たゆたう鈴の音と歌声の合間で、「彼」はまどろんでいた。
瞼の裏側に浮かぶのは、右目を失くしたときのことだ。あれは、最後に「彼」が陽光を浴びた日のことでもあった。
「彼」が最後まで持っていた人の部分は、「彼」の神としての力に耐え切れず崩れ落ちた。涙と共にこぼれた眼球が、空気を巻き込みながら池に落ちていく。覚悟以上の喪失に、「彼」の咽喉が小さく鳴った。
透き通った水が「彼」の流血を受けて赤く染まる。
「彼」はそこで目を開け、社の入り口へと視線を向けた。硬い顔つきで佐助が立っていた。
「なあ、佐助。なぜ、ここの歌が呪たりえるのか。知ってるか?」
唐突の問いかけに着いたばかりの佐助が答えあぐねるが、もとより答えを期待しての問いでもなかった。「彼」はゆっくりと言い含める口調で告げた。
「ただの神歌なら、神を縛る呪たりえない。じゃあ、なぜここだけ例外なのか。そして、なぜ、俺の「名」を誰も知らないのか。俺に力があるから?違う。じゃあ、なぜ?そうは思わないか?」
まるで独り言のような呟きに佐助がかすかに顔を顰める。敏い佐助のことだ。詳細はわからないながらも、いつになく饒舌な「彼」の様子に本能的に恐怖を感じているのかもしれない。
「彼」は柔らかく笑った。
「知ってるか?「名」を剥奪され、無き者にされた神の話を。本質があるのに、誰にも知られることのない神の話だ。」