第二話   学生パラレル


 両親が離婚した身とはいえ、両親はそもそも幼なじみで、しかも現在双方共に隣家同士の実家住まい。そういうわけで、息子である小太郎と佐助には何の別れも不満もなく、高校も一緒ということもあって、日々を一緒に過ごしていた。
 朝の暖かい日差しの中に眠気を誘われ、べらべらと話す佐助の隣で小太郎は小さく欠伸をかみ殺していた。平凡な小太郎だが、無口を通り越して双子の弟の佐助ですら話すところを見たことがないという鬼才(?)を持っている。生まれた直後から一度も泣こうとはせず、産んだ母も看取った医者も世話をした看護婦も戦々恐々としたらしいという逸話まである無口っぷりだ。一方、双子の佐助は、そんな兄の分まで騒々しさを奪い取ったかのように泣きしゃべり騒ぎ、あまりの騒々しさに母も医者も看護婦も辟易したという、これまた微妙な逸話がある。
 そんな双子と共に育った幼なじみのかすがは、慣れたもので、話しかける佐助をものともせず適当に返事をしながら歩いている。かすがは自分たちのことを、どう思っているのだろう。小太郎は眠たい目を長い髪の下で瞬かせつつ、ぼんやりと思った。
 そのとき、米粒大の何かを発見し、かすがは悶えると同時にハートを振り撒きながら光の速度で駆け出した。
 「あっ!謙信様っっ!!!」
 「あ、かすがって。」
 「…。」
 たぶん、どうも思っていないだろう。想い人に伸ばした手が空を掻いた弟に同情しつつ、小太郎はひっそりと溜め息を吐いた。ああ、日差しが本当に暖かい。縁側で日向ぼっこでもしつつ、丸くなって寝たい。
 「佐助、小太郎。おはよう!」
 「あ、旦那おはよー。」
 小太郎がうとうとしていると、朝からやたらにハイな幼なじみパート2の幸村がドタバタと姿を現した。どうやら今日は柔道部の朝練がなかったらしい。幼なじみとはいえ、両親が離婚してから実家住まいで再び兄弟が出会うまでの半年間に、佐助が作っていた友人だ。あまりにテンションが高すぎるため、小太郎は少し幸村を苦手としている。苦手、というか、正直ついていけない。目の前で突然部の顧問と叫びあいとか殴りあいとかを展開されても、小太郎としては対処に困る。
 小太郎たちの通う私立高校はこういう存在が多い。どうしてこんなに非凡な変人要素たっぷりの生徒ばかり集まってしまったのだろうと常々教師陣は頭を抱えている。それは私立だからということもあるかもしれないが、そもそもの点で理事長校長を筆頭とした教師陣が変人だからに相違ないと、小太郎は密かに思っている。進学校ということもあって理事長の織田は勿論学力も重視しているが、高校受験の入試面接で個性を示せれば、学力が低くても入学できた。理事長はおそらく、天才と馬鹿は紙一重という言葉を信じているのではないか、というのが有力な説だ。
 何はともあれ、話さない小太郎は挨拶に対し返事の代わりにペコリと幸村に頭を下げた。これも、いつも通りだった。
 しかし最近、どうも、ここから先が違うのである。
 「Good-morning―――っ!!!」
 「!」
 気配を感じさせないまま突如背後から抱きしめられ、小太郎は衝撃に正面から倒れないよう踏ん張りつつもいつも通り硬直した。背に押し付けられた柔らかい感触に、顔が一気に赤く染まる。
 そんな固まってしまった小太郎とは異なり慣れた様子で、とはいえここ1ヶ月毎朝繰り返されている光景なのだから慣れざるを得なかった佐助と幸村は、逃がさんとばかりに強く小太郎に抱きついている犯人へと声をかけた。
 「おはよー、政ちゃん。」
 「おお!伊達殿今日もご機嫌麗しく。」
 「ん?まあな!」
 その一瞬、政の腕が僅かに緩まったのを見逃さず、小太郎は衝撃から立ち直ると脱兎の勢いで逃げ出した。
 「あっ!小太郎!」
 伸ばした手は先程の佐助同様、ただ空を掴むばかり。とうとう視界から消えた小太郎の姿に、政は悔しそうに舌打ちをした。
 それは、いつも通りとなりつつある朝の風景だった。


 政と小太郎が劇的で非凡な出会いを果たしたのが1ヶ月半前のことだった。その後、政は好敵手の幸村から、小太郎は幼なじみのかすがから相手の情報を得て、これまた劇的で非凡な再会を遂げた。
 以来、政は必死で逃げる小太郎の後を飽きることなく追い続けている。


 昼休み。皆が昼食を取り終わり、各自談話や予習に耽っている中。
 クリスマスまでに編み終わるだろうか。政と中学以来からつるんでいる親友の元親は彼女に渡すマフラーの縫い目をチェックしつつ、やはり政と同様の間柄の(とはいえ、こちらの方が元親よりも扱いが良いが。)元就に尋ねた。
 「あいつが男を男として見て、しかも相手からじゃなくてあいつから熱烈片想い!なんて珍しいけどよ。あんだけタイプが違うと無理じゃね?実際逃げ回られてるし。」
「我らの関係自体が正直信じられぬがな。我ながら。」
 憮然とした口調での元就の発言に、それもそうか、と元親は再び編み物を進めつつ思った。先物取引が趣味のガラが悪い生徒会長政、学校を陰で牛耳る腹黒いドS元就、そして少女趣味で素行も悪い元親。てんでばらばらで、理由は違うがクラスから少し浮いているという点以外、共通点があまりない。
 (いや、あるっちゃあるんだけどな。)
 まあ、その共通点はさておき。
 「というか貴様、何故わざわざ我のクラスに来る。貴様は7組所属のはずであろう…友達がいないのか?」
 成績順でクラスが分けられているこの高校では、元就や政の在籍する1組と元親の在籍する7組とではそもそも校舎からして違う。わざわざ移動してきて暇なことだ、と元就は元親に対して憐みを込めた視線を投げかけた。
 「ちっ、ちげえって!ただ、俺のイメージを壊さねえようにだな。」
 「貴様の少女趣味なぞ隠しきれることでもあるまい。来るな。来るというなら、我が直々に貴様のクラスメイトにばらしてくれよう。」
 「マジざっけんなよ!お願い!やめてっ!!」
 「うるさい、そこを退け。退かぬなら焼け焦がすぞ。」
 そうして、二人とも気付くことなく政の熱烈小太郎ラブの話題は流れ去っていた。


 その頃。一瞬とはいえ話題に出された政だったが、実はタイムリーなことに逃げる小太郎を追いかけていた。まだ政も小太郎も昼ごはんを食べていない。4時限目が終ると同時に、二人の戦いのゴングは鳴り響いてしまった。主に政のせいで。
 平凡な割りに逃げ足にかけては定評のある小太郎を見失わないよう、政は無駄にその賢い頭をフル活用し、普段は鍵のかけられている屋上へと追い込んだ。鍵がかかっていないのは、政が生徒会長の特権でズルをしたからに他ならない。ついでに言えば、小太郎のことを度々『平凡』などと記してきたが、逃げ足が異様に速かったり動物に異常に好かれたり無口だったり。ここまで来ると実は平凡ではないのかもしれない。
 何はともあれ、そうして追い詰められた小太郎は屋上を囲っているフェンスに背をつけ、もう後がないことを悟った。望んだ状況を作り出し、政がにんまりと笑う。どうしてこんなときにもこの人は綺麗なんだ、と小太郎は泣きたくなった。小太郎が泣きたくなったのは絶望や悲しみといった感情からではない。
 「小太郎、」
 屋上の鍵をしっかり後ろ手で閉めながらの政の甘い声に、小太郎の長い前髪に隠された顔が一気に赤く染まる。頬へと伸ばされた手の柔らかさと優しさに、小太郎は更に泣きたくなった。
 小太郎が泣きたいのは、とてつもなく恥ずかしいからだった。
 「どうして逃げるんだよ。」
 政は小太郎の唇を掠め取り、不満そうな口調で満足そうに笑った。
 そしてテキパキと手作り弁当や水筒のお茶を広げ、一般生徒に比べれば多少遅い昼ご飯の用意を始めてしまう。ここ1ヶ月、連日繰り広げられている行為であるため、非常に慣れた手付きだった。
 「…。」
 「追いかけるからって、小太郎が逃げるんじゃねえか。あ、それ今日の弁当の目玉。」
 「…。」
 「恥ずかしいっつっても、だって俺はいつでもイチャイチャしたいし。」
 「!」
 「だ、大丈夫か?はいお茶!…。んー、じゃあ。人目がないところなら平気か?」
 「…。」
 「ok.じゃ、今日俺んちに来いよ。」
 どうやって会話を成立させているのか、とか何とか。色々と突っ込みどころは満載の会話だったが、万が一ここに突っ込み名人の佐助が居たならば真っ先に突っ込みをいれたであろう点は、二人が付き合っているらしい事実にであろう。
 実は小太郎に一目惚れをしてしまった政は幸村を駆使し、どこのスパイかと疑われるほど小太郎の情報を収集し、思い余って再会時に即告白した。告白された方の小太郎も出遅れた形ではあったものの、政同様一目惚れしていたので、顔を赤らめつつ同意した。ここに一組のカップルが誕生した。
 しかし、それから1ヶ月。小太郎が非常に奥手なこともあり、政の積極性だけでは何も関係が進展しなかった。それどころか、小太郎が逃げ政が追いかけるという日常光景から、二人が付き合っている事実を知っているものすらいない現状だ。無論、小太郎が無口で奥手なせいでもあるが、政が面白がって公表していないせいでもある。
 「折角だし、な?家にさ。」
 誘いに更に顔を赤らめる小太郎を、安心させるように政は笑いかけた。
 「大丈夫、家に他に誰もいないなんてことはないから。」
 それもどうなんだと指摘すべき台詞ではあったが、小太郎が躊躇いながらも頷いたので政は満足だった。










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初掲載 2006年12月11日