人でしかない右目はいつか己の有する力に耐え切れずに崩壊することを、政宗は本能で知っていた。母に疎まれ、最終的には集落を追放される原因となった右目は、痛みこそなかったものの既に火傷を負ったように引き攣り爛れていた。
右目を布の上から押さえてひた走り辿り着いたのは、森の奥深く眠る白い池だった。水底で魚の影が躍っていた。
辛うじて抑えてつけていた右目は、その陽光をはじく白い池を眠り場所に決めたようだった。
涙と共にこぼれた眼球が、空気を巻き込みながら池に落ちていく。覚悟以上の喪失に、政宗の咽喉が小さくなった。
透き通った水が政宗の流血を受けて赤く染まる。
政宗は黙って水面を見詰めるしか出来なかった。
「手遅れだったか。…残念だよ。」
耳に麗しいが背筋の凍るほど冷たい声に振り向くと、いつか山際で見た銀髪の、一見女と見まごうばかりの美しさを備えた男が蔑みと哀れみを湛えた瞳で政宗を見ていた。
男は思案するように顎に手を当て政宗を隈なく検分すると、小さく頷いた。
「まあでも、まだ手段はあるか。君に苦しい生よりも、楽な死を与えてあげたかったんだけどね。」
男が目を細め、腹立たしげに舌打ちをした。
「…もう、創るだけの力があるのか。」
未だたゆたう池の内から、白魚のような指先が垣間見えた。銀糸が、煌く白い水面上をちらちらと浮き沈みを繰り返しながら揺れていた。
「君は、危険だ。思っていた以上に。」
政宗は赤い波紋の先に何かが新たに誕生しようとしている、大きな力のうねりを感じた。目の前の男が気付いている素振りはない。
「君の神の「名」は封じる。」
池縁に、白い手がかかる。
「そして代わりに、君は、人の「名」を得なきゃいけない。」
ぴちゃりと水音が立つ。
「その力は、近い将来必ず、秀吉の座を危ぶませる。」
男のぞっとするほど冷たい手が血で汚れるのも厭わず、政宗の落ち窪んだ眼窩に触れた。
逃げたいのに、足は萎えたように動かない。恐怖に咽喉が小さく鳴った。
「君の人としての「名」は――、」
世界の祝福の歌が、鳴り止んだ。