第三話   学生パラレル


 佐助と小太郎の家は近い。窓から身を乗り出せば、部屋を行き来できる程度には近い。両親が離婚した身とはいえ、両親はそもそも幼なじみで、しかも現在双方共に隣家同士の実家住まい。そういうわけで、佐助と小太郎の私生活は非常に密着していたのだが。
 どうも最近、違うのである。
 佐助はつい先程小太郎から借りてきた漫画を閉じ、窓から小太郎の部屋の方を見た。鍵がかけられ、カーテンはきっちり一分の隙もなく閉められていた。後ろから洗濯ばさみか何かで、隙間ができないように留めてあるのかもしれない。動物に異常に好かれやすい小太郎の部屋は、流石に深夜は閉められていたが、いつでも動物が往来できるように開け放たれていたはずだった。佐助は首を傾げた。
 そもそも。
 佐助は読み終えたばかりの漫画を見た。ドラゴンボー@。あまりに有名な作品だが、小太郎の趣味ではない。佐助はうーん、と唸りつつ、再度、小太郎の部屋の方を見た。聞いた話では、小太郎は全巻揃えてしまったというのだ。聞いた話、なのは、最近小太郎が部屋に佐助を入れてくれないためである。大体それまでは、小太郎の部屋で本を読ませてもらえたのだ。持ち帰らされるなど、初めてのことだった。
 これは、彼女でもできたか。
 しかし、それにしてはドラゴンボー@。どんな子なんだろう。佐助は首を捻りつつ、胸中で小太郎に熱烈絶賛アタック中の政の失恋を哀れんだ。あんなに勉強ができて、頭の回転も速くて、見た目も綺麗な子だ。生徒会長という肩書きもあるし、その上、佐助の家では到底太刀打ちできないほど実家は金持ちだという。性格に多少難はあるが、それらの美点によって覆い隠されることだろう。佐助の幼なじみである幸村も、幸村にしてはかなり珍しいというか初めてなことに、少し異性として興味を持っている感がないでもないし。失恋の痛手くらい、すぐ忘れられるさ。そう思って、佐助はドラゴンボー@の次の巻に手を伸ばした。


 それが、一ヶ月のことだ。


 佐助は我が目を疑い、隣にいた元親を見た。小太郎は最近冷たいし、幸村は基本部活で土日が潰れるため、元親と無双をプレイして遊ぶのが佐助の休日の過ごし方だった。
 元親が何かに気付いた様子はない。佐助は夢でも見ているのかと思い、元親の頬を強く抓った。
 「痛って!あにすんだよ。」
 「え?痛い?マジ?」
 「は?何言ってんだ、…佐助。大丈夫か?」
 「え?いや、」
 カーテンは既に閉め切られていた。
 襲い掛かる悲壮感に佐助はひどい眩暈を感じながら、怪訝そうに見てくる元親を見詰めた。ちょっとむさ苦しさを感じたが、それどころではない。視界の端でテレビの中で武将が動いていることに気付き、スタートボタンでいったん中断してから、佐助は尋ねた。
 「あのさ。最近、政ちゃんとよく遊ぶ?」
 「何だよ急に。」
 「どうなの、答えて。」
 真剣な佐助の様子に呑まれたように、元親がごにょごにょと答える。
 「まあ、前よりゃ付き合い悪くなった…気もしねえでもねえけど。もともとアイツ生徒会長で忙しくて、そんな外では遊んでねえしよぉ。わかんねえよ。」
 「彼氏ができたとかは?」
 「できたんだったら、風魔のやつを追いかけるの止めるはずだろ?」
 「その、」
 佐助は無理矢理言葉を呑み、小太郎の部屋の方へと目を向けた。
 その、小太郎が政と付き合っていたら、どうなのさ。そんな気配、政が小太郎にアタックし始めてから1ヶ月半、これっぽっちもなかったけど。
 「ちょっとさ、何か、政ちゃんに用事とかない?」
 「あ?」
 「電話してみたら、…いや、なんでもない」
 着信音が隣の窓から聞こえてくるか否かで真偽のほどはわかるが、それは流石に無粋だ。それに、これ以上詮索しても、佐助にとって痛い未来しか残されていない。佐助は大きく溜め息を吐いた。さきほど小太郎の部屋の窓からこちらを指差していたのは、政だ。小太郎が慌てた様子ですぐさまカーテンを閉めてしまったからよく見えなかったが、たぶん、あれは政だ。眼帯をしている知り合いの女の子を、佐助は政しか知らない。無口で内向的な性格の小太郎の交友範囲は佐助よりも狭いから、あれはきっと政だろう。
 「どうした。おい。気分でも悪いのか?大丈夫か?汗すっごいぞ。」
 「え、あ、うん。あはは。いや、ごめん。駄目かも。」
 佐助は心配そうに覗き込んでくる元親の優しさを痛いくらい噛み締めながら、鼻を啜った。今にも涙がこぼれそうだった。情けなさで。壁にハンガーでかけられていたのは、佐助の見間違いでなければ、佐助や小太郎たちの通う学校の制服だった。スカートだったから、小太郎のものではない。小太郎に女装癖ができて、その結果、最近部屋に入れてくれないというオチならば話は別だが、そうでないなら十中八九政のものだろう。いつの間にそんなに仲が進展していたのか、とか。学校での追いかけっこは何なのか、とか。そもそも付き合っていたのか、とか。それ以前に、あんなに奥手で女の子に興味ありませんといった感じだった兄にあんなに可愛い彼女ができてるのに、なんで俺様は男の友達(友達でなかったら、逆に怖いが)と一緒にゲームに興じてるのか、とか。かすがはもっと上杉先生にときめいてないで少しは俺の気持ちに応えてよ、とか。
 佐助は元親を見やり、再び大きく盛大に溜め息を吐いた。何なんだ。だって俺たち、一卵性双生児なはずだろ。性格似てないけど。
 「んでオレの顔見て溜め息なんか吐いてんだよ。しかも半泣きで。」
 「…別に。」
 こんなん、悲しくて言えるか。
 赤ん坊時代、あまりの騒々しさに母も医者も看護婦も辟易したという微妙な逸話持ちの佐助は、生まれて初めて軽い口を固く閉ざしたのだった。











初掲載 2007年3月1日