ALWAYS 第二話   三丁目の夕日パラレル


 翌日行われた政宗の歓迎会は、三月という時期柄もあって庭で催された。さくら荘の庭には荘の名の由来となった大きな桜の木がある。それが満開だったのである。面子は花より団子気質の者ばかりだったが、政宗は隣室の住人である長曾我部元親に出された日本酒をちびちび舐めながら、一人夜桜を見上げた。大家である島津の部屋の明かりに照らされた桜は花弁を青白く染めて、闇夜にぼんやりと浮き立っていた。政宗がそれまで住んでいた都会ではありえない、密度の濃い闇だ。小十郎を頼ってずいぶん遠くまで来てしまったものだと、政宗は心中己に呆れて嘆息した。
 「よう主役!呑んでるか?」
 「元親。…一応、俺は未成年なんだが。」
 「いいっていいって。気にすんな!」
 小十郎が差し入れた酒瓶片手にやって来た元親は、どかりと政宗の隣に腰を下ろして瓶を呷った。良い呑みっぷりだった。元親は僅かに零れた酒を手の甲で拭い、階下に住んでいる前田慶次に絡まれている佐助を見やった。
 「あいつがあんな風に笑ったの、俺、すげえ久しぶりに見たよ。かすがにこっぴどく振られてから、全然笑わなかったからなあ。表面上は笑うんだけど、腹の中は読めねえっつーか。」
 「そうなのか?まあ、愛想笑いが多いやつではあるみたいだが。」
 元親はその問いには答えず、再び瓶を呷ると言った。
 「あいつの夢、聞いたか?」
 「?入賞じゃないのか?」
 「違え違え。もっとずーっと前からの夢だよ。」
 その口振りに佐助とはいつからの知り合いなのか政宗が尋ねると、元親は高校からだと答えた。元親が二年年上で学年が違い、専攻も理系と文系で異なったが、同じ荘に住んでいることもあって親交が出来たらしい。現在佐助が二十六歳であるから、仮に高校入学当初からさくら荘に住み始めたのだと仮定してみると、十一年。ずいぶん長いときを共に過ごしていることになる。驚く政宗に、元親は「あいつ苦学生だったんだぜ。今と劣らず貧乏な。学生の本分勉学なんてそっちのけ、バイトに明け暮れてばっかでよ。」と佐助を顎で示して笑った。
 「夢は、丘の上の赤い屋根の一軒家。庭付き。可愛い奥さんと可愛い一男一女と、犬を飼って、幸せに暮らすんだとよ。夏は海に行って、冬はサンタの格好して。幼なじみとそういう家庭を築こうとしてたんだが、まあ、よくあるだろ。ぬるい関係信じてたら実は男だけその気で、女はさっさと他の男と付き合ってるパターン。そんで自棄で書いて投稿してみた文が賞取って、以降は鳴かず飛ばず。二進も三進もいかねえで。」
 かすがは、佐助と同じ孤児院出の少女だった。孤児院の経営が思わしくないことを察した佐助とかすがは、これ以上重荷になるわけにはいかないと、高校入学を期に二人揃って卒院した。長年連れ添ったこともあり、佐助としては何れかすがと一緒になるつもりだったが、高校二年のある夏の日、かすがは頬を染めてさくら荘に帰ってくるなり荷物をまとめると、そのままふらりと姿を消した。高校には退学届けが提出されていた。後日、かすがは一目惚れした男を追って、頼る者もなく身一つで新潟に向かってしまったことが判明した。佐助は口を噤んで何ひとつ感想をもらさなかったが、代わりに、一つの小説を書き上げた。それが『蒼天疾駆』だった。
 「そういうのに縁がないままここまで来ちまったから、尚更なんだろうな。憧れっつーか。だから家族が嬉しいんだろうと思うぜ、俺は。」
 元親の見つめる先には佐助がいた。政宗も佐助から視線を外すことが出来ぬまま、ただ静かに元親の語る過去の話や推測を聞いていた。やがて、元親が小さく呟いた。
 「政宗、お前ずっとあいつの傍にいてやってくれよ。」
 「…。俺、縁も所縁もないただの他人だぜ?」
 「そんな縁なんざ、出会った時点で出来ちまうさ。一期一会、よく知らねえがそういうもんだろ?」
 答える言葉を持たない政宗は、一気に杯を飲み干した。


 歓迎会が終わり、酔っ払った佐助を元親に手伝ってもらい布団に寝かした後、政宗は呑み会で余ったペットボトルの茶に直接口をつけて飲み干してから、壁にもたれずるずると床に座り込むと天井を仰いだ。灯りを点けていないため、部屋には闇と静けさが満ちていた。微かに佐助寝息が聞こえるのみである。それをBGMとしてぼんやり聞きながら、政宗は手元に視線を落とした。題名に沿わぬ闇に溶け込むような黒い表紙に白い題字の本、佐助が賞を取った作品『蒼天疾駆』である。
 生まれて間もなくごみ捨て場に捨てられた主人公の少年が、預けられた孤児院で、少女と出会う。孤児院前に置き去りにされた過去を持つ少女は、身寄りがないからといって卑屈になることもなく、少年の目には気高く美しいものとして映った。
 ある日、少年は己の預けられている孤児院の経営が思わしくないことを知り、高校入学を期に出て行くことを決意する。その隣には少女の姿もあった。少年は生活費と学費を稼がねばならず、バイトに明け暮れる忙しい日々を過ごす中で、少女との幸せな未来を夢想する。御伽噺の世界に出てくるような幸せで何ひとつ不安のない家庭。家族のない少年は家族や愛情に飢えていた。
 しかし、少女は少年に一言も告げず姿を消す。しばらく経ってから、少年は少女が恋い慕う男を追って遠くに行ったことを知るのだった。
 「…まんまじゃねえか。」
 力なく呟き、政宗は瞳を閉じた。










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