりも副流煙の方が体に害が及ぶことは、もはや常識だった。ゆっくりと惜しむように煙を吸う。夏の盛りを過ぎた海は、急速に秋から冬へと近付きつつあった。黒っぽい日本海に、大西洋と太平洋の傍で育った政は同じ海でありながらこれほどまでに違うとは、と小さな感動を覚えた。
 今回政がわざわざ休日を返上して、幸村、佐助、かすがの3人を引率して新潟に来たのは、他でもない上杉の頼みだった。
 「じょしせいとをひとりだけつれていくのは、もんだいでしょう。それで、いんそつにじょせいのかたがほしいのです。」
 メンバーは、教師は上杉と武田、生徒は幸村と佐助とかすがだと言う。確かに男の中に女の、それも教師ではなく生徒が一人というのでは、例えどれだけかすがが望んだとしても親の許可が下りないだろうと政は思った。上杉は学年主任で、教育実習生である政の担当教官でもある。それに政も子供たちが可愛くないわけではなかったから、引き受けた。
 上杉は武田と、先に実家の方で合宿の準備をしているはずだ。今日は丁度秋祭りだというから、実家の寺の方の用事もあるのかもしれない。実家が寺というのも大変だよな、と政は煙をくゆらせた。勿論、それだって政の殺伐とした実家に比べれば、大した問題ではない程度なのだろうけれど。
 視界の端で、幸村が盛大に海に倒れこんだ。頭からは水びだしの様子を指差して、ゲラゲラと佐助が笑っている。それに対し、幸村が何か叫んだ。生憎と距離があって、幸村が何を言ったのか政にはわからなかった。だが、その後すぐさま佐助が幸村に引き込まれて海に倒れたことだけは、政にもわかった。二人から少し離れた後ろで、かすがが何か言っている。
 「…あれだけ海には入んなっつったのに。」
 タオルははたして車に積んであっただろうか。なければ、政の愛車が海水でベタベタに汚れるだけだ。新幹線も面倒だし生徒たちには高い出費になるだろうと自分の車で連れてきたのは間違いだったのかもしれない、と政は酷く後悔した。










>「第二話」へ


初掲載 2006年12月5日