「来たか。」
大儀そうに立ち上がった「彼」に出迎えられ、佐助はかすかに眉を顰めた。
「来たか、じゃないよ。俺様だって仕事があるんだから、そんな頻繁に呼ばれてもね。困るって。」
「頻繁っつっても、この前呼んだのは半月前だろ。」
「半月ごとに上田から来る俺様の身になってみろって。」
佐助の物言いに、「彼」はからりと笑った。「彼」への畏敬の念を示さず、恐怖をも表出させない佐助のそんな態度が「彼」は気に入っているのだという。内心どうあれ、佐助は「彼」の期待に沿うよう怒った風に見せかけた。
「第一、アンタが手繰り寄せても得られないものを、俺様ごときが探し出せるわけないじゃない。」
「彼」は長らく、あるものを探していた。「それ」の「名」を、「彼」は未だに知らないという。「それ」の「名」を知っていれば、「彼」は佐助を人界から呼び寄せたように「呼ぶ」ことができる。そうでなくても、「彼」ほどの力になればはびこる「名」の中から「それ」の「名」を選り分け手繰り寄せることは可能なのだ。
(だから。)
だから、神は「彼」の声の届かない高天原へと逃げた。
「こんなになっても見つからないってことは、「名」がないんじゃない。」
胸中で吐き捨てた感想を決して気取られぬよう、佐助は極力感情を殺した声で言った。
「「名」がないものにアンタが興味を持つとも思えないけど、もう、そうとしか思えないって。」
「「名」がない?」
「そ。「名」がない。」
面白そうに目を眇め先を促す「彼」に、佐助は小さく肩を竦めて答えた。
「今はアンタが隆盛を誇ってた神代とは違う。いや、前もあったかもしれないけど。「名」もなきものが、前よりも多く存在してるんだよ。妖化生の類、悪鬼羅刹に、」
本質である「名」は、神の祝福と共に在る。制限と引き換えの、神々の祝福だ。「名」のない生は中身すら伴わず、神々からも存在を許されず、全ての理から外れている。「名」を持たぬことはそれだけで原罪なのだと、佐助は教えられてきた。
一つ間を空け、佐助は告げた。
「うろ。」