佐助の想像は外れていた。政宗はちゃんと尽力をつくして、真相究明に乗り出していた。
ただ悲しいかな、佐助の想像は一部に関しては当たっていたのである。政宗は、幸村を締め上げて聞き出すため、幸村が住み込んでいる信玄先生宅の門前にいた。
「ここ、か。でけえ家だな。」
政宗は鼻を鳴らし、チャイムに手を伸ばした。もう一方の手には、謙信先生による手書きの地図が握られていた。
今日佐助にジャンプを返されてから、すぐさま授業を抜け出して保健室の謙信先生に何か事情をかすがから聞いていないか尋ねてみたところ、この地図の書かれたメモ用紙を手渡されたのだった。あの笑顔は絶対に何かかすがから聞いている、と政宗は踏んでいたが、謙信先生が本気でだんまりを決め込めば、政宗が聞き出せるはずがないことを、政宗はよく知っていた。優しい顔でその実、ものすごく意志が強い上に頑固な謙信先生なのである。
チャイムが鳴って十数秒後。
謙信先生から連絡が行っていたらしい。お手伝いさんの協力で、政宗はあっさり邸内に入ることができた。
「ここが、幸村くんのお部屋です。」
お手伝いさんに案内されたのは、和室だった。和室なので鍵などかけられるわけもない。襖と障子で区切られているので、基本、音も筒抜けだ。あまり心臓によろしくない台詞が中から聞こえてきて、政宗は正直反応に困った。破廉恥でござるって、いったいなんだ。室内で、ボーイズラブのエロゲーをプレイされていたり、エロ本を読まれていたりしたら、これから踏み込もうとしている政宗としては、あまりにもいたたまれない。男女のノーマルだったらまだいいが、男同士の濡れ場だったらどうするか、そんなことで頭を悩ませたのは、政宗は生まれて初めてだった。
「じゃあ、あとは頼みますね。ほんと、最近、絶叫が多くて困ってたんですよ。いいえ。若さっていいなって思いますけどね、あたしは。」
何のフォローにもならないフォローを小声で告げて、お手伝いさんが去っていく。最近、というのはかすがから本を借りてからだろう、とどうでもいい考察をしながら、腹をくくった政宗は襖を勢いよくスパンと開けた。
政宗は頭を抱えたくなった。室内では、幸村が佐助のアパートから借りてきたらしいプレステで、ときめく思い出のゲームをプレイしていた。
「お前…。」
「!まままま政宗殿っ、な、なにゆえここにっっ?!」
「んだよ、俺がいちゃあ悪いのか?」
「い、いいえそのような滅相もない!」
幸村の質問にはまるで答えていない返事を返し、政宗は痛む頭を抑え、部屋を見回した。部屋の前に立ち想像していたものよりも断然マシだが、幸村の部屋は少女漫画とかすがから借りたらしい本が大量で、とてもいたたまれない状況になっていた。思わず、頬が引きつるのを政宗は感じた。幸村は、こんなキャラだっただろうか。恋などにうつつを抜かすなど、と、時代錯誤な武士のようなことを言っていた気がするのだが。
ふと、政宗にひじょうによく懐いている近所のおませないつきちゃんも、中学校にあがってからはこういうものを好んで、政宗が誰か友人といるたびに、きゃあきゃあ言っているのを思い出した。両手の指の隙間から政宗を伺う目はとてもキラキラとしていて、けっこう政宗は嫌いではないのだが、何を妄想されているのか考えればそうも言っていられない。最近では、そこそこ真剣に悩んでいる。中学にあがるまでは、「おら、政宗のお嫁さんになるだ!」と言って困らせてくれたものだが、あれは政宗の見た夢だったのだろうか。
本気で来るんじゃなかった。後悔ばかりがもたげた。こんなことなら、さっさと帰宅してゲームでもしてるんだった。
政宗の眉間のしわが増えた事実に気づいた幸村が、慌てて、大量の本を背後に隠そうとあがいた。政宗は更に眉間のしわを増やし、いちおうは穏便に尋ねた。
「幸村、おまえ。何してんだ?」
「いいいいいいえ某は何もしておりませぬ!」
どう考えても、どもりすぎだ。
「何もしてねえ割には、破廉恥でござる!とか悲鳴が聞こえたんだがな、さっき。」
「なっ!いくら政宗殿とはいえ独り言を盗み聞きするなど、」
「うるせえ!こっちが聞きたくなくてもテメエの声がでけえから勝手に耳に入ったんだよ!破廉恥だの、その本だの。テメエマジ何してやがるっ!そのゲームはなんだ!」
何もしていないとは言い逃れのできない確固たる証拠が、テレビ画面には映っていた。指摘しつつも、政宗は内心呆れてしまった。さきほど、破廉恥と聞こえたのは大音量だったので、政宗の気のせいではない。気のせいではないと思うのだが、画面に映されているシーンのどこら辺がどのように破廉恥なのか、政宗にはさっぱりわからなかった。幸村の感性は、今ひとつ理解しにくいところがあるのだ。
幸村ははっとテレビを振り返り、ぶんぶんと両腕を左右に振って否定した。
「ちっ、違うのだ!某はそ、そ、そんな破廉恥なゲームはしていないっ!」
「…まあ、確かに破廉恥かどうかはわかんねえけど。俺にも。」
制服姿の女の子が映っている下に、選択肢が三つ記載されているだけの画面だ。一緒に帰る、一人で帰る、まだ学校に残る。どこが、破廉恥なのだ。本番突入のエロゲーをされていても困ったが、これはこれで対応に困るというものである。
しかし、これ幸いと、政宗は幸村を尋問することにして、幸村の胸ぐらをつかみ上げた。締め上げるのは、お手の物だ。もともとこうしていればてっとり早かったのだと、政宗はどすの聞いた声で尋ねた。
「…幸村、アンタ。こんなゲームだの本だの。何しようと企んでんだ?!」
「たっ、企んでなどおりませぬっ!人聞きの悪い!某はただっ、」
「ただ、なんだってんだよ!」
「恋の相談を慶次殿にしたらっ、て。あ…。」
語るに落ちた幸村は見る見る間に顔を赤く染めていった。政宗は思いもしなかった展開に、いまいち頭の方がついていかなかった。あの幸村が、女と一緒に帰るかどうか、そんな選択肢が出ただけで破廉恥と叫ぶような幸村が、一番それからはかけ離れているに違いないと仲間内の誰もが思っていた幸村が、
「こ、恋?」
さすがの政宗も、呆気にとられるよりなかった。
初掲載 2007年6月6日