彼誰時 第五話   神パラレル


 朱塗りの鳥居をくぐると、一瞬、佐助を違和感が襲った。遠く近く木霊を引き連れながら、軽やかな鈴の音とまろい少女の歌声が耳に届く。
 彼女は知っているのだろうか。佐助はふと抱いた疑問に、僅かではあるが恐怖を覚えた。自らの主を慕う歌が、その中に織り込められた「彼」の「名」を呼ぶ声が、幾重にも呪として「彼」に巻きつきこの地に拘束している事実を、少女は知っているのだろうか。
 佐助は唇を噛み締めた。
 最近頓に「彼」のことを考えるようになっている。「彼」のことを考えるべきではないとわかっていながら、現状が正しいのか迷ってしまう。惑うべきではない。惑いは「彼」にとって格好の付け入る隙になる。理性は告げるが、本能が、それを拒んでいる。汚してはならない、知ってはならない。惑うてはならない。神を前にした時の原則から、自分は逸脱しようとしている。
 口先ではなんと言おうと、佐助は神を恐れていた。神に仕える官であるがゆえに、佐助は十分すぎるほど知っていた。神は仏とは違う。例え眼前に居なかろうと、神は、祟る。
 (だけど、あの人だって神だ。)
 どこか冷めた部分がそう反論する。佐助は強く頭を振り、精一杯否定した。
 (違う。あの人は違う。)
 否定した先から、疑問がもたげる。
 (だけど。じゃあ、どこが?)
 強大な力ゆえ忌避され、封じられた異端の神。今なお、人を見捨てぬ神。神であって、神でない者。
 ざあざあと波のような音が残響している。青く繁る大樹が葉を揺らす音だ。鈴の音、歌声、葉音。それ以外の音は、「彼」を恐れ敬うように鳴りを潜めている。
 「彼」こそを、恐れ敬うべきなのではないか。
 佐助は思考を打ち切り、足早に「彼」の住む社へと近付いた。
 考える必要はない。ただ己は、「彼」に今回呼ばれた理由だけ、聞き届ければいい。










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