「撰集抄」巻五第十五に、「西行於高野奥造人事」という話が収められている。孤独に耐えかねた西行が同じく風流を解する友を自らの手で造り上げようとする話である。
「広野に出て、人も見ぬ所にて、死人の骨をとり集めて、頭より足手の骨をたがへでつゞけ置きて、砒霜と云薬を骨に塗り、いちごとはこべとの葉を揉みあはせて後、藤もしは糸なんどにて骨をかゝげて、水にてたび/\洗ひ侍りて頭とて髪の生ゆべき所にはさいかいの葉とむくげの葉を灰に焼きてつけ侍り。土のうへに畳をしきて、かの骨を伏せて、おもく風もすかぬやうにしたゝめて、二七日置いて後、その所に行きて、沈と香とを焚きて、反魂の秘術を行ひ侍り。」
「彼」は佐助から資料にと手渡された書物を閉じ、小さく笑った。人が人を造ろうとする時代が到来したのだという。
「砒霜、云薬。苺に繁縷…。いくら智恵を絞ったところで、神の領域に辿り着くわけもねえのに。」
神の理から外れたものがどのような道を辿るのか、現存する人は知らないのだ。「彼」の手の中で、書物が自らの存在を恥じるように一瞬にして崩れ、跡形もなく消え去った。
『まだ確認したわけじゃないけど。ここから少し南に下った場所で、うろが作成されたみたいなんだ。』
出来損ないの造り方が記された「撰集抄」は人々の間に広まり、やがて、先達に倣い人を造ろうと試みることが一種の世相として成った。
『大半はもちろん人の形にすらならないで失敗するんだけど。もしかしたら今回は、』
(あの人間は、自分がどれだけ大それた情報を洩らしてしまったか気付いてねえ。)
それは、まだ、というくくりのつく条件ではあるが、「彼」にとってはさして問題にはならない。気付いたところで、佐助ではどうすることもできないだろう。そして、止めることの出来る神々は地上を去って久しい。誰も、「彼」の邪魔立てをする者は居ない。
「西行於…、」
社に設けられた窓から覗く鳥居からは、四角く、「彼」が触れることの叶わない世界が広がっている。
「彼」は赤い夕日に視線を投げかけながら、ひそりと笑った。